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#チャンス
あおっちӦ(あおあお)
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FORSAKEN最深部。
スペクターの私室。
静かだった。
とても静かだった。
スペクターは椅子に腰掛けている。
赤いシルクハット。
完璧な姿勢。
完璧な笑顔。
完璧に余裕そう。
そしてその足元。
ノスフェラトゥがいた。
跪いている。
しかも妙に緊張している。
理由は簡単だった。
欲しい。
とても欲しい。
今すぐ欲しい。
だが。
ここで問題が発生する。
スペクターは昔こう言った。
「ちゃんと欲しいと言いなさい」
その一言。
たったそれだけ。
だが。
生真面目すぎる古代吸血鬼の脳は。
その言葉を盛大に拡大解釈した。
結果。
現在。
ノスフェラトゥは。
「完璧なおねだりをしなければならない病」
に罹患していた。
重症である。
非常に重症である。
ノスフェラトゥは立ち上がった。
ゆっくりと。
芝居がかった動きで。
胸に手を当てる。
片手を天へ向ける。
深呼吸。
そして。
始まった。
「我が血の君主よ……!」
スペクターが本から顔を上げる。
嫌な予感がした。
すごくした。
だが。
もう遅い。
「昏き夜を統べる赤き帽子の絶対者よ……!」
始まった。
完全に始まった。
ノスフェラトゥは止まらない。
「我が魂は渇き!」
「我が心は叫び!」
「我が存在は!」
「我が運命は!」
「我が――」
長い。
とにかく長い。
無駄に長い。
途中から何を言っているのか本人も分かっていない。
だが止まらない。
完全に舞台俳優だった。
十分後。
ようやく終わる。
「どうかその慈悲を――!!」
ばっ。
完璧なポーズ。
決まった。
本人はそう思っていた。
(勝った)
(完璧だ)
(これはもう許可確定だろう)
ノスフェラトゥは期待に満ちた目で見上げた。
スペクターを見る。
スペクターは。
無言だった。
数秒。
沈黙。
そして。
「長いよ」
「……え?」
「やり直し」
世界終了。
ノスフェラトゥ停止。
思考停止。
魂停止。
「え?」
もう一回。
「え?」
本当に理解できていない。
スペクターは続ける。
「私は欲しいと言いなさいと言ったんだ」
「はい」
「劇団に入れとは言ってない」
「……」
「オーディションでも始まったのかと思ったよ」
「……」
「途中から聞いてなかった」
致命傷だった。
ノスフェラトゥの心にクリティカルヒットした。
ぐしゃ。
その場に崩れる。
完全敗北。
「そんな……」
か細い声。
「私は主様への敬意を……」
「うん」
「忠誠を……」
「うん」
「誠意を……」
「うん」
「全部込めたのに……」
「長かったからね」
即死。
追撃だった。
ノスフェラトゥは床に突っ伏した。
めそめそ。
めそめそ。
完全に大型犬だった。
良かれと思って芸を披露したら飼い主にダメ出しされた犬。
そのものだった。
「私は無能だ……」
「そこまでは言ってないよ」
「主を満足させられない……」
「いやだから」
「終わりだ……」
「面倒くさいね君」
スペクターはため息をついた。
そして椅子から立ち上がる。
ノスフェラトゥの前へ。
しゃがむ。
顎を持ち上げる。
涙目の吸血鬼と目が合う。
「本当に不器用だね」
優しい声だった。
ノスフェラトゥがぴくっと反応する。
「私が聞きたいのは」
「……」
「そんな難しい言葉じゃない」
「……」
「君の本音だよ」
沈黙。
ノスフェラトゥは固まる。
考える。
必死に考える。
だが。
難しい言葉は出てこない。
綺麗な言い回しも出てこない。
残ったのは。
本当に残ったのは。
たった一つだった。
「……欲しいです」
ぽつり。
小さな声。
「お前の血が欲しい」
そして。
「噛み付くことを、許してください」
沈黙。
スペクターは見つめる。
数秒。
それから。
ふっと笑った。
「よくできました」
満足そうに。
本当に満足そうに。
「最初からそれでよかったんだよ」
ノスフェラトゥの目が見開く。
世界が救われた。
本人の中では。
完全に救われた。
そしてその後。
ノスフェラトゥは新たな研究を始める。
題して。
『短くて情熱的なおねだり百選』
アズールは言った。
「やめなさい」
ホスフォラスも言った。
「絶対また長くなる」
二人の予想は正しかった。
翌日。
ノスフェラトゥの新作は三十分あった。
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