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保育士×保育士。
お昼寝の時間は、静寂と微かな寝息が支配するはずの聖域だった。
カーテンの隙間から差し込む陽光が、柔らかい絨毯の上に幾筋もの線を引いている。
港の見える丘にあるこの保育園は、園児たちの賑やかな声が止むと、驚くほど穏やかな空気に包まれる。
だが、その静寂の裏側で、二人の大人――保育士の太宰治と、同じく保育士の中原中也――の間には、子供たちには決して見せられない熱が渦巻いていた。
「……太宰せーんせ。こっち」
低く、どこか湿り気を帯びた中也の声が、太宰の耳元を掠める。
園の備品を整理する名目で入った奥の更衣室。
積み上げられたマットの影に押し込まれるようにして、太宰は中也の下敷きになっていた。
普段は子供たちの前で互いを「先生」と呼び合い、お互いにプロとしての仮面を被っている。
太宰は飄々とした態度で園児の人気をさらい、中也は生真面目に、時に熱血に彼らを導く。
その完璧な日常の綻びが、この薄暗い空間に集約されていた。
「待って、中也……まだ、お昼寝の時間が終わってないよ……」
太宰が弱々しく抵抗の言葉を口にするが、その声には一切の力がこもっていない。
中也の両腕が太宰の肩の横につき、逃げ道を塞ぐように覆い被さっている。
その双眸は、いつもの冷静さを失い、ひどく剥き出しの欲情を宿していた。
「子供らなら、敦と芥川がしっかり見てる。……今だけは、俺に集中しろ」
中也の手が、太宰の黄色いエプロンを乱暴に手繰り寄せる。
太宰が身につけているエプロンには、園児が勝手に貼り付けたであろう可愛らしいシールの残骸が残っていたが、今の二人の状況にはあまりに不釣り合いだった。
「あ……や、ま……っ」
太宰が呻き声を漏らす。
中也の指先が、エプロンの下にある薄いシャツ越しに、太宰の敏感な場所を容赦なく刺激したからだ。
太宰の身体がビクンと大きく跳ね、喉の奥から熱い吐息が零れる。
中也は満足げに鼻を鳴らし、さらに身体を密着させた。
太宰は普段、その思考も、過去の経歴も、包帯の下にある傷痕も、すべてを軽薄な笑みの下に隠している。
だが、中也という男の前でだけは、その防御壁が脆くも崩れ去る。
自分を組み伏せているこの男が、かつてどのような荒事に手を染めていたのか、太宰は知らない。
ただ、この保育園で出会った当初から、中也は太宰の本質を見透かすような目をしていた。
太宰の包帯に触れ、その下に眠る絶望を察しながらも、中也はそれを拒まなかった。
それどころか、その欠落を埋めるように、何度も何度もその肌を暴き、愛を刻み込んできた。
「太宰、手前ぇ……今日は朝から、他の先生と喋りすぎだ。俺の目を見て話せっつっただろ」
「それは……仕事、だよ……あ、んっ」
中也の独占欲は、この静かな園舎の中でさらに研ぎ澄まされていた。
中也は、太宰の両手を頭の上で固定するように押さえつけ、逃がさない。
太宰の首筋に顔を埋め、吸い付くように痕を残していく。
「は、あぁっ……中也、そこ……だめ……」
太宰は腰を浮かせ、中也の背に爪を立てた。
エプロンの裾が捲れ上がり、白い肌が露出する。太宰の瞳は涙に潤み、普段の「先生」としての理性はどこか遠くへ飛んでいってしまった。
太宰は時々、怖くなる。
この男の腕の中にいると、自分が長年大切に育ててきた「死への憧憬」や「孤独」さえも、熱の中に溶けて消えてしまいそうになるからだ。
だが、中也の与える刺激はあまりに強烈で、太宰はその恐怖さえも悦びへと転換していくしかなかった。
中也の荒い呼吸が、太宰の耳朶を震わせる。
「逃げんなよ、太宰。……お前の全部、俺が分からせてやる」
「ん、あ……っ」
太宰は目蓋を閉じ、目の前に広がる白い光の洪水に身を任せた。
中也の重み、シャツを握りしめる感触、そして床を通して伝わってくる、どこか遠くで跳ねる子供たちのボールの音。
日常と非日常が入り混じるこの境界線で、太宰は自分という存在が中也によって確かに再定義されていくのを感じていた。
やがて、壁を隔てた廊下で、お昼寝明けを告げるオルゴールのメロディが流れ始めた。
太宰の肩を抱く中也の力が、名残惜しそうに緩む。
「……時間だ。行くぞ」
中也は何事もなかったかのように立ち上がり、乱れた服装を素早く整えた。
太宰はまだ熱が引かない身体を横たえたまま、天井を見つめている。
中也はそんな太宰の手を取り、強引に引き起こした。
「ほら、シャキッとしろ。子供らが待ってるぞ、太宰先生」
「……中原先生は、本当に切り替えが早いね……意地悪だ」
太宰は恨めしそうに言いながらも、中也が指で直してくれたエプロンの結び目をそっと触った。
更衣室の扉を開け、再び明るい廊下へと踏み出す。
そこには、眠い目をこすりながら部屋から出てくる子供たちがいた。
「太宰せんせー! あそぼ!」
「あはは、いいよ。何して遊ぼうか?」
太宰は瞬時にいつもの「完璧な保育士」の顔を作り上げ、子供たちの中に飛び込んでいく。
その後ろ姿を、中也は遠くから見つめていた。
誰も見ていない一瞬、中也は自分の手のひらに残る太宰の熱を確かめるように拳を握りしめ、そして低く、満足げな笑みを零した。
あの更衣室での時間は、誰にも知られてはならない二人だけの真実。
明日もまた、この穏やかな保育園のどこかで、太宰の隠した欠落を中也が暴き、暴き出した熱を分かち合う時間が訪れる。
中也は、太宰の黄色のエプロンが揺れるのを見守りながら、自らも子供たちのもとへと歩き出した。
夕焼けが街を赤く染める頃まで、彼らは「相棒」として、そして「恋人」として、この平和な世界を守り続けるのだ。
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