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都内のスタジオに向かうまでの、わずかな空白。
少しだけ一人になりたくて、スタッフの車を断り、キャップを深く被って原宿の裏通りを歩いていた。
向こうからやってくるのは、制服姿の集団。修学旅行生か。
「懐かしいな……」
ふと、若井と過ごした学生時代を思い出す。若井と仲良くなったのは、修学旅行だったな。
すれ違いざま、集団の最後尾を歩く一人の女の子が目に留まった。
耳にはノイズキャンセリングイヤホン。周りの喧騒から自分を守るように、少し肩を窄めて歩いている。その表情はどこか危うくて、それでいて凛とした強さも感じられた。
目が合った瞬間、彼女の瞳の奥に小さな光が灯るのが見えた。
(……僕のこと、気づいたかな)
そんな予感を背中で感じながら通り過ぎて数分。後ろから、一生懸命にアスファルトを叩く足音が聞こえてきた。
「あの……すみません……っ!」
振り返ると、さっきの女の子が肩を揺らして立っていた。
息を切らしながらも、彼女が語り始めた言葉は、単なる「ファンです」という熱量を超えていた。
自分の感覚過敏のこと。僕らの音楽が、彼女にとってのシェルターになっていること。そして——。
「いつか、皆さんを支える側のお仕事に就きたいんです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がチリっとした。
ただの憧れじゃない。彼女は、自分の弱さを知っているからこそ、誰かを守りたいと願っている。その瞳の真っ直ぐさは、かつて音楽だけを信じて突き進んでいた頃の自分を見ているようだった。
「……レコーディング、見に来る?」
自分でも驚くほど自然に、その言葉がこぼれた。
普通ならあり得ない。初対面の、しかも学生を仕事現場に招くなんて。
でも、彼女の持つ「繊細さ」という才能が、プロの現場でどう昇華されるのかを見てみたくなった。あるいは、僕自身が彼女のその純粋な眼差しに、何かを求めてしまったのかもしれない。
一目惚れ……なんて言ったら、若井に笑われるかな。
でも、理屈じゃないんだ。
彼女が先生と電話で交渉し、パッと顔を輝かせて「許可が出ました!」と言った時、確信した。
今日、この子をここに呼んだのは、僕たちにとっても必要なことだったんだと。
「よし。じゃあ、行こうか。未来のスタッフさん」
隣を歩く彼女の歩幅に、僕は少しだけ自分のペースを合わせた。
スタジオでは、涼ちゃんと若井が驚くだろう。でも、あいつらならきっと、この「運命的な出会い」を面白がってくれるはずだ。
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