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※遥と日下部が付き合った世界線。が、ちょい続きます……。
昼休みの終わり、日下部は黙って屋上の扉を押した。生ぬるい風が、黙って彼の制服の裾を揺らした。もうすぐ梅雨が来る。だけど今日だけは、空に濁りがない。
その鉄柵の影に、遥がいた。
無言で、下を見下ろしていた。風が吹いても、髪の先も肩の線もびくともしない。まるで、自分のいるこの高さに、もう何の現実味も感じていないように。
「……来るって言ってたっけ」
日下部の声に、遥は振り返った。目が合ったが、何も言わず、顔を逸らすでもない。どこか、最初から全部見透かしているような目をしている。
「言ってない。でも……お前、来ると思った」
「なにそれ。エスパー?」
「違う。ただ……来るなら今だと思っただけ」
言葉は他愛ない。だけど、遥の言葉は時々、妙に刺さる。
当ててくるのではなくて、黙ってこちらの居場所を予測しているような。痛みを、見て見ぬふりしないまま触れるような。
「……なあ、遥」
「ん」
「こうしてると……ほんとに、付き合ってるみたいだな」
「うん。付き合ってるよ」
静かだった。日下部は、たぶん笑うべきだった。でも声は出なかった。
「お前さ……なんで、俺なんかと?」
「なんでって……言ったら、お前信じる?」
「試してる?」
「違う。ただ、たぶん、お前が信じたら――ほんとに意味になるんだと思う」
日下部は息を止めた。遥のまっすぐすぎる目は、言い訳を許さない。
冗談みたいに見えるのに、本気だ。本気みたいに見えるのに、冗談にして逃げられる。そんな綱渡りの中で、遥はひとつだけ、重たいものを握ってる。嘘をつかないという一点だけは、譲らない。
「俺さ……」
日下部が視線を逸らすと、そこに蓮司の姿があった。
屋上の扉の影から、少しだけこちらを伺っている。その顔には、いつもの飄々とした表情はなかった。
「……何か言いかけた?」
遥が言う。日下部は小さく首を振った。
「いや……いい」
たぶん、これは長く続かない。どこかで壊れる。誰かが傷つく。
けれど、そう分かっているのに、今だけは遥の言葉に縋ってしまいたい自分がいた。
――この手は、誰のものでもなく、自分が選んで伸ばしたものだ。
そう、思いたかった。