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「相棒は持たない──だったはずの俺に変化を与えた女」
単独で動くのが俺の主義だ。
誰にも背中を預けないし、誰にも預けさせない。
それが生き残るために最も合理的だと、長い戦場生活で理解していた。
だから、
“相棒”なんて言葉は俺には関係ない。
はずだった。
その女に出会うまでは。
◆砂漠の国境地帯──偶然の遭遇
任務は単純だった。
国境近くの村から、武装勢力に関する情報を拾うだけの偵察任務。
日が落ちて、砂漠の気温が急激に下がった頃。
俺は村の外れにあるボロい倉庫で、一人の女と鉢合わせた。
ショートカットの金髪に、浅い青の瞳。
若い─22歳くらいか。
医療バッグを背負って、ボロいM4を抱えている。
そして、俺を見ると、彼女は驚くほど自然体で言い放った。
「Hi. You friendly?」
俺は眉をひそめた。
「敵なら無言で撃ってる」
「Good answer. I like it.」
この軽さ。
この余裕。
戦場でこんな態度を取れる奴は、普通じゃない。
◆ 若い傭兵エミリー
名前は エミリー・ローガン
22歳。アメリカ出身。
元医大生で、研修医までやっていたらしい。
だが、理由あって兵士ではなく“傭兵”の道を選んだという。
「医者は…向いてなかったの。
救えない命を目の前で祈りながら待つのが辛かった。
なら、救える手段を自分で探したほうがいいと思って
ここに来た。」
普通なら綺麗事に聞こえる。
だが彼女の目は嘘を言ってなかった。
それに──
敵の血を浴びたまま、冷静に傷病者の処置をしていたのを俺は見ている。
医者としての腕は本物だ。
◆ 共闘─予定外の戦闘
村を抜けようとしたとき、武装勢力が数名接近してきた。
俺のM16A4が唸り、
エミリーのM4が横で吠える。
意外だったのは、
エミリーの射撃が驚くほど正確だったこと。
彼女は戦闘初心者じゃない。
少なくとも“撃つことに躊躇はない”。
敵が一人、俺の死角へ回り込んだとき─
パンッ!
エミリーの一発が、俺の横を抜けて敵の肩を貫いた。
「Look behind you, Hina!」
「助かった」
エミリーは笑った。
「That’s what partners do.」
俺は眉をしかめた。
「俺には相棒はいねぇよ」
「Oh, I see.
でも、私には“仲間”は必要。」
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
◆ 命を救われる夜
その夜、俺たちは廃屋で休憩した。
だが、夜半に敵の巡回部隊と鉢合わせになり、銃撃戦になった。
返り討ちにしたが──
俺は肩を撃たれた。
軽傷だが、弾が筋をかすって出血が多い。
座り込んだ俺の前にエミリーが膝をつき、
何の迷いもなく応急処置を始めた。
「止血する。痛いかも。耐えて」
「やれ」
エミリーは手際よく包帯を巻き、
薬品を塗り、
確実に出血を止めていく。
医者だった時代の“本気”が垣間見えた。
息を吐きながら、俺は言った。
「なんで傭兵なんかやってんだお前。
医者として充分やってけただろ」
エミリーは手を止めずに答えた。
「医者は命を救える。
でも、助けに行く“力”はない。
私はその力が欲しかったの。」
彼女は続けた。
「陽菜、あなたは強い。
でも、誰かが傷ついたら?
あなたは治せる?」
俺は沈黙した。
治せない。
俺は“壊すこと”のスペシャリストだ。
その夜、初めて俺は思った。
この女が隣にいる価値は、戦闘力だけじゃねぇ。
◆ 相棒にするか迷う理由
任務完了後、二人で夕陽の砂漠を歩いた。
エミリーは言う。
「私は単独でも動ける。でも
あなたとなら生存率は確実に上がる。
それに…あなたの生き方、嫌いじゃない。」
俺は歩きながら答えた。
「俺は…相棒を作る気はない。
背中を預けた瞬間に、その相手が死ぬのを見たことがある。
あんな思い、二度とごめんだ。」
エミリーは頷いた。
「だから迷ってるの?
私と組むこと。」
「あぁ」
「私は死なないよ。
医者として、兵士として…
生き残る訓練をずっとしてきたから。」
エミリーの声は軽い。
でも、信用したくなる重みがあった。
俺は砂を踏みしめながら思った。
相棒はいらない。
誰も守りたくない。
誰にも守られたくない。
けど。
“隣にいる価値がある奴”に出会っちまった。
その矛盾が、胸の奥で静かに疼いていた。
◆ 答えは出ないまま
基地に戻る前、
エミリーは俺の肩を軽く叩いた。
「また一緒に仕事しよう。
相棒じゃなくていい。
“仲間”でいいから。」
俺は小さくうなずいた。
「考えとく」
その言葉に、
エミリーは満足げに笑った。
その夜、俺は珍しく眠れなかった。
相棒はいらない。
だが─彼女を拒む理由もない。
戦場で初めて、
“迷い”というものを味わった気がした。
「二度、命を預けた女」
俺は単独で動く傭兵だ。
背中を預ける相手はいらない。
それが信条であり、生き残りの鉄則だった。
だが──
その信条は、ある女によって揺らぎ始めていた。
22歳のアメリカ人、元医者の傭兵、エミリー・ローガン。
軽口を叩きながらも、医師としての技術も、兵士としての技量も本物。
そして、
“俺の命を二度救う”女。
◆ 国境地帯の密輸拠点─運命の始まり
任務は、武装勢力の物資ルートを調査すること。
例によって単独任務だ。
薄暗い泥壁の村に潜入した夜、
俺は物資倉庫を漁っている若い金髪の女と目が合った。
エミリーだ。
「また会ったね、Hina。」
「てめぇ、なんでここにいる」
「“ついで”に医薬品を探してるの。必要な人がいるから」
こいつは戦場に来るタイプの医者じゃない。
戦場に“行く”医者だ。
その時はまだ、
俺が彼女に助けられる未来なんて想像してなかった。
◆ 第一次救命
右腕を守った一秒
敵の増援が想定より多く、俺たちは村外れの廃小屋に追い込まれた。
遮蔽物は破損した机だけ。
身を隠すには心許ない。
俺はM16A4を構え、狙撃ポイントを探した。
その瞬間──
銃声が響き、俺の右肩のすぐ横を弾丸が掠めた。
皮膚が裂け、血が滲む。
「ッ──!」
エミリーは咄嗟に俺を引き倒し、
倒れた机の裏へ滑り込ませた。
「Don’t move! 止血する!」
「ちょ、てめ…今撃たれてんのは俺だろ…!」
「だから治すのよ!黙って!」
包帯を固定し、止血剤を注入し、
あっという間に出血を抑えた。
医者時代の手際のよさ。
そして敵の射線を把握しながら作業している冷静さ。
その一秒の差が命取りになる場面だった。
エミリーがいなければ、
俺の右腕は二度と銃を撃てなかったかもしれない。
彼女は小屋の隙間から敵を見ながら言った。
「動ける? Hina」
「問題ねぇ。行くぞ」
その後は二人で反撃し、小屋を突破した。
これが、一度目。
-◆ 第二次救命─心臓を貫く一発を止めた女
任務後、俺たちは別行動を取った。
気まぐれな共闘はそれきりかと思っていた。
数日後、国境近くの廃索道での偵察任務中。
俺はいつものように単独で動いていた。
だが、敵のスナイパーの位置を読み違えた。
乾いた一発が鳴り、
胸部プレートの中央に衝撃が走った。
「ッぐ……!」
胸が圧縮されたような痛み。
視界が白く弾け、呼吸が止まる。
やられた─
そう思った瞬間だった。
砂漠の岩陰から飛び出した影が、俺を抱きかかえて斜面へ転がり込んだ。
エミリーだ。
「HINA! Stay with me!!」
彼女の手は震えていない。
呼吸も乱れていない。
ただ俺の胸を指で叩きながら確認する。
「貫通してない!
