テラーノベル
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#一次創作
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#モロボシ・シン
「――ならば祝福を与えよう。
汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」
情報屋のザインは、その光景を見てしまった。
自分のクライアントが、神職者からの祝福を受けている。
……それ自体は珍しいことではない。あのクライアントは、あらゆる手を使って願いを叶えようとしていたのだから。
しかしザインも、依頼料を受け取るためには良い結果を残さなければいけない。
ザインは鍛冶屋の柱の裏に忍び、ふたりのやり取りを引き続き見守った。
「おお、分かるぞ! 鍛冶の極意が!
早速この異能を試さなければ! 苦しい修行はもう要らない!!」
……異能?
ザインはそこで、違和感を覚えた。
異能なんてものは、あの鍛冶屋のクライアントは持っていなかったはずだ。
それなのに、異能を試す……? まさか、今この瞬間に授かったとでもいうのか?
「いやいや、技術職は努力の連続ですよ。異能を手に入れたとしても、引き続き修行はしてくださいね?」
「ははは!これからはタイパの時代だ! そんな無駄なこと、していられるかーっ!!」
「あちゃー……」
クライアントの言葉に、ザインは少女の方に共感した。
異能は素晴らしいものだが、それだけでどうにでもなるなんてことは――あるにはあるが、ないときもある。
「さぁさぁ、今日のところはここまでで! アリアさん、ありがとうございました!」
「あうあう、でも無理はしないでくださいね。最初のうちは、作る量を減らすとかして――」
「ははははは、そんなことしてる場合じゃないでしょう。まぁまぁ、今後の私に期待していてくださいよ!!」
……あの少女は、アリアという名前なのか。
ザインはそう思いながら、クライアントの方を見る。
今は嬉々として、鍛冶の準備をしているところだった。
アリアの方はと言えば……クライアントの様子を気にしながら、溜息をついて外に出るところだった。
少し気になる。ザインは、アリアを調べることにしてみた。
――と、思ったら。
アリアは外に出るなり、ぴょんぴょんと、屋根に飛び乗り、そのままどこかに消えていってしまった。
その光景に、ザインは驚愕した。いくら何でも……身軽すぎるだろう、と。
いや、もしかしたら何かの魔法なのかもしれない。……だから今は、アリアの正体を調べてみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは、この街の教会に行ってみた。
神職者なのであれば、ここで情報を得られるだろう。
「――アリアさん、ですか? そこまで珍しい名前でもありませんからね……」
「何でも良いので、確認してもらえませんか? 私は彼女に世話になったのに、名前しか分からないんですよ」
……もちろん、嘘である。
本当のことを言っても教えてくれないだけなので、ここは華麗に、見事なトークスキルで聞き出そうとしたのだ。
「せめて、所属とかが分かれば良いのですが……」
「残念ながら聞いていませんね……。つい先ほど、お会いしたのですが」
「……はぁ。今日、ですか?」
その反応に、ザインは好感触を得た。しかし、現実は非情である。
「この街にはアリアという者はおりませんし、今日は来る予定もありません。
休暇だったとしても、神職者の服装で出歩くこと自体がおかしいですし……」
「なるほど……。分かりました、ありがとうございます」
ザインは礼をしてから、教会を後にした。
そして、そこで思い当たる節が出てきた。もしかして、アリアは詐欺師なのでは……と。
詐欺師であるなら、それはもう御しやすい。
証拠を突き付けて脅すも良し、利害が一致するなら行動を共にするも良し。
正体不明な相手よりも、よっぽど扱いが分かりやすいのだ。
――教会の鐘が辺りに響いた。
そうか、時間はもう正午か。そろそろ昼食でも――……と思った矢先、白い身なりをした少女が目に入ってきた。
何という僥倖。ザインが探していた、アリアである。
「こんにちは!」
油断をすると、また逃げられてしまう。
ザインは自分のトークスキルを信じ、まずは話し掛けることにした。
「……あたしですか? こんにちは。
あなたもしつこいですねぇ」
そう言いながらアリアは、左手に持っていた紙袋から、魚型のお菓子を出して食べ始めた。
……というか、彼女の言う『しつこい』とは?
「えぇっと、会ったのは初めてだよね?」
「まぁ、そうですけど。でもさっき、鍛冶屋にいましたよね?」
「……バレてた?」
「それはもう。気配がダダ洩れでしたから」
……久しく聞いていなかった言葉。
少なくとも隠密行動をする情報屋稼業である。そこまでダダ洩れのはずは無いのだが……。
「う、うーん、なるほど? 君はずいぶんな実力があるようだね……」
「まぁまぁ? ぼちぼちですかね?」
アリアは手元のお菓子の、尻尾の部分を最後にペロリと食べ終わった。
引き続き、ふたつ目のお菓子を紙袋から取り出す。
「せっかくだし、あなたもおひとついかがですか?」
「え? ……ああ、そうだな。それじゃ、ありがたく」
「ここのお店、お昼にはすごく混むんですよ。だから、急いで買いに行ったんです♪」
その言葉に、ザインは親近感を覚えた。
尋常ではない身のこなしを見せたのは、何とお菓子を買うためだったとは……。
見た目にそぐわしい目的に、ザインは心を許してしまった。
「――お、甘いな。うん、確かに美味い!
