テラーノベル
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それは、Noliが珍しく本気で怒った夜だった。
普段のNoliなら笑う。
サーバーを追い出されても。
アカウントを失っても。
観客に罵倒されても。
全部ひっくるめてショーの一部だと笑い飛ばす。
だが、その日だけは違った。
「……消えた」
モニターを見つめたまま、Noliが呟く。
画面には無慈悲な文字が表示されていた。
ACCOUNT PERMANENTLY BANNED
アカウント永久凍結(BAN)。
異議申し立て不可。
復旧予定なし。
完全な死刑宣告だった。
数秒。
部屋は静まり返る。
そして。
ガシャン。
机の上のマグカップが床へ叩きつけられた。
「……は?」
Noliの声は震えていた。
怒りで。
信じられないという困惑で。
「僕の?」
笑う。
乾いた笑いだった。
「僕のアカウントを?」
椅子が倒れる。
机が揺れる。
ケーブルが引きちぎられる。
部屋の空気が一気に危険なものへ変わった。
「あいつら」
Noliはモニターへ顔を近付ける。
画面の光がその瞳を照らしていた。
「僕のステージを消した?」
低い声。
ぞっとするほど静かな声。
「僕の観客を奪った?」
誰も答えない。
当然だ。
そこにいるのはNoliだけ。
だが。
怒りだけは膨れ上がっていく。
「ふざけるなよ」
モニターを殴りそうな勢いで机を叩く。
「分かってない」
「何も分かってない」
肩が震えていた。
Noliにとってそのアカウントはただのデータではない。
何年もかけて作り上げた仮面。
舞台衣装。
観客の視線を独占するための王冠。
そして何より。
彼自身だった。
「僕のステージを汚した」
吐き捨てる。
「自分が誰に逆らったのか、あいつら分かってないんだ」
その時だった。
後ろから腕が伸びる。
ゆっくりと。
静かに。
怒りで震えるNoliの身体を包み込む。
「……セブン」
振り返らない。
けれど分かった。
背中越しの体温だけで。
セブンは何も言わない。
ただ抱き寄せる。
暴れ回っていたNoliの肩から少しだけ力が抜けた。
その腕へ、自分の手を重ねる。
まるで確かめるように。
「奪われた」
小さく呟く。
「僕のステージが」
「分かってる」
セブンが答える。
短く。
静かに。
Noliは目を閉じた。
世界中の誰が理解しなくてもいい。
だが。
セブンだけは違う。
セブンだけは理解している。
そのアカウントが何だったのか。
どれだけ大事だったのか。
だから。
次に聞こえた言葉は。
あまりにも自然だった。
「待ってろ」
セブンはNoliの肩へ額を軽く預ける。
「お前のものは俺が取り返す」
Noliが息を呑む。
「セブン」
「今すぐな」
その声に迷いはなかった。
⸻
それからのセブンは異様だった。
キーボードを叩く音が止まらない。
運営のサーバー。
認証システム。
監査ログ。
バックアップ。
権限管理。
すべてを解析していく。
まるで城を攻略する騎士だった。
いや。
もっと質が悪い。
城ごと奪い取る侵略者だ。
午前二時。
午前三時。
午前四時。
Noliは後ろからその背中を見ていた。
何も言わず。
ただ見ていた。
時々コーヒーを置く。
時々肩に触れる。
それだけ。
セブンは一度も振り返らなかった。
そして。
夜明け前。
最後のエンターキーが押される。
画面が切り替わる。
認証画面。
管理者パネル。
最上位権限。
その中央に表示された名前。
Welcome, Administrator : Noli
沈黙。
数秒。
十秒。
二十秒。
Noliは画面を見つめる。
瞬きすら忘れたように。
「……は」
声が漏れる。
「ははっ」
笑う。
「ははははは!!」
次の瞬間。
勢いよくセブンへ飛びついた。
椅子ごと揺れる。
「おい――」
言い終わる前に。
Noliはセブンの膝の上へ跨っていた。
黒いパーカーの襟を掴む。
ぐしゃぐしゃになるほど強く。
「セブン!」
歓喜で声が震えている。
「最高だ!」
「お前は本当に!」
顔が近い。
息がかかるほど近い。
Noliの瞳は興奮で輝いていた。
まるで世界を手に入れた子供みたいに。
「最高のハッカーだ!」
笑う。
そして。
少しだけ声を弱めた。
「僕の騎士だ」
その言葉だけは冗談じゃなかった。
セブンは苦笑する。
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃない」
即答だった。
Noliはそのまま額をセブンの肩へ押し付ける。
首筋へ顔を埋める。
まるでやっと呼吸ができるようになったみたいに。
「返ってきた」
小さく呟く。
「僕のステージが」
セブンは何も言わない。
ただ。
Noliの髪を軽く撫でた。
モニターの中では管理者権限が静かに光っている。
奪われた王冠。
奪い返された舞台。
そして。
それを取り戻すためなら世界そのものを敵に回しかねない二人。
夜明けの光が差し込む部屋で。
Noliは満足そうに笑った。
まるで、本当に世界を手に入れた王のように。
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