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──昼休み。
教室の空気は騒がしく、どこか薄く湿っていた。遠くで笑い声がしたが、日下部はそれを風の音のように聞き流した。
弁当を持たず、誰とも言葉を交わさず、彼はいつものように教室の隅の席に腰を下ろしていた。
視線の先では、遥が廊下の向こうで立ち止まり、何かを手に持っている。ふとこちらに顔を向けたが、目が合う前に日下部はそっと視線を逸らした。
「……あーあ。ほんと、わかりやすいよね。おまえ」
隣の席に音もなく座り込んだ声に、日下部は一瞬、肩をわずかに震わせた。
蓮司だった。いつもの気だるげな笑顔。目は、笑っていない。
「遥のこと、さ。見てたでしょ。おまえ、ほんっとに顔に出る」
「……関係ないだろ」
「関係、大ありでしょ」
蓮司は声を潜め、日下部の机に肘をつける。
その距離は、誰が見ても“親しすぎる”と映るものだった。
「オレさ、おまえみたいなやつ、好きだよ。バカで、まっすぐで、鈍いくせに一途で」
日下部は顔を上げなかった。蓮司の声が、頭のすぐ横で微かに笑った。
「……やめろ」
「やめない」
言い切ると、蓮司はそっと、日下部の指先に自分の指を重ねた。
驚いたように指がこわばる。けれど、払いのけない。
「ねえ、たとえば、さ──」
声がひどく静かに揺れる。
「“おまえ”の心を壊すのが、オレだったら。どうする?」
「…………」
「遥じゃなくてさ。
おまえが守りたくて、どうしようもなく惹かれてるその人を……オレが、全部、壊したら。
そのとき、おまえは……オレに何をする?」
日下部は、ようやく顔を上げた。
瞳の奥で何かがきしむ音がする。けれど、その表情は、怒りでもなく、恐れでもなかった。
「……やれるもんなら、やってみろよ」
その声は低く、震えていた。
蓮司はにやりと笑った。
そして何も言わず、日下部の指先をもう一度軽くなぞると、立ち上がって教室を出ていった。
その背を、日下部は見なかった。
彼の視線は、ただ──
廊下の向こう、遥が今も立っていた、窓のそばのその一点に、
静かに、痛いほどまっすぐ、留まり続けていた。