一夜の事 / 冨岡義勇・胡蝶しのぶ
約一年前、ある山奥の村で「瀬尾」という一家が突然姿を晦ますという不可解な事件が起きた。しかし時が経ちその一家は亡くなったと分かったそうだ。
瀬尾家には父親と母親、九つになったばかりの長男、そして奇妙な病にかかってしまった七つの弟がいた。弟の名は「次郎」と言った。次郎は太陽の光に当たることが出来ず、一日中部屋の中に閉じこもって生活をしていた。月に二・三回、学校で同級生の女子《おなご》を呼んで部屋に招き入れていたが、部屋に入ったきり出てきたものは一人もいない。娘を失った母親たちが家へ押しかけて来ても”何も知らない”の一点張りだったそう。そんな矢先の出来事であった。発見されたのは事件から三日後だった。何故これ程までに発見が遅くなったのか。理由はただ一つ。誰もあの奇妙な家に近づきたくなかったからであろう。しかし、その日の夜たまたま近くを通りかかったという村人が証言をした。” その日の夜、若い男女を見た “と。男の方は変わった柄の羽織に少し伸びた髪、背丈はかなりのものであったそう。女の方は小柄で肌は白く、大きな蝶の髪飾りをつけていたそうだ。
これが今分かっている事の詳細。俺の師匠が「この出来事を本にしたら儲かる!」と言い張り何故か俺が事の詳細を探ることになったのである。早速、事件があった村に出向いてみることにした。しかし、どれだけ聞き込みをしても誰もが口を揃えて”何も知らない” “何も見ていない”と言った。そんな中一人の村人から唯一の証言を得ることが出来た。
「 兄は生きているかもしれない 」
その村人曰く、事件から数ヶ月後に事件のあった家の前に花冠が置かれていたそうだ。最初は村人の誰が置いたのかと思ったが冠に使われている花が『 サルビア 』で花言葉に『 家族愛 』という意味を持っていた。更には、庭にある大きな木の幹に兄以外の家族の名が刻まれていたと教えてくれた。実際に足を運んで見たところ家の前に時間が経って枯れ果てた花冠と庭の木には確かに家族3人の名が刻まれていた。その名前を持ってきた紙に控え、その村を去った。
山を降りた近くの宿でもまたも有力な情報を得られた。この宿の女将があの日の夜泊まりに来た若い男女を覚えていると言うのだ。名簿帳を遡っていくと、確かにあの日の日付のところに2人の名前が書かれていた。”冨岡”という姓に男の方は”義勇”、女の方は”しのぶ”と書かれていた。しかし、女将が言うには会話などを聞いている限り夫婦では無いように見えたらしい。そしてその日の夜、軍服のような格好に別々の特徴的な羽織を着て、三階の窓から飛び去る2人の姿を女将が見たそうだ。慌てて下を覗き込んだものの、2人の姿はもうそこにはなかったそう。飛び降りた際、羽織が舞い上がりその下に来た服の背中に『 滅 』の文字が見えたとも言っていた。何故こんなに夜遅くに宿を出たのか、あの格好は一体何なのか、その他にも2人の関係性や正体など様々な疑問が頭をよぎったがあまりにも現実味がなかった為か、夢とさえ思ったらしい。さらに、翌朝肩を並べて笑みを浮かべた2人の姿を見た時、本当に自分は昨夜夢を見たんだと思ったそう。この一連の出来事が衝撃的でずっと頭に残っていたと言う。女将に聞いた2人の名前と一連の出来事を要約して紙に控え、その宿を去った。
俺は不可解な点の多く残るこの事件を調べていく度に” 兄の生死 “や” 若い男女の正体” をどうしても突き止めたいという衝動にかられていた。
そして翌朝俺はもう一度例の村に行き、兄の居場所を探ることにした。