プレートが割れかけてるけど、間に合った!」
俺は苦しくて声が出なかった。
だが理解した。
エミリーがいなければ、あのスナイパーの弾は俺の心臓を砕いていた。
なぜここにいるのかと聞こうとしたが、
喉が震えて声にならない。
「あなたが単独行動好きなの知ってる。
でも…嫌な予感がしたのよ。
だから追ってきた」
エミリーは胸のプレートを確認し、
崩れ落ちるように俺にしがみついた。
「死なないでよ、Hina。
あなたほど無茶ばっかりする人、他にいないんだから」
胸の奥が妙に熱く痛んだ。
心臓を撃たれたせいだけじゃない。
命を預けられる相手なんていない。
そう思っていたのに──
二度救われた。
それが事実だった。
◆ 孤独という鎧の亀裂
応急処置を終え、風が止んだ斜面で夕日を見ながら休憩した。
沈黙に耐えられず、俺は口を開いた。
「なんで、俺を助けに来た」
エミリーは砂を弄びながら言った。
「助けたいから。
理由なんていらない。
あなたも、そうでしょ?」
問い返された形になり、俺は言葉を失った。
エミリーは続けた。
「私は医者。
人を救うために生きてる。
銃を持ったのは、救いたい相手に近づくため」
そして、ふっと笑う。
「あなたは強い。
でも強い人ほど、壊れるときは一瞬なのよ。
だから…見ていられないの」
胸の奥で何かが静かに崩れた。
俺はずっと、一人で生きるしかないと思っていた。
誰かを失うのが怖いから。
誰かに頼るのが嫌だから。
でも──
“二度命を救われた相手”という現実は、否応なく俺の心に爪痕を残していた。
俺は言った。
「借りを作りすぎた。
お前には」
エミリーは肩をすくめた。
「いいのよ。
その代わり、いつか“返して”」
「どうやって返すんだよ」
「さぁ? 一緒に考えていこうよ」
その言葉に、俺は口を閉ざした。
俺は相棒はいらない主義だ。
背中を預けない。
守らないし、守られない。
だが。
二度命を救ってきた女に、
“背中を預けてみる”ことがそんなに悪いことなのか?
初めて、そんな疑問が頭に浮かんだ。
◆ 迷い始めた傭兵
夜になり、基地へ戻る道を歩きながら、エミリーは小さくつぶやいた。
「あなたの命、二回も預かったんだから。
三回目も助けられるように、ちゃんと側にいてよ、Hina」
俺はため息をつきながらも、否定しきれなかった。
「考えとく」
エミリーが嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て、俺はようやく悟った。
この女は、俺の孤独を壊しに来る。
そして─拒みきれない。
戦場で出会った女が、
俺の生き方を変えようとしていることに気づくのには、
その夜は十分すぎるほどだった。
「エミリーの影を知った夜」
エミリーという女は──いつも明るい。
戦場だろうが銃弾が飛び交おうが、
「大丈夫、大丈夫」と笑って見せる。
だが俺は、職業柄わかる。
あの明るさには“嘘”が混じっている。
医者だった過去。
傭兵に転向した理由。
そして、妙に死を恐れない行動。
それらがずっと引っかかっていた。
そんな俺の疑念が、
ある夜─答えを見せた。
◆ 戦場の夜、静かな負傷者
任務帰り、俺とエミリーは国境の前哨基地に泊まることになった。
夜。
雨が降り始め、基地は湿った鉄の匂いに包まれていた。
エミリーは医療テントで負傷兵の手当てを任されていた。
現地の兵士たちは彼女を信頼している。
医者としての腕は疑う余地がない。
だが、ふとした瞬間─
ひとりの負傷兵の姿を見たエミリーの顔から笑顔が消えた。
その兵士は胸を押さえて苦しんでいた。
銃撃戦で胸部を撃たれた
らしい。
エミリーは硬直した。
それは、見たことのない“恐怖の表情”だった。
「おい、どうした」
俺が声をかけると、エミリーはかすかに震えていた。
「…似てるの。
昔、私が救えなかった人に」
その一言で、
俺は胸の奥がざわつくのを感じた。
◆ 喪失の記憶─「患者ゼロ」
応急処置が終わった深夜。
雨音を聞きながら、俺たちは医療テントの外に出た。
ランタンの灯りがぼんやりと砂を照らす。
エミリーは珍しく黙ったままだった。
やがて意を決したように口を開いた。
「医者だった頃、救えなかった女の子がいたの」
俺は黙って聞いた。
エミリーの声は、今まで聞いたことがないほど弱々しかった。
「その子は、たった十二歳だった。
戦いに巻き込まれて、胸を撃たれて…
私の腕の中で、呼吸が弱くなっていったの」
エミリーの視線は雨の向こうを見つめている。
「止血も、心臓マッサージも、全部やった。
でも…助けられなかった」
俺は拳を握った。
医者でも救えない命があることは、理解してる。
だが、
エミリーがそれを“許せなかった”ということだけはわかった。
「私は医者で、
でも…その子を守る力がなかった。
その瞬間、医者としての自信が全部崩れたの」
エミリーは膝を抱えた。
「だから傭兵になった。
人を救うために、まず自分が強くならなきゃって。
銃を持てば……あの子を救えた未来があったかもしれない。
そう思うようになった」
俺は眉をひそめた。
「後悔してるのか、医者やめたこと」
エミリーは首を振る。
「後悔してない。
ただ─忘れられないだけ」
夜の雨が、地面を叩いていた。
エミリーのその声を聞いて、
俺の胸が少しだけ痛んだ。
こいつはいつも明るく笑う。
だが、その明るさは
“死を救えなかった後悔”を隠すための仮面だったのだ。
◆ 陽菜の怒り─「お前のせいじゃねぇ」
エミリーは続けた。
「私は医者失格だったの。
だから銃を持った。
でも…あなたを見てると、また怖くなる。
大事な人が死ぬのは嫌なの」
その言葉に、俺は無意識に拳を固く握った。
胸が熱くなる。
「ふざけんな」
エミリーが顔を上げる。
俺は彼女を睨んだ。
「救えなかったのは─お前のせいじゃねぇ。
戦場が悪いんだよ。
あのクソみたいな状況が悪い。
お前は逃げなかった。最後まで戦った。
それで十分だよ」
エミリーの目が揺れた。
「でも…私がもっと強かったら」
「は?、強けりゃ何でも救えるのかよ?
