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ゆゆゆゆ
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ゆゆゆゆ
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その日の夕方。
スペクターは珍しく静かだった。
ソファに腰掛け、
煙草をくゆらせ、
書類仕事も終わり、
なんとなく黄昏れていた。
足元にはいつものノスフェラトゥ。
いつものようにいる。
本当にいつもいる。
もはや家具である。
「ねえ、ノスフェラトゥ」
「はい、主様」
即答。
0.2秒。
速い。
犬笛か。
「もしも」
スペクターは煙を吐いた。
「ある日突然、私が消えたらどうする?」
静かな問いだった。
少しだけ意地悪で。
少しだけ感傷的で。
少しだけ相手を困らせるつもりの。
支配者らしい質問。
普通なら。
青ざめる。
泣く。
縋る。
そういう流れ。
それが主従の様式美というものだ。
ところが。
ノスフェラトゥである。
普通ではない。
まず目が光った。
嫌な予感がした。
スペクターの。
非常に。
「……なるほど」
始まった。
「ついに来ましたか」
何が。
「その時が」
だから何が。
ノスフェラトゥはゆっくり立ち上がる。
マントが翻る。
無駄にかっこいい。
無駄に。
本当に無駄に。
「主様」
「うん」
「ご安心ください」
「うん」
「私が」
嫌な予感。
「二代目になります」
「何の?」
「スペクターの」
即答だった。
あまりにも即答だった。
スペクターは煙を吸い込みかけてむせた。
「何の話?」
「主様亡き後!」
亡くなってない。
「私が赤いシルクハットを継承し!」
やめろ。
「第二のスペクターとして!」
やめろ。
「領域を支配します!」
やめろって。
「朝は部下を閉め出し!」
何で。
「昼は意味深に笑い!」
やめろ。
「夜は赤い帽子を磨き!」
やめろ。
「時々『欲しいと言いなさい』と囁きます!」
やめろ。
完全にやめろ。
スペクターは頭を抱えた。
まだ消えてない。
消える予定もない。
なのに後継者会議が始まっている。
「ノスフェラトゥ」
「はい!」
「却下だね」
即答。
ノスフェラトゥ停止。
世界停止。
時間停止。
「……え?」
「却下」
「なぜ」
「キャラが被るから」
あまりにも正論だった。
ノスフェラトゥが固まる。
スペクターは続ける。
「想像してごらん」
「はい」
「赤い帽子を被った君」
「はい」
「部屋の隅でニヤニヤしてる君」
「はい」
「自分で自分に『欲しいと言いなさい』って言ってる君」
「……」
「怖い」
「……」
「かなり怖い」
「……」
「私でも引く」
致命傷だった。
ノスフェラトゥがよろめく。
「そんな……」
「しかも」
スペクターは追撃する。
容赦がない。
「絶対途中から帽子集め始めるだろう?」
「……」
図星だった。
「主様モデル限定ハットとか作るだろう?」
「……」
図星だった。
「そして誰も聞いてないのに私の思い出語るだろう?」
「……」
図星だった。
アズールがいたら爆笑していた。
間違いなく。
ノスフェラトゥは震える。
「では……」
「うん」
「私はどうすれば……」
「何もしなくていい」
スペクターは言った。
「そもそも消えないから」
「……!」
「君を放置すると大変なことになるし」
「……!!」
「たぶん領域の風紀も終わる」
「……!!!」
ノスフェラトゥの顔が真っ赤になる。
なぜ嬉しそうなんだ。
意味がわからない。
スペクターも意味がわからない。
「だから安心しなさい」
ぽんぽん。
頭を撫でる。
雑。
かなり雑。
ノスフェラトゥには十分だった。
「あうぅ……」
ちょろい。
本当にちょろい。
「主様……」
「なんだい」
「つまり」
嫌な予感。
「一生面倒を見ると」
違う。
「そういう」
違う。
「宣言」
違う。
「ですね」
違うって。
スペクターは天井を見た。
もう訂正する気力もない。
面倒だった。
すると。
いつの間にか扉の外にいたアズールが顔を出した。
「スペクター様」
「なんだい」
「今の会話聞いてましたけど」
「うん」
「プロポーズだと思われてますよ」
「知ってる」
「訂正しなくていいんですか」
「もう疲れた」
「ですよね」
二人は深いため息を吐いた。
その横でノスフェラトゥだけが、
『主様、一生いてくれる』
という都合のいい部分だけを脳内で百回再生しながら、
幸せそうに床で待てをしていた。
誰よりも元気だった。
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