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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第99話 〚沈黙の、全部〛
― 担任視点 ―
職員室の一角。
簡易的に仕切られた机の前で、
澪は椅子に座った。
私は、
向かいに座りながら、
あえてすぐには話さなかった。
沈黙は、
こちらが作るものじゃない。
相手が「話す準備ができるまで」
待つものだ。
「……プリントのことでね」
そう切り出すと、
澪は小さくうなずいた。
「書いてないことがある、
そんな気がして」
一瞬、
澪の指が強く組まれた。
そして――
静かに、
口を開いた。
最初は、
本当に小さな声だった。
修学旅行中のこと。
人が多い場所で、
距離が急に近くなったこと。
名前を呼ばれるたび、
逃げ場がなくなった感じがしたこと。
助けてもらったけど、
完全には安心できなかったこと。
夜のこと。
眠れなかったこと。
怖かったこと。
「……書けませんでした」
そう言って、
澪は顔を伏せた。
私は、
途中で一度も遮らなかった。
止めなかった。
整理もしなかった。
ただ、
聞いた。
話は、
それだけでは終わらなかった。
守ってくれた人のこと。
気づいてくれた人のこと。
その優しさが、
嬉しかったこと。
でも同時に、
「自分が原因で
誰かが張りつめている」
と感じてしまったこと。
――全部。
澪は、
途中で涙をこぼすこともなく、
淡々と話した。
それが、
余計に重かった。
話し終えたあと、
長い沈黙が落ちた。
私は、
ゆっくりと息を吸った。
(これは……
想像以上だ)
問題が「起きなかった」から
見逃していい話ではない。
これは、
生徒一人の心が、
限界まで我慢していた記録だ。
「……話してくれて、ありがとう」
それしか、
すぐには言えなかった。
澪は、
少し驚いた顔をしたあと、
小さくうなずいた。
「全部、
私の責任です」
その言葉に、
私ははっきりと首を振った。
「違う」
きっぱりと。
「それは、
大人が守るべきところだった」
私は、
ここで初めて、
修学旅行中の判断を
後悔した。
見ていたつもりだった。
管理していたつもりだった。
でも――
足りなかった。
「澪。
君が悪いことは、
一つもない」
その言葉が、
本当に届くまで、
何度でも言う必要がある。
私は、
この話を
“なかったこと”にはしない。
同時に、
澪を
これ以上矢面に立たせることも、
絶対にしない。
職員室の外から、
部活の声が聞こえる。
日常は、
何事もなかったように
進んでいる。
だが私は、
はっきりと理解した。
澪の沈黙は、
弱さじゃない。
限界まで耐えた結果だった。
そして、
それを聞いてしまった以上、
私はもう、
元の対応には戻れない。