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#パワハラ上司
#インフルエンサー
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「ねえ、見て! 昨日の投稿、見た? 反響がすごいの!」
大学のラウンジに腰を下ろすなり、美咲が期待に満ちた声で私を揺さぶった。
彼女が差し出したスマートフォンの画面には
昨日私がアップした「フィルター越しの私」が映っている。
通知欄は止まることを知らず、まるで心臓の鼓動のように絶え間なく更新され
見たこともない数の「いいね」と賞賛の言葉が雪崩のように流れ込んできていた。
「……本当だ。私じゃないみたい」
喉の奥から絞り出した言葉は、驚きよりも、どこか他人事のような響きを持っていた。
これほどまでに他者から求められる自分という存在を、私はこれまで経験したことがなかったからだ。
「何言ってるの、奈緒。これが本当の奈緒だよ。みんな、やっと奈緒の輝きに気づいてくれたんだね」
美咲は私の隣にぴたりと体を寄せると、慣れた手つきで自分のスマホを構えた。
背後の窓から差し込む午後の陽光が、彼女の顔を神々しく照らしている。
画面の中には、加工された完璧な私と、揺るぎない美しさを放つ美咲が並んでいた。
「見て、私たち、そっくりじゃない?」
美咲が楽しそうに笑う。その笑顔に促されて画面に視線を落とした瞬間、私は息を呑んだ。
確かに、画面の中の私たちは───双子のように似通っていた。
フィルターという名の彫刻刀が
私の個性を丁寧に削ぎ落とし、美咲という「型」の中に流し込み
その空洞を彼女の面影で満たしていく。
瞳の輝きも、頬のラインも、唇の繊細な厚みさえもが、完全に美咲のコピーへと調律されていた。
「……うん。美咲に似てるって言われるの、嬉しいな」
それは嘘ではなかった。
美咲になれるなら、この地味で冴えない私という個体そのものを捨て去れるなら、なんだっていい。
むしろ、そうであるべきだ。
私という存在が「美咲」という上位概念に統合されていくような、言いようのない安らぎさえ感じていた。
「嬉しい? よかった。私たち、一心同体だもんね」
美咲が私の肩に手を置く。
その手のひらが、シャツの上からでも伝わるほど妙に熱い。
彼女はそのまま、自分のスマホを操作して
その「双子のような写真」を迷いなくアップロードした。
『親友とお揃い❤︎ 私たち、どんどん似てきた気がしない?』
投稿した瞬間に、コメントが殺到する。
《どっちが美咲ちゃん!?》
《マジで双子みたいで可愛い!》
私はそのコメントを指先でなぞりながら、ふと自分の手元に視線を落とした。
「……あれ?」
画面の中に映る私の指先は、フィルターの効果で陶器のように白く、驚くほど細く伸びている。
だが、肉眼で見る私の手は、節くれだった、いつもの不格好な私のままだった。
はずだった。
なのに。
画面を凝視しすぎたせいか、視界の端で私の指が
画面の中のそれと重なり合うようにして、かすかに震えながら白濁して見えた。
まるで、現実の肉体が、デジタルという虚構に侵食されているかのように。
「どうしたの、奈緒? 顔色悪いよ」
美咲が首を傾げて、私の顔を覗き込む。
その瞳の奥に、吸い込まれるような
底なしの暗い影が見えた気がして、私は慌てて視線を逸らし、首を振った。
「ううん、なんでもない。……ただ、ちょっと、めまいがしただけ」
「あはは、人気者になると疲れちゃうよね。でも大丈夫。もっと馴染んでくるから」
美咲は私のスマホを自然な仕草で奪い取ると、勝手にアプリの詳細設定を開いた。
画面の隅に表示された『シンクロ率:15%』という赤い数字が、警告灯のようにリズミカルに点滅している。
「もっと、お揃いになろうね。奈緒」
美咲の笑顔が、スマホの光沢ある画面に反射して、歪んで見えた。
彼女の唇の形が、私自身のものと完全に一致していくような錯覚を覚え、背筋に冷たいものが走った。
しかし、私はその異変を打ち消すように
またしても美咲の瞳を、画面の中の「自分」を求めてしまった。