「本日14時、『菫の間』にて……か」
まだ14時まで1時間もある。これといってやることもないので、そわそわしながら自室で時間が過ぎるのを待った。
一昨日ミシェルさんからルーイ先生を交えた会合に自分も参加するようにとの連絡を受けた。ジェフェリーさんの事を先生にどうやって相談しようかと、クレハ様と共に頭を悩ませていた直後のことだったので、まさかもうレオン殿下にバレたのかと心臓が痛くなった。しかし、どうやらそうではなくて私が呼ばれたのはニコラさんの件についてだった。
『とまり木』の隊員が王宮にまとまっているのも珍しく、先生も近くに滞在していらっしゃるとのことで、顔合わせと情報交換を同時にやろうって寸法らしい。
「この会合……私がいるのかなり場違いなんじゃないのかな……」
信頼されている……なんて、それは傲りが過ぎるけど、有難いことに殿下はクレハ様の元に私がいることを認めて下さっている。クレハ様の側使えとして王宮に置いて頂いているのだ。そんな殿下の期待に応えたいという気持ちも私にはあった。ニコラさんの事、今一度よく思い返してみよう。
クレハ様は私が会合に呼ばれたことを殿下から聞いてご存知だった。参加するのは店の人ばかりだそうで緊張がいくらか和らいだ。諸々の話し合いが終わった後にクレハ様も合流する予定になっていると聞かされる。『私もリズに付き添えれば良かったのに……』と残念そうになさっていたが、正直安堵した。この方が話し合いの場に出席なさるのはあまり賛成できなかったから……
ニコラさんの話をするとなると、その流れでフィオナ様の事も深掘りされる可能性があるからだ。クレハ様の前でフィオナ様の話題はできるだけして欲しくない。姉妹の間にある複雑な事情を知っている殿下とセドリックさんが、そんな状況にはしないだろうけども、何があるか分からない。
そして、肝心のジェフェリーさんだ。こんなに早く先生とお話しする機会が巡ってくるとは思っていなかった。しかし、みんなの前でジェフェリーさんについて尋ねるわけにはいかない。クレハ様とも相談したけれど、彼の名前を出さずに先生から魔法使いについて、私達が知りたい情報を聞き出すことができるのだろうか……自信無いな。
「おーい、リズいる? 悪いけどちょっと出てきてくれない」
部屋の外から私を呼ぶ声がする。考えごとに没頭していたため、突然の呼びかけに驚いて体が大きく跳ねた。
「リズー! 俺だよ、ルイス」
「ルイスさん?」
聞き覚えのある声だと思っていたら……クレハ様の護衛、ルイス・クラヴェルさんだった。
「そうそう。レナードもいるよ」
「リズちゃん、ごめんね……急に」
レナードさんまで……ご兄弟揃ってどうしたんだろう。もしかして迎えに来てくださったのだろうか。いや、それにしては早過ぎる。だって指定された時間までまだ1時間もあるのだ。訪問理由をあれこれと考えている間、お待たせするのも忍びない。私は彼らに部屋へ入ってもらうことにした。
「あの、どうしたんですか……はぇ!?」
扉を開けて彼らの姿を視界に捉えたのと同時に、素っ頓狂な声を上げてしまう。そこにいたのは紛れもなくクレハ様の護衛をなさっているご兄弟だった。それならどうして声など上げたのか……それは、彼らがしている服装のせいだ。
「リズ驚いた?」
「あの、それ『とまり木』の制服……ですよね」
「クレハ様におねだりされちゃってね。一昨日もこの格好してたんだよ」
いつもと異なる風体の理由は、『とまり木』で働いている時の姿が見たいとお願いをされたからだそうだ。クレハ様ったら、そんなことなさってたんですか……そして、カッコいいと大絶賛だったという。
そりゃねぇ……私もクレハ様グッジョブって讃えたいですよ。この美形兄弟もだいぶ見慣れたと思っていたが認識が甘かったな。軍服のストイックな感じもいいけど、ラフな白シャツの破壊力がエグい。晒されてる鎖骨周りに視線が吸い寄せられてしまう。
おふたりはクレハ様に褒められたのが嬉しくて堪らないのか、私にも似合うかどうかを執拗に聞いてくる。もしかして……私の意見を聞くためだけに、わざわざ着替えてここまで来たのだろうか。
容姿を賞賛されるのなんて慣れっこだろうに……。きっと、クレハ様に言われたというのが特別で大切なのだろう。そう考えると目の前の成人男性がなんだか可愛いと感じてしまったので、素直に思ったことを伝えてあげよう。
「私も軍服姿しか見たことなかったのでびっくりしました。もちろん、とってもお似合いですよ! 適度に崩した着こなしが素敵ですし、髪型も服装に合ってて格好良いです!!」
「マジで! リズもそう思う?」
私の言葉を聞いて彼らは顔を綻ばせる。屈託の無い笑顔に、こちらの方が気恥ずかしくなってしまった。
「あ、あの……私は良いもの見れてラッキーでしたけど、お洋服を見せるためにこちらへ来て下さったのですか?」
「ははっ、まさか。それはついで。姫さんにこの格好が好評だったからさ、延長して今日も俺たちがお茶とかの準備をしようと思って」
「急で悪いんだけど、14時からの会合に色々変更があってね。私達はそれをリズちゃんにお知らせしに来たんだよ」
「変更……ですか」
「そう、まず変わったのが場所。当初は『菫の間』でやる予定だったよね。これがセドリックさんの部屋になりました」
「えっ、えぇ!?」
「困惑が顔に出てるねぇー。私達も王宮内に私室はあるんだけど、セドリックさんのとこが1番広いんだよ」
「隊長だからな。給仕を俺らが引き受けたのは、部屋を提供して貰うお礼もかねてるんだ。セドリックさんには敵わないけど、店に出せるレベルのもんは淹れられるから安心して」
数人集まる程度なら問題無いらしい。いやいや、そういうことではなく。何で『菫の間』からセドリックさんの部屋になったんだ。しかも、なんかお茶会みたいな雰囲気になっていってるし。私は当たり前に沸いた疑問をおふたりにぶつけた。
「殿下からの提案。肩肘張らずにリラックスできるようにだって。クレハ様がリズちゃんのこと心配してたからね。少しでも居心地良くしようとなさってるんだよ」
「うちの隊の奴らばっかりだし、畏まる必要も無し。先生も楽なのが良いってんで、お茶やお菓子を摘みながらのんびりやろうってね」
「そう、だったんですか……気にかけて頂いて、ありがとうございます」
会議室よりは和やかなムードになりそうだけど……その代替がセドリックさんの部屋というのも、別の意味でそわそわしちゃいそうだ。しかし、殿下や皆の気遣いは嬉しかった。そして更に、レナードさんとルイスさんは私の元を訪れた理由の続きを語る。
「それと、リズには俺たちと一緒にちょっとしたイタズラに加担してもらおうと思ってね」
「イタズラ?」
おふたりはとても楽しそうだった。そのイタズラとやらを実行した時の様子を思い描いているのだろう。私の胸の中に期待と不安が入り混じる。イタズラって……何をなさるつもりなのか……