「あ、そっちなんだ」
「はい」
つるつるのトンネルから外の小川に出た一行は、ランプの進んだ上流に向けて並んで泳いで行った。
「そういや上流には殆(ほとん)ど来た事が無かったな、ティガはどうだ?」
「んー俺も同じだな、と言うか『美しヶ池』から外に行く必要ないからな、他のヤツラも同じじゃないかい? 女房や子供たちも可愛いし」
かつて旅人だと自分を呼んだ男はどこかに消えてしまったらしい。
自分の後ろを泳ぎながら交わされる会話に苦笑いを浮かべた後、ナッキは前を泳ぐランプに声を掛ける。
「森の沼って遠いのかい?」
ランプは前を向いたままで答える。
「この速度でしたら直ぐですよ、皆さんお速いですからね」
「僕ら三匹は泳ぐの得意だからね、そっか思ったより近いんなら良かったよ、ってかっ! むむむぅっ!」
突然唸り声を上げたナッキに背後からヒットが言う。
「お、おいっ! 急に止まってどうしたんだよナッキィ! 危うくぶつかる所だったぞ!」
「あたた、相変わらず硬い鱗だな…… なあ、ヒット、俺の頭どうなってる? 血とか出てないかな?」
突然急停止したナッキに、ヒットはぎりぎり追突を避けて非難の声を上げ、一方のティガは、ナッキのゴツゴツとした鱗に頭から突っ込んでしまったらしく出血の有無を気にしている。
ナッキは二匹を振り返る事無く呟きを漏らす。
「な、なんだコレ、この先には一体何が……」
「ん? どうしたんだナッキ、この先? って! 何だこの嫌な感じはぁっ!」
「おいおいナッキの王様もヒットも固まってんじゃねえよぉ、なんだって言うんだい? どれどれぇ? うわっ! 何だよこいつは…… ここから先は入って行っちゃあいけないぜ! 俺の本能が駄目だって叫んでやがるからよっ! あれだ、旅人の勘って奴だ!」
どうやら旅人は消え去ってはいなかったらしい、辛うじて存在してるみたいだ。
「う、うん、判ってる……」
ナッキの目の前にはここまでと同様に、小川が上流に向けて伸び続けていた。
景色そのものは何の変哲も無かったのだが、ナッキは見えない壁のような圧迫を感じて泳ぎを留めたのだ。
そうしてじっくりと見れば見るほど何も無い空間から感じられる物が、強烈な敵意や明確な殺意、激烈な憎悪の様な想念として噴出している事が確信できたのであった。
どうやらヒットとティガも同じ様に感じているようだ。
――――この先に化け物でもいるのだろうか……
ブルっと身を振るわせたナッキに対して、横手の草むらの奥から声が掛かる、ランプの物だ。
「そちらではありませんよ、皆さん沼はこの草の向こうです、草を潰して頂いても構いませんが、出来れば飛び越えて頂けると助かります」
「あ、そっちなの? 良かったよ、ほっ…… それで沼までの距離はどれ位だい?」
「私二匹分位ですね」
「了解、じゃ、僕から行くね、それっ!」
「おいナッキ、待てよっ!」
「お先にぃ!」
さっさと草むらの向こうへ飛んで行ったナッキに続いてティガにまで先行を許したヒットであったが、綺麗な放物線を描いて草を飛び越え、その先に有った沼へと着水を果たしたのである。
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