……けど、何だか少し、水っぽいような?」
「おー、よく分かってらっしゃる!
その下剤の存在が分かるなんて、なかなかですよ!」
「ふふふ、まぁ仕事柄な! 毒なんていうのもひと通り――
……って、え? 下剤?」
「しかも即効性ですよ!!」
アリアの言葉に、ザインは腹部に違和感を覚えた。
「ぐぉっ!? ぬぐおおおっ!?」
ザインが腹部を抑えようとした瞬間、アリアはザインの背後にまわった。
そして片腕を取り、背中側で関節を極める。
「いててっ!? お腹と肘が、同時に痛い!!」
「ふふふ、あたしを追い掛けた罰ですよ~。
もう、絶対に追い掛けないでくださいね?」
ザインは激痛の中、考えた。
これに従えば、トイレには間に合うかもしれない。
これに従わなければ、尊厳的に死んでしまう。彼はもう、20歳を過ぎた大人なのだ。
……しかし一度でも従ってしまえば、情報屋としての矜持が死んでしまう――ような、そうでもないような。
「あああっ、いい話があるから! だから、その話はまた後で!!
出ちゃうよ!! 出ちゃうよーっ!!!!」
「えぇ……」
アリアはザインの言葉に、ついつい手を放してしまった。
彼女だって、ザインの下半身に巻き込まれて汚されたくはないのだ。
「――離してくれて、ありがとう! また後で!!」
そう言い残すと、ザインはアリアの前から猛スピードで走り去ってしまった。
アリアは面倒くさそうな顔をしたが、そのまま、また紙袋に手を伸ばして魚のお菓子を――
「……いや。先に手を洗っておこう……」
特に潔癖症ということも無かったが、何となく、そんなことを思ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――来たぞ!」
「来ないでくださいよ……」
アリアがカフェの屋外席で寛いでいると、ザインが再び現れた。
ザインは彼女の迷惑そうな顔を気にするでもなく、店員にコーヒーを注文する。
「しっかしお前、甘いものばっかり食べてるなぁ」
「いいじゃないですか、人の勝手です」
アリアは気にするでもなく、目の前のコーヒーゼリーを突いていた。
上にはクリームがたくさん乗っており、とてもボリューミーだ。
「――それで、何の用ですか?」
アリアは仕方なさそうに、ザインに話し掛けた。
彼女としても、逃げるのは面倒だし、相手をするのも疲れてしまうのだ。
「ずばり、お前は詐欺師だろう!」
「はぁ? あたしのこの服装――」
「ふふふ、教会で聞いてきたぞ! アリアという名前の神職者は、今この街にいるはずが無い!」
「……はぁ。まぁ、そういうことなら、はぁ」
アリアは引き続き、面倒くさそうにザインに返事をした。
「ふふふ、神職者を名乗るのは言語道断……!
ただまぁ、ひとつお願いを聞いてくれれば、通報などは止めてやろう」
「はぁ、それは助かります。騒がれると、いろいろ面倒ですから」
その答えに、ザインは満足した。
先ほどは下剤で不覚を取ったが、今は自分の方が有利な立場にいる。そう確信したのだ。
「今日の午前中に、鍛冶屋の旦那と話していただろ?
俺は情報屋をやっているんだが、あの旦那から依頼を受けていたんだよ」
「へぇ? あの人、鍛冶のことで悩んでましたけど……情報屋に、何の依頼を?」
「俺は情報だけじゃなくて、細かい仕事も受けているからな。
あの旦那からは。『お守り』が欲しいって言われていたんだ」
「お守り?」
「まぁ、心の拠り所になるなら何でも良いらしいんだけどな。
モノは準備したんだが、一応、神職者に祝福をもらおうと思っていたんだ。
効果なんて期待しちゃいないが、ストーリーがたくさんあるに越したことはないだろう?」
「はぁ」
「というわけで、お前が祝福してくれない?