俺だって誰も救えねぇ時はある。
でも、それで止まったら終わりなんだよ」
俺はため息を吐いて続けた。
「お前は医者の腕も、兵士の腕もある。
そんな奴、戦場でそうそういねぇよ。
少なくとも、俺は認めてる」
エミリーは驚いたように目を見開いた。
そして
静かに涙をこぼした。
「ありがとう、Hina」
その涙は、
あの明るさの奥にあった痛みが溶け出したように見えた。
◆ 雨が止んだ夜─ふたりの距離
雨が止み、基地は静かな闇に包まれた。
エミリーは俺の隣に座り、
肩に軽く頭を預けてきた。
「あなたには…全部見透かされてる気がする」
「お前がわかりやすいだけだ」
「ひどい」
弱く笑う声。
その笑顔は、いつもの作った明るさじゃなくて、
少しだけ、本気の笑顔に見えた。
エミリーは空を見上げてつぶやいた。
「ねぇ、Hina。
あなたが死にかけた時──怖かったよ。
二度もあなたを失いかけたから。
また同じ思いをしたくない」
俺は
一瞬だけ迷ったが、
ゆっくりと言った。
「俺もだ。
お前が死ぬのは…見たくねぇな」
エミリーは目を丸くして、
次の瞬間、ほんの少しだけ頬を染めた。
「そう言ってくれるとは思わなかった」
「うるせぇ。言わせんな」
「ふふっ…ありがとう、Hina」
その夜、
二人の間に静かで、確かな“絆”が生まれた気がした。
エミリーの過去を知っても─
俺の中の評価は変わらない。
むしろ、強くなった。
こいつは背中を預けられる。
そして─守りたいと思える。
そう思ってしまった自分に、
俺は気づいてしまった。
◆ これからも共に─
エミリーは立ち上がり、笑顔で手を差し出した。
「Hina。
これからも…隣にいていい?」
俺はその手を見て、少しだけ悩んだ。
だが結局、迷う理由はなかった。
「ちっ…勝手にしろよ」
エミリーは嬉しそうに笑った。
雨上がりの空の下、
俺たちは歩き出した。
孤独に生きると決めていた俺が、初めて“隣に誰かがいてもいい”と思えた夜だった。
「相棒にならない理由」
――戦場で二度命を救われた。
――互いの過去も知った。
――信頼も、絆も、十分に積み重ねた。
それでも“相棒”になれない理由がある。
そんな結末に辿り着くとは、夢にも思わなかった。
◆ 決断の日──ふたりで挑む最後の任務
任務は、敵勢力の指揮所を破壊する強襲作戦だった。
俺とエミリーは前線の廃街に潜伏し、夜を待って行動した。
エミリーは珍しく真剣な顔だった。
「これが終わったら話があるの。
ずっと言えなかったこと」
俺は知らず、胸がざわついた。
(相棒になるかどうかか)
最近のエミリーの言動。距離の近さ。
俺の命を救った時の表情。
全部考えれば明白だ。
エミリーは、俺を“仲間以上”に見ている。
そして俺も──
この女が隣にいる未来を想像していた。
(相棒ってのも悪くねぇのかもな)
そう思ってしまった。
だからこそ、この日の決断が俺を刺し貫くことになる。
◆ 強襲──息の合った戦闘
夜が落ちる。
敵の施設に侵入すると、銃声が散り散りに響き渡った。
俺のM16A4が前方を制圧し、
エミリーのM4が側面をカバーする。
二人は呼吸を合わせ、
互いが撃つより早く敵の動きを読む。
「Hina、右前方に三人!」
「わかってる!」
「後ろは任せて!」
まるで何年も組んできた相棒のようだった。
作戦は成功し、俺たちは夜明け前に撤退した。
空が白み始める頃、エミリーが静かに言った。
「この任務を最後に、決めたことがあるの」
俺は息を呑んだ。
胸が、いやな音を立てた。
◆ 告白
廃墟の屋上。
朝焼けに照らされて、エミリーはゆっくりと言った。
「Hina。
あなたは…私が出会った中で一番強くて、
一番まっすぐで、
一番信用できる人」
俺は黙って聞く。
彼女の声は震えていた。
「でも……相棒にはなれない」
心臓が一度、強く跳ねた。
「どういう意味だ」
エミリーは拳を握りしめる。
「あなたが死ぬのを見たくない。
でもね…もっと嫌なの。
あなたが“私のために死ぬ”未来を想像することが」
俺は言葉を失った。
「私が隣にいれば、あなたはきっと無茶をする。
私をかばって、私を救おうとして
その瞬間、あなたの命綱が消える」
エミリーの目から涙が落ちた。
「二度もあなたの命を救った。
だからわかるの。
もう一度同じ場面が来たら
あなたは私のために死ぬ。
そういう人だから」
否定できなかった。
俺は、そういう人間だ。
エミリーを守るためなら、迷わず弾の前に出る。
だから
彼女は相棒になる道を選ばなかった。
◆ 陽菜の答え─「お前の判断は正しい」
しばらく無言が続いた。
風が吹き、朝焼けが二人を赤く染める。
俺は深く息を吸った。
「そうか。
なら、仕方ねぇな」
エミリーが驚いた顔を向ける。
俺は続けた。
「お前の言ってることは正しい。
俺は…仲間を守るためなら平気で死ぬタイプだ。
それが悪いと思ったことはねぇけど
お前がそれで苦しむなら意味がねぇ」
エミリーは唇を噛む。
「Hina」
「お前は弱くねぇ。
自分で決めた道をちゃんと歩いてる。
俺はそれで十分だ」
そして静かに告げた。
「相棒にはならない。
だが──お前を尊敬してるよ」
エミリーは泣き笑いのような顔になった。
「ありがとう…Hina。
こんな答え、くれると思わなかった」
俺は肩をすくめた。
「言っただろ。
お前の判断は正しいんだよ」
その瞬間、
エミリーの心の重荷が少しだけ軽くなったように見えた。
◆ 別れ─再び“孤独”へ
任務完了後、二人は基地のゲートで立ち止まった。
