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康夫はある地方放送のローカルキャスターだ
地方の午後のテレビ番組でお天気のニュースを読んだり、主婦向けのバラエティ番組で、百貨店の総菜をレポートするといった地道な努力を続けて、今では様々な番組のニュースを担当しているが、彼が本当に志望している政治の報道番組を、任されたことはまだ一度もない
しかしキャスター10年目の彼は、徐々に地上放送界に頭角を現わしつつあって、今後はより重要な報道を担当できるかどうかの節目に来ている、今もっとも、注目度が高まっているキャスターだ。
康夫は街中でも自分に気づかれることが好きだ、大抵はキャスターではなく、どこかテレビで見たことがあるという、ぼんやりした記憶のある人達が彼に気づき
「テレビに出ている人ですよね?」と
康夫に話しかけてくる
彼は輝く笑顔で、低姿勢で、礼儀正しく握手やサインに心地よく応じ、キャスターの鏡になる
それはショッピングモールで家族で買い物している時も、レストランで食事をしている時も行われ
私は彼の後ろで子供がいくら帰りたいと泣き叫ぼうと、ただ無言で存在を無くし彼らの後頭部を見つめ、笑顔で彼のファンサが終わるのをじっと待つ
でもそんなことは苦ではなかった。私はそんな野心のある彼が好きだし、成功してほしいと思っているし支えたいと思っている
ただ夜遅く帰ってきて、朝早く家を出ていくストレスいっぱいの彼は、家にいる時の終始不機嫌な顔ではなく、私や子供達に少しでも人前で見せているような
「素敵なキャスターさん」の
顔を向けてくれればいいのにと思う
・・・・・
康夫との出会いはまだ学生同士で、同じテレビ局で私は受付嬢のアルバイト、彼は学生ニュースキャスターの卵としてテレビ局を出入りしている時
ある大きな報道番組が終了したことで、テレビ局側が受付嬢もキャスターやタレント達を集めて、パーティーを開いてくれた
その頃には私は大勢のジャーナリストと知り合いになっていた、中にはかなり有名な人もいたがほとんどは仕事の話しかしない退屈な人ばかりだっので、仲良くしてもお付き合いまでは発展しなかった
その中で康夫は違って見えた。パーティの時に壁の花になっている私達受付嬢に、飲み物を進めてくれたし、面白かったし、優しかった。アイドル並みに人気のあるお笑い芸人とも仲良しだったし、私は彼のすべてに好感を抱いた
笑顔も素敵だったし、ジャニーズのような髪型をしていた
私はパーティー会場の隅っこで彼を眺め、30分の間に彼との将来をすべて妄想していた。
海辺の素敵なチャペルで結婚式をあげ、ヨーロッパに新婚旅行に行き、少なくとも子供を四人作って、芦屋の郊外の大きな家で犬と猫を一匹ずつ飼うのだ
パーティーは終わりに近づき、私はさっき飲み物を進めてくれたお礼と何か気の利いたことを言おうと一大決心し、人込みを縫って康夫に近づいた
けれど私が康夫に話しかけるより先に、人気のインスタグラマ―の女性がそっと康夫の腕を掴んで呼び止めた
彼は聞こえないのか屈んで彼女の口に耳を近づけ、そして楽しそうに天を仰いで笑った
そのインスタグラマ―は細身の美人で、豊かな長い髪、官能的な体、近づく顔と顔、二人で笑いあっていた。
二十分後ふたりは並んで出て行った、私は自分の見た目があのインスタグラマ―みたいにセクシーではないことを呪った
そしてこんなテレビ局に出入りする男は、軽薄で、自分がお付き合いをするに値しないと、一生懸命自分に言い聞かせた