あの旦那と面識があるなら、その方が喜ぶだろうし」
「道具に祝福をするのは、どうにも苦手なんですけど……」
「はっはっはっ、詐欺師が何を言ってるんだよ~」
「あと、あたしの名前を出されるのも苦手なんですけど……」
「はっはっはっ、お前は詐欺師だからな! それじゃ、その辺りは高名な神職者の名前を出しておくよ!」
「はぁ。こういう人は苦手だなぁ……」
「え?」
「おっと、すいません、心の声が」
「少しは誤魔化しな?」
「……まぁ、やるならやりますよ。あの鍛冶師さん、今まではコツコツ修行をしている人でしたからね。
できれば、道を外れて欲しくはありませんし」
「おお、そいつは助かる。で、用意したモノはこれなんだ」
ザインはアリアに、ひとつのお守りを渡した。
彫金で細かくデザインされており、それに革紐が付けられている。見た感じ、なかなかの逸品だ。
「あたし、やるなら真面目にやりますからね?」
「ほう、それでも大丈夫だぞ!」
「ではまず、嵌められている宝石を変えるので、代金50万ルーファをください」
「何ィ!?」
『ルーファ』というのはこの国の通貨単位だ。
ひとり暮らしなら20万ルーファ、家族持ちなら30万ルーファくらいの金額が、月に必要になる。
「まぁ、それくらいなら手持ちはあるが……」
「それじゃ、ちゃちゃっといじりますね」
そう言うと、アリアはどこからか出した宝石と彫金セットで、お守りをいじり始めた。
「どこから出したの!?」
ザインのツッコミに、アリアは何も返事をしなかった。
手際よく宝石を入れ替え、最後には真面目な表情で、静かに祈りを捧げていた。
……ただその詠唱は、ザインには聞いたことが無いものだった。
「はい、どうぞ。少しだけ無理が利くようにして、あとは扱いきれない力を弾くように、しましたよ」
「ほう?」
「得意なことはちょっと伸びて、危ないのは弾く……って感じですね」
「おお、いいな、それ! なるほど、そういう謳い文句もアリか……!」
「いやいや、本物ですから。あたしの知識を駆使して、頑張ったんですよ!?」
「ははは、お祈りなんて、知識を駆使するものじゃないだろう?
でも効果が、盛りすぎってくらい盛りすぎだから――その設定、使わせてもらうわ!」
「……はぁ。これ以上は付き合えません。なので、今回の手数料は要りませんから」
「おお! 助かるよ、親切な詐欺師さん!!」
「その代わり、胡散臭い情報屋さんとは、これっきりにしたいですね」
「胡散臭い、とは捨ておけねぇ。この前は凄腕の魔法使いから極秘の調査を依頼されたし、馬鹿にするんじゃないぞ――
……というわけで、俺も安心安全な情報屋と言われた男だ。ちゃんと結果は報告するからな!」
「え? だから、それは要らない――」
「逃げたら、どこまでも追い掛けて、報告するからな!」
「……はぁ。やっぱり、苦手な人だなぁ……」
「誉め言葉として受け取っておこう! それじゃ、高値で売ってくるぜー!!」
頭を抱えるアリアを余所に、ザインは機嫌よくカフェから走り去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――その後、同じカフェの同じ席にて。
「今までやってなかった工程を試そうとしたら、鍛冶場の炎が急に荒ぶって火傷したんだと……。
お守りのせいにされて、治療費500万ルーファも請求されたよ……」
「ああ、もうマイナスですね。鍛冶師さんも、無理しちゃったんでしょうね。あたしも注意しには行ったんですけど」
……さらに、後日。
「初めて氷属性を付与しようとしたら、両腕が凍傷になったんだと……。
お守りのせいにされて、治療費1000万ルーファも請求されたよ……」
「ああ、もう借金ですね。鍛冶師さんも、無理しちゃったんでしょうね。あたしも注意はしてるんですけどねぇ」
……さらに、後日。
「初めて雷属性を付与しようとしたら、両腕がシマシマの傷物になったんだと……。
お守りのせいにされて、治療費2000万ルーファも請求されたよ……」
「ああ、もう首ツリですね。鍛冶師さんも、無理しちゃったんでしょうね。あたしは悪くないですよ」
「――だから鍛冶屋はもう、廃業するんだとよ……。俺の評判もガタ落ち……。
だあああっ! こんなお守り、もういるかーっ!!」
「才能があっても、急にできるものと、できないものがありますからねぇ……。
あっ、そのお守り。捨てるなら100ルーファで買いますよ」
「売ったるわー!!」
「借金返済、頑張ってくださいねー」
「ふんがーっ!!」
ザインは100ルーファを受け取ると、ドシドシと足音を鳴らしながらカフェを去っていった。
その姿を、アリアはお守りごしに見送る。
「……はぁ。さすがにもう、会うことはないよね?」
アリアは追加でデザートを注文したあと、テーブルにもたれて、うなだれた。
「――効果は本物なんだけどな。
使う人に、よるからねぇ……」
お守りの宝石は、陽の光に照らされて静かに輝いていた。
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