エミリーは笑顔で言った。
「またどこかで会えるよね?」
俺は背を向けながら答えた。
「さぁな。
戦場が狭ければ会えるかもな」
「Hina!」
振り返ると、エミリーが手を振っていた。
その姿は、朝日に照らされて強く見えた。
俺は言った。
「生きろよ、エミリー。
お前は俺なんかより、もっと多くの命を救える」
エミリーは頷いた。
「Hinaも。絶対に死なないで」
それが最後の会話だった。
基地を出て、荒野の風に吹かれながら、
俺はひとり歩き始めた。
俺は一人でいい。
それが俺の生きる道だ。
でも──隣に誰かがいてもいいと思った日があったことは、
きっと忘れない。
エミリーと過ごした短い時間は、
確かに俺の心に残った。
そして俺は、再び孤独な傭兵として道を進んでいく。
「灼熱の国境で出会ったスナイパー」
◆ 新たな任務──砂漠へ
国境地帯の砂漠に降り立った瞬間、
乾いた風が頬を裂くように吹きつけた。
(相変わらず、暑っつい場所だな)
今回の任務は単純だった。
麻薬カルテルが運営する隠しルートの調査、
そして可能なら妨害。
変に仲間をつけられることもない
それだけで俺は気楽だった。
「一人で動けるのは助かるな」
M16A4のカスタムを確認し、
弾倉を挿入して砂漠の岩場へと向かう。
そこが異変の始まりになるとは、このとき少しも思わなかった。
◆ 銃声──見えない狙撃手
日が落ちかけた頃、
遠くで乾いた破裂音が響いた。
「狙撃?」
地面に伏せ、周囲を確認する。
弾道の方向を読むと、どうやら俺を狙ったものではない。
むしろカルテルの見張りが一人、
頭を撃ち抜かれて倒れていた。
(味方の狙撃手なんて配置されてねぇはずだが)
砂漠の熱気の中、
俺は身を低くしながら音源に向かう。
そこで─
岩陰に座る“誰か”の姿が見えた。
長い黒髪を三つ編みにまとめ、
日焼けした褐色の肌。
迷彩のスカーフを巻きながら、
巨大なTAC-338ライフルを抱えて涼しい顔をしている。
女だった。
俺に気づくと、彼女は軽く片手を挙げた。
「Hola, chica japonesa. いい腕してるねぇ」
「誰だ、お前」
女はにやりと笑う。
「María Delgado(マリア・デルガド)。
メキシコ生まれ、傭兵稼業十年目。
一人で動くのが好きな“変わり者”さ」
妙に軽い口調のわりに、
その目は鋭く、わずかな動きも逃さない。
(似てる。俺と、少し)
◆ 奇妙な協力──スナイパーと歩く砂漠
「日本人だろ? 名前は?」
「黒崎陽菜…俺はひとりで動く」
「Sí, sí。私もよ。
でも、そこまで警戒しなくていいでしょ?」
マリアは立ち上がり、砂を払うと俺に近づく。
「ここらのカルテル、数が多い。
単独で抜けるのは、ちぃと難しいんじゃない?」
「やれるさ」
「へぇ、そう。強気だねぇ。
俺も似たようなもんだけど」
気づけば、なぜか彼女は俺の隣に立っていた。
「ついて来る気か?」
「No, no。そうじゃない。
同じ方向に行くだけ。たまたまね」
嘘か本当かは分からない。
だが、彼女が放った一発の狙撃。
戦い方の“無駄のなさ”。
あれを見れば、俺に敵意はないと察せた。
(ただの気まぐれ、ってやつか)
不思議と嫌ではなかった。
◆ 任務中の“豹変”
カルテルの拠点が近づくにつれ、
マリアの様子が変わった。
明るく軽口ばかり叩いていた女が、
音を立てない影に変わる。
瞳は冷たい。
動きは静かで、風のように滑る。
砂漠の奥へ進むほど、彼女の気配は薄れていく。
(こいつ…戦闘モードに入ると別人だ)
肩越しに、マリアが低い声で呟いた。
「陽菜。
あたしの言うタイミングまで動くな。
カルテルの偵察が四人、南側を回ってる」
「なんで俺に指図するんだ?」
「助けたいわけじゃない。
“邪魔されたくない”だけよ」
その言葉が妙に本音だった。
俺は頷き、身を隠す。
次の瞬間、
夜に紛れたTAC-338の咆哮が砂漠に響いた。
一発、一呼吸、一殺。
手際の良さは、もはや芸術だった。
◆ 炎上する拠点─二人の連携
カルテルの隠し拠点に到達すると、
俺はM16A4を構え、マリアは高台に陣取る。
「陽菜。
あなたが中を進む。
私は外からカバーする」
「俺は誰かに守られる気はねぇ」
「違うよ、心配なんかしてない。
あなたが死ぬと、私の任務が面倒になる」
この女、正直すぎる。
だがその合理主義が、逆に気持ちいい。
突入すると、
上からマリアの援護射撃が正確に敵の射線を潰してくれる。
こちらが撃つより先に敵を狙い撃ってくる。
(俺の動きを読んでやがる)
拠点はわずか30分で機能を失い、
カルテルは撤退した。
マリアが合流して言った。
「よく動く足だね、陽菜。
あなたとは組まないけど
背中を任せられるタイプだ」
誉められたのか、突き放されたのか分からない。
◆ 別れ─再び孤独
任務完了後、砂丘を歩くとき、
マリアが突然言った。
「ねぇ陽菜。
あなた、本当に“相棒”を作らないの?」
「俺の生き方だ」
彼女は小さく笑う。
「同じだね。
私も、誰かと組むと死ぬのが怖くなる」
「お前もか」
「当たり前よ。
私たちみたいな人間でも、誰かの死は重いの」
そう言って、マリアは翻訳するように
ゆっくり日本語で付け足した。
「だから、一人で行くの」
俺は何も言わなかった。
彼女も何も求めなかった。
夕日に照らされた砂漠で、
二人は別々の方向へ歩き出した。
ほんの数時間の出会いなのに、
不思議と深く残る何かがあった。
「Hasta luego, Hina.
