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「……くあ」
大口を開けて欠伸をすれば、ひゅうっと背後から風が鳴った。
「おい、ギルベルト。お前最近どこほっつき歩いてんだ」
「…べつに、お前に関係ねえだろ」
「……あの人間か?」
「………しらねえ」
首元に手を寄せてギルベルトはそう気だるそうに呟く。これ以上模索されたくない、という意思だろうか、かすかに早くなる彼の歩みにアーサーは眉をひそめた。
「…どうかと思うぞ。それ以上人間なんかに漬け込んでどうするんだ」
「うるせー」
「あんなの、すぐ死んじまうじゃねえか」
その言葉にギルベルトは足を止め、ふと振り返った。
「そんなのは関係ねえ、俺様はアイツをおもしれえと思っただけだ。
これ以上着いてくんな。お前でも噛み付くぞ」
紅い瞳を細め、ギルベルトはそう唸った。そしてアーサーも同様に目を細めたあと、ため息を吐いたのを見て彼は踵を返した。これ以上アーサーに追求する気はなさそうだったからだ。後ろから声がかからないのを察した後、ギルベルトの周りに風が巻き起こり始める。そして彼の姿が包まれて見えなくなったつぎの瞬間、そこに現れたのは白銀の狼の姿だった。前足を折り、体を低く沈めた、かと思えばビュンッと風を切ってそれは山奥へ消えていく。そんな稲妻の如く走り去っていった彼を見送り終えたアーサーはまた同様に、彼とは逆方向へ歩んで行った。
「…はっ、は、はぁ…………あー、ダリィ…」
突然ぎゅっ、と止まったかと思えば、そう言って狼は体を伸ばし始める。器用に舌を使って尾についた葉を取り除き、ゆったりとした速度で彼はまた歩み始める。
ギルベルト……そう呼ばれる彼は異国の出身であった。日本では狼男と呼ばれるものに近しい彼は、いつの日か、もう思い出せないが日本へ足を踏み入れたのだ。はじめはせいぜい1週間程度滞在したら帰ろうと思っていたが、日本の穏やかな気候や四季の変化に心を奪われてしまい、結局一人で1ヶ月ほど居座っていた。そんな時彼に声をかけたのはアーサーと呼ばれる先程の金色の彼だった。彼いわく、自分も異国の生まれだという。まあ正直、見ればわかるものだ。彼はユニコーンとやららしいし、それが日本原産じゃないことくらい誰でも分かるだろう。しかしどうやら昔から、その元の姿は使っていないらしい。見られたら面倒だから…だとか。気になって、なら何を使ってる、と聞けば彼は少し思考した後、指をパチンっと鳴らした。
「コレだ。だが、俺は基本風だとかに形を変えてるし、コレを使うことは別に多くない」
「…犬?」
「あぁ、俺ん家原産の犬種だ。ほら見ろ、高貴だろ?」
「や、なんか……ちいせぇな」
「お前がデカイんだよバカ!!」
少し濃いゴールドとホワイトがまだらに混ぜ合っている毛皮を揺らしながら彼はそう吠えた。あとから話を聞けば、どうやらソレは”ボーダーコリー”という犬種らしい。それほど大きい訳でもなく、体力がある。筋力もかなりあり元来の知能も高いため、少し行き過ぎた行動をしても”ボーダーコリーだから”で納得されるのはアーサーにとって良い点だったようだ。
そんな二人はよく仲違いをしていた。2人ともそれなりにプライドが高く、己の価値観をしっかりと持っているからだろう。この人間の件もいつものあれだが、今回ばかりはギルベルトも譲れる気がしなかった。ただの友人だろうに、ここまで過干渉なのもいい加減直して欲しいものだ。アーサーにあんなことを言われる筋合いは無いし、俺はアイツと違う。
……不注意で人間を殺すようなことなんてしない。
立ちすくんでいたギルベルトの顔に、ふと橙色の光が降り注ぐ。顔を上げればもう随分と低い位置に太陽があった。どのくらい駆け回っていたんだろうか、そんなに時間が経っていたのか。あの人間から言われたことを思い出して、彼の家の方へ目を向ける。人影は、ない。今から向かっても、おそらく彼が帰ってくるのに2時間はかかるだろう。身を伏せて山の斜面を駆け下り、下のあぜ道へと出る。しかしこの体だと目線が低くて、今ばかりは不便だ。パッと人の姿へ変わり、田んぼを抜けた。
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