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side―晴美―
あっと言う間に金曜日、土日は幼稚園は休みだ。ということは朝から晩まで、子供達の面倒を見なければいけないことになる
私「沢村晴美」は金曜日には週数を数え、マタニティアプリをチェックする。今は三人目を妊娠中、7か月と二周目、生まれるまでまだ三か月もある
今回の妊娠はこれまでの二回よりも長く感じる、特に31歳で三人目の妊娠は体力的にキツイものがある。まるで自分の体が妊娠に反発していて
「どうして中出しさせたの?」
と怒っているようだ
ゆうべは心臓発作が起きたのかと思ったけれど、ただの胸やけだった、次第に胃も上に押されて、膀胱はクルミの様に小さくなったのではないかと思う
トイレに行きたい
家を出る前に行っておくべきだったけれど、長男の(斗真3歳・年少組)がキックスケーターに乗ってバス停に行くと、どうしても聞かなかったので、トイレに行く暇がなかった
ようやく駅前の私立幼稚園のバス停で、長女の正美(5歳年長)と斗真(年少)をバスに乗せた後、このショッピングモールのフードコートの一角を牛耳ってママ友達と情報交換する。キックスケーターは持って帰らないといけない
私は笑顔でママ友にトイレに行ってくると言ってフードコートの角を曲がると、骨盤底筋を必死で引き締めて小走りになる
漏らしませんように
漏らしませんように
漏らしませんように
妊娠してからずいぶん尿漏れが酷くなっている
公園の片隅では体操教室が開かれている。そこではパーソナル・トレーナー が、それぞれの顧客の脇に立ち、もう一回腕立て伏せや腹筋運動をさせようと声をかけている
子供を産んだら私も週5でホットヨガになるべく通う、なぜなら夫の康夫が私の体形についてキツイ冗談を言い始めている
斗真を産んだあと10キロも増えた体重が戻らなかったから、今回は太りすぎであることを、自覚している、なのに夜中のチョコレートをどうしてもやめられない
康夫はもう何か月も私に触れていない。妊婦を汚してはいけない修道女か何かのように思っているのか、私に触れても彼は勃起しなかった
妊娠してるのだから当たり前かもしれないけど何か月も私達は「レス」だった
「きみが太ったからというわけじゃないんだ」
いつかの夜、康夫は言った
「わたしは太っていないから妊娠しているだけだから」
「もちろんさ、そういう意味で言ったんだ」
私はろくでなしと彼を心の中で罵った
言い争いをしている時、彼は私を「晴美」と呼び捨てにする、いつもは優しく「ママ」と呼ぶのに
私と康夫との間で起きていることは、喧嘩というより小競り合いと呼ぶべきだろう。冷戦中の外交官のように、私達は表立っては耳当たりの良いことを言いながら、仲の良いフリをしてひそかに攻撃材料を集めている
夫婦の間で何気ない会話が無くなったのはいつからだろう?情熱が薄れたのはいつ?
彼は仕事の話
私は育児の話
会話がお互いつまらないものになったのは?
夕食のテーブルについても、お互いスマホを見ながら食事をするようになったのは?
ママ友グループの話題が、いつも夫の愚痴になるのはなぜ?
男性が育児や家事をすることが愛情の証になったのはいつからなの?
家庭を顧みない夫ガチャに外れたのは運が悪かっただけ?なぜ付き合っていた時に見抜けなかったの?
すべての女性の理想の夫と、すべての男性の理想の妻の間にある距離が、北極から南極ほどに、遠くなったのはいつだろう?
あら、いい表現だったかも、今度インスタに投稿しよう
でもそこで思い直してみる
いいえ、それはできない、先日のインスタの投稿で、夫を自分の都合の良い様に、違う人間に変えようとする妻は最低と投稿したばかりだ
本当に良い妻は夫の「良い所」も「悪い所」も全部ひっくるめて愛するのだと書いた投稿に、1000件のコメントが付いた
私達の結婚生活は、多くの夫婦のローモデルで、私は子育て系のフォロワーが3万人いるスターインスタグラマーだ
投稿には良い事しか載せれない。たとえ現実生活が一度落として欠けた所を無理やりボンドでひっつけた、壊れやすい花瓶のみたいだったとしても
他の誰も気づいてはいないけれど、ごく近くで眺めれば傷がわかるのに、私はまだ水を溜めておけるだろうかと考えながら、心の中でその花瓶を眺め「まだ大丈夫だ」と自分に言い聞かせている
例え裏側でヒビ割れた所から愛情の水がチョロチョロ漏れていて、いつかは空になってしまうのではないかと思っていても、見て見ぬフリをしている
私達は三人目の子供を作るつもりはなかった
お腹の子は“うっかり”出来た子で、予定外で予想外ではあったけれど、少なくとも私は授かった命なのだから産んで育てたかったし、もともと私が三姉妹で育ったのもあって子供が三人は妥当だった
7ケ月前、私達は珍しく二人で飲みに出かけた。母があまりに康夫の不平不満をこぼし、荒れている私を気遣って、正美と斗真の面倒を見るから二人でゆっくりして来なさいと言った
私達はかなりお酒を飲んだ、沢山笑った、とっても楽しい気持ちで二人でタクシーで帰ってきてベッドに倒れこんだ
その夜は誰に気兼ねなしに2回セックスをした康夫はコンドームをつけるのを忘れた
彼は私に夢中になってのしかかってきてくれた、私は素直に夫に求められているのが嬉しかった
危ない橋を渡ったわけだ
これまでも慌ただしくコトを行おうとして、その最中にいつも
「ママ、喉が渇いた」とか「ママ、うさちゃんが見つからない」とか「ママ、おねしょしちゃった」とか・・・・
幾度となく邪魔をされたことを思えばそれも無理のないことだと思う、これまでの二度の妊娠は二人にとって嬉しい物だった
しかし今回は何の将来設計もしておらず、文字どおり闇夜の鉄砲だった。母は
「大変かもしれないけど、子供は宝よ」
と笑った、私も同じ気持ちだった。なので喜んで彼に三人目を妊娠した事を告げた
しかし彼はしばらく黙って私にこう言った
「何とかならないかな?」
私は全身に冷水を浴びせられた気がした、彼は「堕ろせ」と言っているのだ
彼は今度のボーナスで新しいゴルフクラブを欲しがっていた、新しいスマートフォンを買い替えたがっていた
彼は一人っ子だった、そして後になって冷静に考えれば、確かに今の康夫の稼ぎでは三人はキツイかもしれない
でもその言葉に私はショックを受けた。「なんとかなるよ」と言って欲しかった