また運があればどこかで」
「生きてりゃな」
風に消えていく彼女の足音だけが、
妙に心に残った。
「再会は銃声の向こう側で」
◆ 任務の違和感
砂漠の国境地帯から数ヶ月後。
俺は中東沿岸部の廃港で“輸送ルートの監視任務”を請け負っていた。
単独での潜入─いつもどおりの仕事のはずだった。
だが、妙に胸騒ぎがしていた。
「風が悪いな」
夜の空気は湿り、港の鉄の匂いと混ざって重い。
M16A4のセレクターに触れながら、俺はゆっくりと倉庫群へ近づく。
そこで、聞き覚えのある“音”がした。
小さく、鋭く、金属を叩くような…
あの音は間違いない。
ボルトを引き切る狙撃銃の音。
(TAC-338?いや、まさか)
慎重に身を隠しながら、俺は音源の方向を探る。
銃声が夜を裂いた。
乾いた、だが重い炸裂音。
狙撃手の腕が“本物”だという証拠のような落ち着いたリズム。
そして──
「来ると思ってたんだけどね、陽菜」
暗闇の中から聞こえたあの声。
俺は小さく息を吐く。
「なんだ、マリアか。死んだのかと思った」
影が照明の下へ滑り出る。
マリア・デルガド。
三つ編みの黒髪を揺らし、スカーフで顔の半分を覆ったまま、TAC-338を肩に担いで笑った。
「そんな簡単に死ぬ風に見える? 私」
「昔から妙にしぶとそうではあったな」
「あなたが言う? 同じ穴の狢でしょ?」
再会は唐突で、だが自然だった。
まるで前の任務の続きのように。
◆ マリアの“別の任務”
二人で廃港の屋上へ移動する。
月光に照らされた海は黒く、波が音を殺して不気味なくらい静かだった。
「で?こんな場所で何をしてる」
俺が訊ねると、マリアは肩をすくめた。
「陽菜の任務と同じよ。
ただ、もう少し“奥”に事情がある」
「事情?」
マリアの表情が僅かに曇った。
「カルテルと同時に…軍の不正輸送も混ざってる。
私の依頼主は、軍の腐敗を洗う“内部”の人間」
「また面倒な仕事に首突っ込んでるな」
「あなたも似たようなものじゃないの?」
反論できなかった。
俺の依頼主も怪しい筋で、任務内容も不自然に曖昧だった。
(どうやら裏で繋がってるな)
マリアは地図を広げ、俺に示す。
「陽菜。
どうせあんた、単独で中まで入る気でいたんでしょ?
それ、危険」
「知ってる。それが“仕事”だ」
「でも今夜は違う。
あなたが死ぬと、私の任務が失敗する。
困るのよ、正直」
彼女らしい理屈だ。
けど、その言い方が妙に人間臭い。
「協力する気か?」
「No. 偶然よ。
“同じ方向に行くだけ”って前にも言ったでしょ?」
聞き覚えのある台詞だった。
俺は笑ってしまった。
◆ 廃倉庫の襲撃
倉庫を囲むように配置された敵は、明らかに軍隊の動きだった。
カルテルではない。
マリアの声は低い。
「陽菜…これは想定より悪い。
装備が良すぎる。動きも訓練されてる」
「軍の裏仕事か?」
「そう。
彼らは“証拠を消すために来てる”」
つまり、俺とマリアの存在は排除対象だ。
マリアがTAC-338をセットし、俺はM16A4を構える。
「陽菜」
「なんだ」
「私が撃つ順番を数えるから、
あなたはその間に倉庫に滑り込む。
いい?」
「指図すんなっての」
「あなたが死ぬと困るの。
私は合理主義者なの」
俺は息を吐き、銃を構えた。
「はいはい…わかったよ。合理的に行こう」
マリアの狙撃が始まった。
一撃、一呼吸、また一撃。
屋上の影から放たれた弾丸が、敵の配置と動きを寸分違わず崩していく。
(こいつやっぱり異常な腕だ)
俺はその一瞬の隙に倉庫内部へ滑り込む。
◆ 沈黙の倉庫──二人の思惑
倉庫には多数の武器箱、
そして軍の印が押された物資が積まれていた。
明らかに“表には出せない”ものだ。
俺が箱を開けようとした時、
マリアが静かに入ってきた。
「陽菜。触らないほうがいい」
「任務だ」
「その任務…あなたの依頼主、信用できる?」
一瞬、返答に詰まる。
依頼主は“匿名”。
渡された情報も曖昧。
普通なら請けない案件だった。
(やっぱり裏に何かある)
「手を引くべきだ」
マリアの目は本気だった。
「私の依頼主は、
これを公表しようとしている“内部告発側”。
あなたの依頼主は─
多分“隠蔽側”」
「つまり、俺の任務は」
「あなたを利用した“証拠処理”」
沈黙が落ちた。
海の波音が倉庫の壁を震わせている。
「じゃあどうする」
マリアは近づき、俺の肩に軽く触れた。
「陽菜。
あなたの生き方を尊重する。
でも今回は
撤退するのが正しい」
俺は彼女の手を振り払わなかった。
◆ 第五章脱出─二人は別々の道を
敵の増援が迫る気配がした。
マリアは屋外へ出る前に、振り返った。
「ここから一緒に逃げる。でも」
「でも?」
「逃げたあとは、また別行動。
私も“相棒”はいらない」
その言葉は陽菜の心に妙に自然に染みた。
「わかってる。俺も一人でいい」
「それでいい。
あなたはあなたの道を行く」
二人で廃港を抜け出し、
海風の吹く高台に立った頃には、敵の気配は消えていた。
マリアはスカーフを直しながら、
海を見つめて言った。
「陽菜。またどこかで会うと思う」
「必要があればな」
「運がよければ、よ」
月明かりの下で、マリアは背を向けた。
砂漠で別れたときと同じように、去り際だけが妙に静かだった。
俺も逆方向へ歩き出す。
「奇妙な縁だな、まったく」
風が吹き、港の残骸が軋む。
再会は終わったが、
この縁はまだどこかで続く気がしていた。
「砂漠の真ん中で再会した変人スナイパー」
◆ 灼熱の砂漠の中で
任務の概要は単純だった。
砂漠地帯の旧油田で、カルテルと武装組織の接触があるという情報が入り、
その偵察に向かうというものだ。
ただ─気温は容赦なく50度近い。
「毎回思うが……なんで俺はこんな場所ばっかりなんだ」
砂に埋もれた配管を踏み越えながら歩いていると、
遠くに人影が見えた。
ひとり。
地面に敷いた布の上で、ゆったりと寝そべっている。
砂漠のど真ん中で。
俺は眉をひそめた。
「誰だ、あんな狂った真似を」
視界の向こう、照り返しの中で見えたのは、
ビキニ姿で日光浴している女
だった。
黒い髪。
褐色の肌。
そして、傍らには TAC-338 の巨大な影。
(まさか)
俺は頭を抱えた。
「おい…マリア。ふざけてんのか」
◆ 砂漠でくつろぐスナイパー
マリアはサングラスを外し、
のんびりと手を振った。
「Hola, Hina。ひどい顔してるねぇ」
「任務中にビキニで寛ぐ奴がどこにいる」
「ここにいるよ。砂漠の日差しは最高でしょ?」
あまりにも堂々と言うので、逆に返す言葉に困る。
「狙撃手としての自覚はどこへやった」
「ちゃんとあるわよ? TAC-338 はすぐ撃てる場所に置いてる。
ほら、横にあるでしょ」
「いや、そういう問題じゃねぇ」
俺が呆れていると、マリアは水を飲みながら肩をすくめた。
「だって敵、ここまで来ないよ?
