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もーーーーー、駆け落ちでもしてやる覚悟の吉田さんもずっと好きだった佐野さんも報われなくて泣きそう、喉痛いのに泣いたし泣きそうじゃなくて泣いたし!! 報われてほしすぎるんだけどもうなに!!!続きとかないですか!!
──バタン。
無機質に扉が閉まる音が、重く響く。
閉まっていく扉を、俺は立ち尽くしてリビングから見つめることしか出来なかった。
あの背中を、引き止めることも。
もうあれから何日経ったのだろうか。時計もスマホもカレンダーも、ろくに見ていない。
目が覚めては、あの温もりを、あの声を、顔を、背中を、思い出して涙を流す日々。
カーテンも閉め切ったままで、今が昼なのか夜なのかも分からない。
空腹感を覚えてキッチンへ向かうと、覚えのない調理器具が綺麗に整頓されていた。どこに何があるのか分からない。
まるで、他人の家のようだった。
自分の家なはずなのに、どこを見渡しても見慣れない。寝室もリビングも洗面所も、すっからかんだ。
あぁ、この全てには、“あいつ”が在ったんだ。
部屋のど真ん中で、へなへなと崩れ落ちる。
あいつが俺の全てだった。
あいつがいない俺は、空っぽで何も無い。
「仁人…」
馬鹿みたいに呟いてみる。
返ってくることのない返事に、笑いさえ込み上げてくる。
その時、ピンポーン、とインターホンが来客を告げた。
まさか。そう思わずにはいられないタイミングに、急いで玄関に向かい勢いよく扉を開けた。
「っわ、びっくりした〜…」
「…お前、かよ…」
客の正体はもちろん仁人、ではなく太智だった。
「はいはい吉田さんじゃなくてすみませんね」
「まじで帰れ」
「ひど!連絡つかんくて心配で来てあげたのに」
「頼んでねぇ」
残念ながら今の俺はこいつを相手に出来るメンタルを持ち合わせていない。
申し訳ないが帰ってもらおうと扉を閉めようとすると、隙間に足を入れられてそれを阻まれた。
「仁人のことで、話さなあかんことあるから」
そう言う太智の目は珍しく真剣で。
これは嘘ではないな、と思い家の中に入れることにした。
「…ごめん、散らかってるけど」
「ほんま、これ見たら仁人怒るやろうな〜」
来客用のコップを探している時、ペアで買ったマグカップが2つ並んであるのが目に入ってまた少し泣きそうになったが、何とか堪えて太智にお茶を出す。
「で、仁人の話って」
太智は一口お茶を飲んでから、さっきの真剣な眼差しでゆっくりと口を開いた。
「単刀直入に言うとね、仁人は勇斗のことめちゃくちゃ好きやよ」
「…だったら別れてねぇよ」
「仁人がなんて言ってたかよく思い出してよ」
こいつは鬼か。何でこんなに俺の傷を深く抉ってくるんだ。
「…好きな人がいる、って、言われた」
「それ、誰のことやと思う?」
「知るかよそんなの」
「勇斗のことだよ」
心臓が大きく跳ねた。
は?じゃあなんで、なんで俺らは別れたんだよ。
そんな俺の気持ちを汲み取ったように、太智は続ける。
「止めて欲しかったんよ、仁人は」
「は?」
「仁人、親が決めた相手と結婚するって」
「仁人は、勇斗となら駆け落ちでもなんでもするって、そう言ってた」
「だからその結婚の話もずっと反対してた」
「でもやっぱり止められんくて、勇斗に別れようって言ったんよ」
「勇斗なら引き止めてくれるって思ってたって、泣きながら言われた」
初めて知る仁人の気持ちに、唖然とする。
「こっからは俺の気持ちやけどさ」
「勇斗なら気づくと思ってたよ、仁人の気持ち」
「仁人はそういうの隠すん上手いけど、唯一気づけるのは勇斗やって思ってた」
太智はしっかりと俺の目を見つめながらそう話した。
その目を見て、俺は気づけば立ち上がって玄関へ向かっていた。
「ごめん、俺…ちょっと行ってくる」
太智の返事を聞かずに、俺は家を飛び出した。
「もう、遅いよ…勇斗」
仁人が今どこにいるかなんて、さっぱり分からない。
久しぶりに浴びた太陽の下、人通りの多い街を走り回った。
ただ一人、仁人の姿だけを探して。
仁人が好きだった店をいくつも回った。真上にあった太陽はそろそろ沈みかけている。
赤信号で思わぬ足止めをくらって、色が変わるその時を今か今かと待ちわびる。どうしても今日、今日じゃないといけない、何を根拠にかそう思っていたのだ。
ようやく信号が青に変わり、前を向いて走り出す。
が、その足はすぐに止まった。
ほんの何メートルか先に、仁人がいたからだ。
前から歩いてくる。
隣の美人な女の子と腕を組みながら。
それを見て俺は、横断歩道の真ん中で立ちすくむ。
仁人と視線が交わった、その瞬間
パッと逸らされ、その視線は彼女へと向けられた。
目の前で、2人が笑い合う。
そのまま、知らない他人のように横を通り過ぎていく。
振り向いて見たその背中は、あの日と同じ背中だった。
点滅する青色に気づき、早足で信号を渡りきる。
スマホを開いて日付を確認すると、もう12月。
俺が思っていたよりもだいぶ時が経っていた。
あぁ、そりゃあこんな薄着じゃ寒いわけだ。
ずっと走っていたから気づかなかった。
肌寒い気温に少しずつ冷静になっていく頭。
間に合わなかった自分が惨めで、悔しくて、腹が立って。涙を堪えながら帰路に着いた。
家に帰ると、太智はもういなくて。
代わりに、青い付箋が貼られた白い封筒が1枚、テーブルに置いてあった。
『行くか行かないか、ちゃんと考えて決めて』
付箋にはそれだけ書いてあった。
意を決して、白い封筒を開けて中を見る。
それは、仁人の結婚式の招待状だった。
太智に『ありがとう』とLINEを送ってから、俺はボールペンを握った。
慣れないスーツを身に纏い、待ち合わせ場所で太智を待つ。
「…勇斗、」
「太智」
「今日…ほんまに大丈夫?」
「…うん。もう、決めたから」
「そう。じゃ、行こか」
会場に着いて、受付を済ませて、式が始まる。
そこからはあっという間で、気づけば皆ドリンクを片手にわいわい談笑し始めていた。
「今仁人1人だよ、話してきたら」
太智にそう言われ、ふう、と深呼吸をする。
「行ってくるわ」
「がんばれ」
太智に見守られながら、仁人の元へと向かった。
「…仁人」
恐る恐る声をかけると、仁人が振り返って目が合った。
驚いたように見開いて、一度逸らして、またこちらを見たその目は心なしか潤んでいるようにも見える。
「…元気にしてた?」
「ううん、全然」
「そう。…俺も」
「…俺のせい?」
仁人は気まずそうに目を逸らす。
「…好きだったよ、勇斗」
「俺は好きだよ、今でも」
「もう、遅いよ」
「…だよな」
何かを堪えるように唇を結んだあと、パッと顔を上げて仁人は口を開いた。
「勇斗も幸せになってね」
「…おう。」
「結婚…おめでとう、仁人」
「…ありがとう」
じゃ、と友達の方に向かう仁人の背中を見送る。
ようやく言えた、おめでとうの言葉。
いつか俺は、お前じゃない誰かと幸せになることがあるのだろうか。
今はまだ考えられないから、しばらくはまだ、好きでいさせてほしい。
誰よりも、お幸せに。