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それは同時に、結葉の実家の隣にある、想の生家にもそのまま当てはまってしまうわけで。
「想ちゃん……私のせいで本当にごめんなさい」
結葉は、自分を匿うことになってしまったばっかりに、想に沢山負担をかけてしまっていると思っているに違いない。
結葉の性格を思えば引け目に感じるのは仕方ない事なのかもしれないが、それでもやっぱり〝私のせい〟という物言いが、想は気に入らなかった。
「こら、結葉。モールでした約束、もう忘れちまったのか?」
想はそんな結葉に、彼女の当面の着替えなどが入った袋をポンポンと叩いてみせる。
「こういうのは結葉、どういう買い方をしたんだっけ?」
わざと声のトーンを落として問えば、結葉が「……その、か、カード払いしたと思えって言われた」と小さく返す。
「そういうこと!」
そこでニッと結葉に笑って見せると、
「必要だと思ったら俺、結葉にちゃんと請求するっちゅったよな? まぁ布団に関しては俺も客用のがひとつ欲しいと思ってたから別件だけど……変に気ぃ遣うなよ。――正直そう言うんはやりづらくて叶わねぇ」
それは、想の本心からの言葉だった。
***
布団はすぐに必要だったから、近所の少し大きめなショッピングセンターに買いに行くことにした。
さすがに今からまた市外の、は時間的に厳しいと判断してのことだったけれど、そうなると問題は――。
「結葉。ひとりで留守番するか? それとも……」
――俺と一緒に来るか?
そう言外に含ませたら、結葉が泣きそうな顔で瞳を揺らせて。
「……すぐに……帰ってきて、くれる?」
不安に揺れる瞳で想を見上げてきた。
想は結葉のその表情にグッと胸が詰まってしまう。
(クソッ。どうにかなんねぇかな)
そこまで考えて、リビングにあるDVDデッキに表示されたデジタル時計を見て。
(十八時半か……。ならきっと大丈夫だよな)
そう思った想は、スマートフォンを取り出して、連絡先リストの中から『よく使う項目』を開いた。
***
丁度電車から降りたところで着信を知らせてきたスマートフォンに、芹は小さく吐息を落とした。
「お兄ちゃん……」
サイレントモードにしてあったから着信音こそ鳴らなかったけれど、ブーッ、ブーッと一定のリズムで振動を伝えてくるバイブ音に、しつこいぞー!とか思ってしまう。
大抵家に帰ればまだ仕事中の兄と出会うことの多い芹だったけれど、日によっては現場からアパートに直帰してしまう兄とはすれ違う日もある。
その兄が、自分の帰宅時刻を見計らったみたいに連絡してきたことに、何となく嫌な予感を覚えた芹だ。
五つ歳の離れた兄の想とは、別に不仲なわけではない。
いや、むしろ仲の良い兄妹だと思う。
思うのだけれど――。
仕事を終えて、「疲れたぁ〜」としょぼしょぼする目をこすりながら家を目指している時ぐらい、平穏に過ごさせて?と思ってしまう。
芹は大学を卒業してずっと、電車で三駅行った先の、オフィス用品通販の大手有名企業『アスキチャウ』で営業アシスタントをしている。
『アスキチャウ』、ほとんどの会社のオフィスに、カタログが置いてあるんじゃないかしら?と思うくらいのやり手企業だ。
芹はそこで、売上データの入力や、受発注書類の作成、営業社員が作った企画書の修正や、チラシやポスターなどといった販促ツールを制作する制作会社やウェブサイトを更新する制作会社との事務的なやりとりをすることを主な業務内容として働いている。
基本的にパソコンの画面を眺めていることが多い仕事のため、結構目が疲れるのだけれど、残業が月に五時間以内と、ほぼ定時で帰れるのがいい。
そうして何より、人間関係が円滑なのが魅力で、長く勤められる会社だなと思っている。
もちろん、実家の家業である『山波建設』での就職も考えなかったわけではないけれど、それだと何だか生活にメリハリがなくなる気がして嫌だったのだ。
大学卒業を機にアパートを引き払って実家に戻った事もあって、通勤時間なしはちょっとなぁ〜とか思ってしまった芹だ。
(パパやお兄ちゃんと四六時中顔を付き合わせてるのも何だかなぁって思っちゃったし)
そんなわけで、父親にはとってもとっても寂しがられてしまったけれど、芹は外部に働きに出ている、ごくごく一般的なOLさんなのだ。
***
兄からの着信。
電車を降りたばかりだったし、「ごめんね。音を消してたから気付かなかったの♡」な体でやり過ごしちゃおうかな?としばらく画面を見つめていた芹だったけれど。
一度切れたと思ったら再度掛かり直すと言う徹底ぶりに、盛大に吐息を落として諦めたように通話ボタンを押した。
「――もしもし?」
『おお、芹。仕事終わったか?』
定型句のように問われて躊躇いがちに「……うん」と答えたら、『お疲れさん』と優しく労われた。
(我が兄ながら、癒し系のいい声してるじゃない)
なんて思いながら、ショートボブの髪の毛を耳に掛けて、音がもっとクリアに聴こえるようにしてみたり。
兄の想は、見た目は怖いけれど声だけ聞いたらめちゃくちゃ優しそうなイケボなのだ。
(まぁ、中身も相当優しいんだけどね)
あの怖い目つきのせいで損をしているけれど、幼い頃からかなり甘えさせてもらってきた芹だ。
想の三白眼は両親にはない特徴で、どうやら父方の祖父からの隔世遺伝らしい。
自分にその遺伝がこなくてよかった!と、芹は母譲りのクリクリの大きな目に感謝しつつ日々を過ごしているのだけれど。
(これで結葉ちゃんみたいにくっきり二重だったらもっと良かったのになぁ)
芹は一重ではないけれど奥二重。
二歳年上の〝お隣の結葉ちゃん〟は、黒目がちな大きな目に、くっきり二重で、同性の芹から見ても相当な美人さんだ。
(結葉ちゃん、てっきりお兄ちゃんとくっつくと思ってたんだけどなぁ〜)
幼い頃から、どう見ても相思相愛に見えた二人なのに、何故か結葉は芹がちょっと一人暮らしを満喫している間に別の男性と結婚してしまった。
(兄よ、何をやっていた!)
と心の中で密かに毒づいたのは内緒。
(まぁ結葉ちゃん、玉の輿に乗って、高級タワマン住まいで幸せに暮らしてるみたいだし、お兄ちゃんと結婚するよりは良かった……の、かな?)
兄だって、トータル的に見れば結構優良物件だと思っている芹だったけれど、そうでも思わないと何だか妹としてやっていられないな、とも感じるわけで。
(お兄ちゃん、良い人いないのかなぁ)
あれは相当〝初恋〟を拗らせている、と芹は分析している。
(良い加減、気持ち切り替えんと、あたしの方が先に結婚しちゃうぞ)
学生の頃付き合っていた彼氏とは残念ながら相手の浮気で破局してしまったけれど、今の職場で出会った営業職の男性と、かれこれ一年ちょっと。ラブラブな関係を築いている芹だ。
社内恋愛禁止の職場じゃないから、営業職の彼をサポートしながら、愛を育んできた。
会社で毎日のように顔を合わせている二人だけど、そろそろ結婚もありかな?と……そんな話が出ている。
(お兄ちゃんのことがなければ結構早めに話進めちゃうんだけどなぁ)
一応下の子として、上の子より先に……はどうなのかな?とか思っていたりする芹だ。
きっと想に話したら「気にせず行け」って言ってくれるんだろうけれども。