暑くて死ぬし」
「お前が一番危なっかしいわ」
まったく、こいつは本当に油断しすぎている。
だが、そのくせ命の危険に近づいた瞬間には豹変する女でもある。
(だから厄介なんだよな)
◆ 無警戒すぎるマリア
「で、陽菜は何しに来たわけ?」
「任務だ。情報収集」
「任務中? この暑さの中?」
「お前もな」
マリアは笑って胸を張った。
「私は“人生を楽しむ任務”も同時に遂行してる。
それに、あなたが来たってことは
また変な仕事を引き受けたんでしょ?」
図星すぎて腹が立つ。
「まぁな」
「気をつけたほうがいいよ。ここ、ひどく空気が悪い」
「砂漠だからな」
「そういう意味じゃないよ?」
マリアの目つきが少しだけ鋭くなる。
「カルテルだけじゃなくて、軍も動いてる。
あんたの依頼主、また裏があるでしょ?」
「そうかもな」
こいつの勘はいつも妙に鋭い。
ただ
次の瞬間、妙に軽い声で言い出した。
「ねぇ陽菜、日焼け止め塗るの手伝ってよ」
「断る」
「Eh〜? なんでよ」
「任務中だからだ。バカか」
「えぇ〜、合理的だと思ったんだけどな」
「どこがだ!!」
砂漠の真ん中で、
俺とマリアの会話は異常なほど平和だった。
◆ M45A1の理由
俺はふと、彼女の近くに置いてある拳銃に目をやった。
タンカラーの肉厚なフレーム。
古い設計をベースにした45口径の戦闘拳銃─
「それ、M45A1か」
マリアは少し誇らしげに頷いた。
「そうよ。私の相棒。
陽菜も見たことあるでしょ?」
「もちろん。
だが、お前みたいな狙撃手は、小型の方が好むと思ってた」
「私も昔はそう思ってたよ?」
マリアがサングラスを外す。
砂漠とは思えないほど冷静な目で、拳銃を指で触った。
「でも、あるとき悟ったんだ。
“私は狙撃手だけど、近距離で死ぬのは嫌だ”ってね」
「ほう」
「バックアップなら、軽いだけの拳銃じゃ意味ない。
“確実に止められる力”が必要なの」
彼女の言い方には、
過去に何かあったことを匂わせていた。
「誰かに接近されたのか?」
「まぁ、そんなとこ。
一発で止められなかったら死んでたね。
それ以来、私は45口径を持つようにしてる」
「合理的だな」
マリアは笑った。
「でしょ? 私は“生き残るための現実”が好きなの」
俺はその言葉に強く共感した。
◆ 呆れながらも認める再会
日が傾き始めると、
マリアはようやくビキニの上に薄い布を羽織った。
「さて、そろそろ陽菜の任務を見に行く?」
「見に行くんじゃねぇ。俺が行くんだ」
「まあまあ。
どうせ同じ方向でしょ? また偶然よ」
またそれか。
(懲りない奴だ)
だが、前にも思ったように、
不思議と彼女の同行は嫌じゃない。
むしろ
俺の行く先の“空気の悪さ”を、
マリアだけが正確に嗅ぎ分けている気がした。
「行くぞ、マリア。
日光浴はもう終わりだ」
「Sí, sí。
じゃあ陽菜、私の背中は任せるね?」
「任せねぇよ。俺は一人でいい」
「ふふ、じゃあ“近くにいるだけ”。それで十分」
本当に厄介で、
本当に妙に気の合う女だ。
俺とマリアは夕暮れの砂漠を歩き始めた。
背後に残る布とビキニの跡だけが、
彼女の異常な日光浴の痕跡だった。
「マリアが45口径に切り替えた夜」
◆ 彼女が言わなかった部分
マリアがM45A1に触れながら言った。
「一発で止められなかったら死んでたね」
その一言に引っかかっていた。
軽く言ったが、あれは軽い話ではない。
彼女の目に一瞬、過去の炎が宿ったのを俺は見逃さなかった。
だから俺は、歩きながら言った。
「その時の話を聞かせろよ。
お前が45口径に変えた本当の理由な」
マリアは歩みを止め、夕焼けを見た。
「そんなに聞きたい?
