異能探偵局では、常に一人の男が慌ただしくしていた。
「あー! まただよ、この事件!!」
そう声を上げるのは、夏目の同僚、春木春臣。
「どーしたの? 春ちゃん」
「春ちゃんじゃねぇ!!」
いつもの飽きないテンプレなツッコミを入れると、春木は一枚の紙を夏目の机に荒く置いた。
「夏目……お前の管轄だよなぁ……!?」
「あー、この事件か。そうだねー、抑えても抑えてもキリがないんだよねー」
「犯罪が起こるのは仕方ない……。ただ……」
そう、春木が常に、夏目に対しイライラした粗暴を見せるのはこれが理由であった。
「なんでお前の管轄の書類も俺が整理してんだよ!」
「いいじゃんいいじゃーん! 春ちゃんの方が字が綺麗なんだしー、俺も外回りばかりで疲れちゃうからー!」
誰しもが入り辛いその喧騒に、行方は容赦なく立ち入る。
「これ、この前の事件ですよね。最近、頻度増してませんか?」
そして、春木が乱雑に置いた紙を眺める。
「そうだねー、俺たちがSDカードを横から取っちゃったから、少し焦ってるのかもしれないね」
この事件は、先日、二宮が研修と称してゴミ拾いをしていた時に入手したSDカードのことである。
「それにしてもお手柄だったねー! 二乃ちゃんの入手したこのSDカード!」
「え、あ、はい!? そのSDカードの事件ですか!?」
急に振られた二宮は困惑を露わにする。
書類などは基本、支部長たちが管理をする為、先日の事件の詳細を未だ聞けてはいなかった。
「あの……それってなんの事件なんですか……?」
「あー、そう言えば説明してなかったね。俺たちが今追っているのは、『違法ドラッグ』のことだよ」
「違法ドラッグ……? 薬物ですか……?」
「まあ薬物……かなぁ……。一応、人体被害が起きている様子は見られていないから、医学的に悪いとは言われていないんだよねー……」
「それなのに “違法” なんですか……?」
すると、行方が書類を持って二宮の前に出る。
書類には、真っ黒なカプセル錠が映されていた。
「これが、事件のドラッグ。無能力者が使用すると、何かの異能に目覚めることができ、異能力者が使用すると、別の異能が追加で手に入れることができる」
その話を聞き、二宮は青褪める。
本来 “異能” とは、生まれつき持っている力であり、外部から強引に取り入れることは出来ない。
もし外部から取り入れしてしまえば、人体にどんな被害が及ぼされるが未知の領域だからである。
「でも……人体に影響は見られていない……って、 それって実際……すごい進歩なんじゃないの……?」
「そうだな。功績だけ見れば凄い代物で間違いない。ただ問題は二つ。一つは、裏取引しかされていないこと。表舞台で研究者が発表し、医学的にも安全だと認められていればノーベル賞物だろう」
「もう……一つは……?」
「ここまで広まっているのに、発表がされずに裏取引しかされていない薬ってことは、『今はまだ見られていない人的被害が必ず起こり得る』と言うことだ」
「そ、そんな薬……! 早く止めないとじゃん!!」
声を上げる二宮。
しかし、他の局員たちは苦い顔を浮かべていた。
「な……何……どうしたんですか……皆さん……」
すると、夏目は苦笑いで二宮に答えた。
「いやね、俺たちも結構、情報は掴んでるから、実物の回収を試みてるんだけどね……」
「凄いじゃないですか……! 流石です……! その回収っていつなんですか?」
「ああ、今日だよ。もう局員が行ってるんだけど……ちょっと不安な子でね……。冬美ちゃんも着いて行ってるから大丈夫だとは思うんだけど……」
そう言った瞬間、事務所の扉は大きな音で開かれる。
「ミッション〜〜……コンプリート!!!」
大きな声で入ってきたのは、二宮と年齢もそう変わらないロングヘアーの女性だった。
「え……あの……」
そして、後ろから「ハァハァ……」と、見るからに疲弊している冬芽の姿も現れた。
「その様子だと、回収は出来たみたいだね」
「はい! この通りであります!!」
ビニール袋に入れられた、黒いカプセルを掲げる。
「七色、重要書類だ。そんな高らかに掲げるな」
意気揚々と書類を掲げた女性を静止させる行方。
そして、いつもの光景かのように冷静に前に出て、七色を二宮の前に立たせる。
「二宮さんも居るわね。彼女の紹介をしておくわ。彼女は七色ナナ。一応、私の部下よ」
「え、もしかして、No.7『夢想絵画』の七色ナナさんですか!?」
二宮は、その名を聞いて驚愕を示す。
「本来、異能の本領は高校生が一番強力と言われている中で、卒業後に本領を発揮し、今年初の18歳以上にして一桁台に降臨したダークホースですよね!?」
そう、七色ナナは異能力者の中で有名だった。
二十歳から徐々に異能の力が弱まると言われるが、一番強力に扱えるのは15〜18歳と言われている。
しかし、七色ナナは18歳になるまで圏外に属し、18歳を超えて急に現れた類を見ない人間だった。
「えへへ〜、そんなに私、有名人なのかぁ〜」
「七色さんって言ったら……そりゃあ異能力者の間では有名ですよ。しかも異能は『対象に好きな夢を見させる能力』って、まさに最強じゃないですか……」
「眠らせられるのは確かに無敵だけど、私に攻撃力とかはないから微妙だよ〜。そんなことより、No.2の二宮さんの方が凄いじゃん! 探偵局も安泰だね!」
そんなやり取りの中、行方が立ち上がる。
そして、七色の頭を書類で優しく叩いた。
「ほら、七色。大切な書類だ。まずは調査報告と報告書の作成。それから……」
「もう〜、分かってるよ〜! 行方くんはホント、気難しくて真面目さんだよね〜!」
ブツクサ言いながら、冬芽に連れられ、七色は書類室へと入って行った。
「なんか……イメージと違う人だったな……。と言うか、行方くん、すごく親し気だけど……」
「ああ。七色は高校の同期なんだ。ほら、冬芽さんたちの班の後は俺たちの仕事だ。行くぞ」
「え、ちょっと……!」
行方と夏目は、書類にサラッと目を通すと、暗いジャケットを着て外出の準備を始めた。
「行くって……急にどこに!?」
「冬芽班は情報収集班なんだ。そして、僕たち夏目班は犯人の追跡からアジトの特定まで。戦闘力の高い春木班を主力に交戦班と分けられているんだ」
「ってことは……」
「これから、犯人を捕まえに行く」
急な展開に着いて行けない二宮ではあったが、こんな展開も慣れ始めてきていた。
二宮の覚悟が決まるまでが早くなっていた。
「安心しろ、今回の二宮の仕事は『拘束』だ。余計なことは考えなくていい。お得意の “火炎放射” で、犯罪者を捕まえてやることだけ考えろ」
「わ、分かった……!」
そして、夏目班はドラッグ転売されている目的地へと向かった。
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