テラーノベル
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今の会社に転職してからはとても落ち着いていた。
まだ、恋愛はする気になれなかったけど。もっとも、そんな相手に出会えていなかったし“何もない”それが私には十分だった。
――――――
会社の帰り道のことだった。
すっかり日常になった通勤路を歩いていると横目に背の高い男性が目に入った。オフィス街だし珍しいことではない。このままきっと駅まで同じルートで……。
ふと、視線を感じそちらに目を向ける。わぁ、すっごいイケメンさんだ。スタイルもいいし、この辺の会社の人?初めて見たけ……ど……
「あ! 」
そのイケメンさんが声をあげ私はぱちくり瞬きをする。え、私?振り返ってキョロキョロするけど私以外いなかった。
「はは、覚えてないか。俺、吉良。吉良凌平。ほら、梓の……」
忘れるわけがなかった。あの時の羨望と胸が痛む感覚を……。
驚きで一瞬声が出なかったのを、覚えていないと取られたのか吉良くんは少し気まずそうに『梓の』と口にした。
「覚えてるよ。久しぶりでびっくりしちゃった」
そう言って笑うと吉良くんも相好を崩した。
「ほんと、久しぶりだな。俺、ここに取引先があって時々来るんだ。湊は? 」
「私はねぇ、ここが勤務先の最寄り。あっちの筋だけどね」
私は吉良くんが来た方向と逆をちょいっと指さした。
初めて並んで歩く……。『湊』何の躊躇いもなく呼ばれる名前。躊躇う相手じゃない。私は元カノの友達。それだけ。
「時間あるならお茶でも飲んで行かない? 」
ごく自然に吉良くんは私を目の前のカフェに誘った。行き当たりばったりの他意はない笑顔に、私も頷いた。
中に入ると窓際の席に私を座らせ、吉良くんは注文しにレジへと向かった。
……何か、変なことになったけど。懐かしいと思うのは梓越しの一方的な思い出ばかり。
コーヒーを二つ乗せたトレーをテーブルに置いて、腰掛けた吉良くんが私の方を見た瞬間、どっと汗が噴き出てきた。
「あれ、私たち、二人で話したことあったっけ」
想ったことを口にした。
「……あるだろ。ん? あー、ない。ないかもな。ははは」
思い出してないことに気が付くと笑った。なかったと事前に分かったとしてもこの人はこうやってお茶でもって誘ってくれただろうと思う。こういうところが人懐っこくて、勘違い……は、しないか。この容姿の人に誘われるとさすがにそういうのじゃないって思うな。
案の定、全く何も考えてない顔で愛想よく笑っている。根っからの陽キャ。チャラい男め。そうは思うけどもう、仕方がないなって好感を持ってしまうから不思議だ。
「適当だなぁ。自己紹介代わりにお名刺でもお渡ししましょうか」
「お、いいね」
吉良くんは軽くノってごそごそと名刺を取り出した。
「あ。じゃあ私も」
仕事で名刺交換するように丁寧にお互いに名刺を差し出して受け取ると吹き出した。
「あれ、湊……苗字“皆川”なんだ? 」
「うん、親のセンス疑うでしょ? 本当嫌」
そうか、この人私の苗字も知らなかったか。だから私のこと湊って呼んだんだ。梓が私を呼ぶ『湊』しか知らないから。ま、いいか、そんなものだよね。
「みなみなだね」
「そう、ずっとあだ名それ。もう、早く結婚して苗字変えたーい」
「湊って彼氏いるんだっけ? 」
急に何だろう。
「あ、それ……口説いてますかー? 」
絶対違うのはわかっているけど、茶化す。茶化すしかない。私には話せる恋愛話なんてなく、ましてやこの人に聞かれるのはいたたまれない。
「単純な、興味」
「ですよねー。いませーん。ずーっと」
「ずっと? 何やってんの」
何を……? 本当に何をやっているんでしょうね、私は。
「何? 何って……|親友《梓》の心配。かれこれ3年」
「……え。そうなんだ。それはありがと」
梓のことなのに吉良くんにお礼を言われてしまう。この人にとって梓ってまだそういう存在なのだろうか。
「いや、ごめん。そんなつもりじゃなくて……モテなかっただけ」
ちょっとした冗談のつもりだったのに気まずい。
「……そんな事ないだろ……」
「うん、モテた。かなり……」
「ぶ! なんだよ。モテたんじゃん。好きな人でもいんの? 」
「……向こうにね」
「どーゆーこと? 」
「彼女持ちとか、既婚者ばっかりにモテる!」
「……それは……それで、付き合ったりするの? 」
「……1回だけ」
「……」
あ、吉良くん、ちょっと引いた顔した?
「知らなかったの。男の人って本命じゃなくても、平気で『好きだ』とか『愛してる』とか言うでしょ? 信じちゃって……」
「別れたの? 」
「別れたよ。なかなか受け入れてくれなくて逃げたわ。傷つく人がいるのに、よくも……。それからも、そんな人ばっかり。別れるからって言うの。別れてから来いよ。って思わない? 他に相手がいるって言ってから私に来るってことは結局あっちが本命なのよね。私は2番目。まあ、どっちみち、そんな男は断るけど」
「たまたまだよ、まともな奴だって……」
「“そんな女”なんじゃな? 私が」
恥ずかしくなって、俯いてそう言った。
「湊、そんな事……」
なんて、つい自分の話をしてしまった。必要ないのに。ここで話を振ることにした。
「吉良くんは、どうなの」
「あー……俺は、今好きな人がいる」
吉良くんは控えめにそう言った。自分の気持ちを確認するようにうんと頷くと私を見据えはにかむように笑った。かつて、梓に向けられた笑顔だった。
眩しくて目を逸らす。
「そっかぁ、いいね、恋してるんだね。吉良くんなら断る人いないでしょ。むしろまだ彼女じゃないのが不思議なくらい」
私の言葉に吉良くんはわずかに違和感の残る笑い方をした。
コメント
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わ〜第3話、めっちゃエモかった!!😭💕 湊ちゃんの「そんな女なんじゃな?」って自己否定、胸がギュッてなったよ…。吉良くんと再会して、自然にカフェで話す流れがすごくリアルで、お互いの距離感とか言葉の端々に過去があふれてて切ない。 「今好きな人がいる」って言う吉良くんの笑顔、梓さんに向けてたあの笑顔と同じって気づいた瞬間、湊ちゃんの気持ちが痛いほど伝わってきた…!次どうなるの!?続きが気になりすぎる🌸