じゃあ教えてあげる。
あの夜、私は“弾が足りない”って初めて思ったの」
◆ 廃ホテル潜入任務
マリアがまだ傭兵チームにいた頃の話─
俺は聞きながら、彼女の記憶の中に入り込むような感覚になった。
廃れた港町。
倒れた看板と海風の臭い。
目的は、カルテルが使う“闇オークション”の現地調査。
マリアはスナイパーとして、
ホテルの外から支援するはずだった。
だが。
「予定外の雨で、銃が濡れたの。
光学機器が曇ってね。
それで近づくしかなかった」
マリアの淡々とした語り口は逆に重かった。
彼女は小型の9mm拳銃
G19(グロック)を腰に差し、建物内部へ入った。
「9mmで十分だと思ってたよ。その時まではね」
◆ 静かすぎる階段
ホテル内部は電気が死んでいた。
階段は濡れて滑り、床は足音を吸収する。
マリアは囁くように言った。
「敵は二人くらいだと思ってた。
実際には、五人いた」
廊下に倒れている仲間の一人。
息はあるが、動けない。
その奥から、くぐもった声が響いた。
「足音がしたぞ、まだ誰かいる!」
マリアは物陰に身を潜め、
G19を握ったまま呼吸を整えた。
だが──
「その時気づいたの。
階段の裏側から回り込む足音。
“こっちが潜んでいる場所を最初から分かっている”動き」
敵に気づかれたのではない。
狩られていたのは自分だった。
◆ 9mmでは止まらなかった
敵が飛び出した瞬間、マリアは引き金を引いた。
至近距離で撃たれた男はたしかに怯んだ。
だが
「止まらなかったのよ」
拳銃の9mmは防弾ベストに吸収され、
男は顔を歪めながら突っ込んできた。
「私は一発入れたら倒れると思い込んでた。
でも違ったの。
“止める弾”と“痛める弾”は別物だってね」
男はマリアに体当たりし、二人とも壁に激突。
右肩が砕けるような痛みに襲われた。
彼女は必死に腕を伸ばし、
さらに二発撃ち込んだ。
だが、足が止まるだけ。
完全には倒れない。
「あの瞬間、私は“死ぬ”って思ったよ」
マリアは顔を伏せた。
◆ 救いとなった一つのこと
「その男が倒れたのは──
後ろから仲間が駆け込んで助けてくれたから」
マリアは小さく笑った。
「G19で撃った弾は全部ベストに吸われてた。
倒れたのは、腕と脚の骨を折られたせいだったわ」
つまり、彼女の弾は“止めて”いなかった。
あのままなら、
彼女は、殺されていた。
「仲間がこう言ったの。
“お前の弾は綺麗に入り過ぎなんだよ”ってね」
マリアはわざと軽く笑うが、
その奥には自己嫌悪がまだ残っていた。
45口径を選んだ理由
「それから私は考えた。
『軽い弾』か『確実に止める弾』か。
どっちが“生還率が高いか”ってね」
そこで彼女はM45A1を選んだ。
大きく、重く、反動も強いが──止める力だけは何があっても裏切らない。
「スナイパーだろうとなんだろうと、
近距離で死ぬのは絶対に嫌」
マリアはM45A1を指でなぞり、言った。
「私は“生き残れる人間”でいたいの。
そのためにこれを持つ。
ただそれだけ」
俺は静かに頷いた。
「お前らしい合理的だな」
「でしょ?
陽菜はどんな理由でその銃を選んだの?」
俺は答えず、ただ歩き続けた。
マリアは俺の横顔を見て、ふと笑った。
「そういうとこ、好きよ。
何も言わないけど、理解してる感じ」
「余計なこと言うな」
「はーい」
砂漠の風が吹き抜け、
マリアの昔の痛みも少しだけ流していくようだった。
『砂の谷、再び一人で — そして帰ってきた弾丸』
◆ 俺は、また一人だ
マリアと別れた翌朝。
あいつは、明るく手を振って去っていった。
「陽菜、死なないでよー。また会うんだから」
俺はその背中を見送りながら、
妙に胸がざわつくのを押し殺した。
「相棒なんて、いらねぇよ。俺は俺だ」
そう呟き、次の任務へ向かった。
目的地は砂漠地帯の“死の谷”と呼ばれる場所。
カルテルの武装キャンプが、
補給物資の積み上げを行っているという。
任務内容は単純だ。
* 武器補給の証拠を押さえる
* 必要なら潰す
* 生きて戻る
いつもと同じ。
ただ一つ、違う点があるとすれば──
敵勢力の数が多過ぎる。
だが俺は、一人で行くと決めた。
◆ 最初の火蓋
夜。
月明かりの下で砂が冷たい。
俺はM16A4(MRO、レーザーサイト、フォアグリップ装備)を構え、
スコープ越しに敵の補給拠点を観察した。
「数が多いな。三十か?」
気づけば頬から汗が垂れていた。
それでも俺は前に出る。
闇に紛れ、サイレンサー越しに一人、また一人と落としていく。
だが、その静かな戦いは長く続かなかった。
「おい! 外周で撃たれたぞ! 侵入者だ!」
「探せ! ライトをつけろ!」
一気にライトが点き、夜は昼のように明るくなった。
俺の背筋に冷たいものが走った。
◆ 包囲
「まずいな」
四方から足音。
銃声。
砂が弾け飛ぶ。
俺は遮蔽物に飛び込み、M16A4で応戦する。
五人倒す。
七人倒す。
それでも敵は減らない。
ならばと俺は
M9を抜いて突き進む。
だが、敵の一斉射撃が俺を捉えた。
衝撃。
胸が焼けるような痛み。
肋骨の奥まで響くダメージ。
「ッ…クソッ!」
俺は砂の上に倒れ、息が荒くなる。
「見つけたぞ! こいつだ!」
「動けねぇぞコイツを殺せ! !」
足音が迫る。
砂が踏みしだかれる音が耳に響く。
ここで終わりか?
そんな言葉を心のどこかで思った瞬間。
空気が裂けた。
◆ 砂漠に響く“異常な銃声”
──ドンッ!
──ドンッ!
──ドンッ!!
低くて重い、
聴いたことのある45口径の音。
敵が一人、二人と倒れていく。
砂が跳ね、敵のライトが砕け散る。
そして、砂丘の上に現れた影が叫んだ。
「Cúbrete, Hina!(伏せろ、陽菜!)」
スペイン語。
聞き覚えのありすぎる声。
「マリア!?」
光を背に、彼女は立っていた。
TAC-338を背に、M45A1を両手で構え、
まるで戦女神のように砂漠に降り立って。
◆ 怒れるマリア
「誰にやられたの!
アンタを怪我させるなんて…許さない!」
マリアは砂丘を駆け下りた。
その姿勢、動き、射撃速度すべてが完璧だった。
45口径が火を噴くたび、
敵が地面に沈む。
反動が大きいはずなのに、
彼女の腕は微動だにしない。
まるであのM45A1が、
マリアの怒りそのものみたいだった。
俺は苦しみながらも言った。
「なんで来た!
別れたんじゃなかったのか!」
「別れたからって助けない理由にはならないでしょ!」
マリアは叫び返した。
「陽菜が一人で死ぬなんて、絶対許さない!!」
その言葉に、
胸が少しだけ熱くなった。
◆ 共闘
俺は痛む体を無理やり起こし、M16A4を構えた。
「マリア、左を頼む」
「オッケー!
じゃあ、右側全部倒してきて!」
「無茶言うなよ…!」
それでも俺たちは並んで撃った。
敵の数はまだ多い。
多すぎる。
だが、マリアの集中力は狂気じみていた。
スナイパーライフルに持ち替えると、
数百メートル先の敵を次々と撃ち抜いていく。
俺は
その隙に近距離をM9で制圧する。
叫び声。
砂煙。
火薬の匂い。
だが、二人なら押し返せた。
どこかで笑っている自分がいた。
「お前、本当に来るとは思わなかった」
「来るに決まってるでしょ!
陽菜が死にかけてるって聞いたんだから!」
「誰に聞いた」
「勘よ!!」
俺は呆れた。
でも、救われた。
◆ 戦いのあと
戦闘が終わると、
マリアは俺の肩を掴んで叫んだ。
「陽菜! ねぇ、どこ怪我したの!?
痛い!? 立てる!?」
「うるせぇ…平気だ…よ」
「平気に見えないけど!!」
そんなふうに騒ぎながら、
彼女は必死に俺を支えた。
砂漠の風は冷たく、
血の匂いが消えていく。
俺は小さく言った。
「助かった。
ありがとな、マリア」
マリアは、ふふん、と笑った。
「また恩返ししてもらうから。
死ぬのは許さないよ。
陽菜はまだ私の─なん…て言うのかな?」
What? と言いかけて照れたように笑い、
「─友達でしょ?」
俺はふっと笑った。
「ああ」
その瞬間、
戦場の夜が少しだけ優しく感じた。
『砂漠に灯る二つの火 — 陽菜とマリアの一夜』
◆ 戦闘の余韻
夜風が砂粒を運び、肌に冷たく刺さった。
さっきまでの戦闘の喧騒が嘘みたいに、砂漠は静かだった。
俺はまだ身体の痛みを引きずっていた。
肋骨に響く鈍い痛み。
肩の擦過傷。
呼吸のたびに、戦場が体内でうずくようだった。
そんな俺のすぐ横で、マリアが不満げに言った。
「陽菜、アンタまだ血が乾いてないじゃない。ここ座りなさいって!」
「うるせぇ…歩ける」
「歩けるけど痛いでしょ。はい、座る!」
結局、俺は押し切られた。
座面が冷たい砂の感触を伝えてくる。
マリアは俺の横に腰を下ろし、ため息をついた。
「本当に
よく一人であんな所に突っ込むよね」
「俺の仕事だ」
「知ってる。でも、死ぬところだった」
その言葉に、少しだけ胸が痛む。
◆ 火を囲む二人
マリアは砂を掘り、小さな焚き火を作った。
火花が散り、乾いた枝が細い音を立てて燃え始める。
火の明かりに照らされるマリアの横顔は、
昼よりもずっと大人びて見えた。
「ねぇ、陽菜。
今夜はここで寝るよ。移動は無理」
「ああ」
火に手をかざしながら、俺は言った。
「お前、よく来たな。助かった」
マリアは微笑んだ。
けど、その微笑みの奥に、
ほんの少しだけ震えがあった。
「怖かったんだよ。
陽菜が死ぬって思ったから」
俺は驚いた。
マリアがそんな感情を言葉にするなんて。
「俺、死なねえよ。しぶといからな」
「知ってる。知ってるけど
それでも怖かった」
マリアは膝を抱えて空を見た。
「だって、アンタ…私の“救った命”でしょ?
一度助けた命を、そう簡単に諦めたくないの」
俺は少しだけ笑った。
「お前って、変わった奴だな」
「アンタに言われたくない」
二人して笑う。
ただ焚き火の音だけが、静かに世界を満たした。
◆ 夜風と会話
夜が深まるほど、気温は下がっていった。
マリアが肩を震わせているのが分かる。
「寒いのか」
「ちょっとね。でも大丈夫」
「アホか。砂漠の夜を甘く見るな」
俺は自分のジャケットを外し、マリアに投げた。
「着ろよ」
「え? でも陽菜の方が──」
「俺の方が平気だ。着とけ」
マリアはしばらく黙っていた。
そして、火の揺らぎの中で小さく呟いた。
「ありがとう」
その声は、普段の彼女からは想像できないほど素直だった。
俺は照れくさくて、焚き火の火を見つめるふりをした。
◆ 二人の沈黙
沈黙が流れた。
だがその沈黙は不快じゃない。
むしろ、心地良かった。
戦場では、誰かとこうして静かに過ごす時間なんて滅多にない。
マリアがふと訊いた。
「陽菜ってさ…なんでそんなに一人にこだわるの?」
「性に合ってんだよ。
誰かの行動で自分が死ぬのはごめんだ」
「ふーん」
マリアは火をつつきながら言った。
「でも、今日みたいに“誰かが助ける”ってこともあるんだよ?」
俺は言葉に詰まった。
確かに今日は、
俺一人じゃどうにもならなかった。
「お前が来なきゃ死んでた」
「でしょ?」
マリアは笑って俺を見る。
「陽菜はさ、たまには頼りなよ。
全部背負おうとするから危なっかしい」
「頼りたくねぇよ。
俺は。」
「そういうとこが、またいいんだけどね」
俺は顔をしかめた。
「何がだよ」
「強い人ほど、一人きりで戦ってるから。
だから私、陽菜のこと放っておけないのよ」
言われて、胸の奥が少し熱くなった。
嬉しいのか、悔しいのか、自分でも分からない。
◆ 第五章:眠れない二人
夜が深くなり、星が砂漠を照らしていた。
マリアが横になりながら言った。
「陽菜、寝なよ。傷に悪い」
「寝れねぇよ。痛ぇし」
「じゃあ私が起きてるから」
「馬鹿言うな。お前も寝ろ」
「じゃあ
二人で起きてる?」
「そうだな」
二人は焚き火の前に並んで座った。
砂漠を渡る風。
遠くのコヨーテの遠吠え。
火の音。
静かな夜が、
俺たちの距離を自然に縮めていく。
マリアが突然言った。
「ねぇ陽菜、私たち」
「ん?」
「良いコンビかもね」
俺は鼻で笑った。
「俺は誰ともコンビ組まねぇよ」
「知ってる。でも、今日は組んでたよ?」
言われて、返す言葉がなかった。
だってその通りだったから。
◆ 夜明け前の誓い
空がわずかに明るくなり始めた頃、
マリアが立ち上がった。
「陽菜、そろそろ行こっか。
次の補給地点まで歩かないと」
「ああ」
立ち上がると痛みが走る。
マリアが腕を貸そうとしたが、俺は拒んだ。
「平気だって言ってんだろ」
「はいはい、強がりさん」
二人は歩き始める。
夜から朝へ変わる砂漠を、
並んで歩く影が伸びていく。
ふとマリアが言った。
「もしまたピンチになったら言いなよ。
助けに行くから」
「勝手にしろよ」
「うん。勝手にする」
その答えに、俺は笑った。
そして自然に、心のどこかで思った。
こいつが横にいても悪くねぇな。
その一夜が、
俺たちの絆を確かに強くした。