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八秒立ったら怒りが収まるなんて、どこのガセ情報なんだろう。


職場での苛々は募るばかりで、無意味なカウントを心中で唱えながら、ただ時間が過ぎ去るのを耐える。


12月のビル街は寒い。

ふうっと息を吐きながらガラス戸を開けると、甘い花の香りがふんわりと漂ってきた。






「花言葉は秘密の恋」

丹空 舞






片岡美月、30歳。


私は今日も、分単位で刻まれた時間をもがくように生きている。



大手のIT|企業《ヒュージラジカル》の広報、プロジェクトリーダーだ。

企画会議、分析、リサーチ、各社への宣伝、打ち合わせ。

目が回りそうな日常をこれまで乗り切ってきた。

周りが助けてくれることも多くて、本当に会社には頭があがらない。

働くのは大変だけれど、やりがいがある。

迷いは不要。

行動あるのみがポリシーだ。

そうやってここまで来れた。

仕事は順調。

ついでに、プライベートも順調だ。


スマホを見ると、真からのメッセージだった。


「終業後にカフェに来れる?」


急いでいるのか、絵文字も何もない。

そっけない文面に苦笑する。

また、追い込まれているんじゃないといいけど。


職場にはまだ報告していないけれど、私と真はもうすぐ結婚する。

真は元々、私の直属の上司で、指導係だった。仕事には厳しいけれど、オフのときは明るくて気安い真に、自然と惹かれていて……付き合うのに時間はかからなかった。

当時は若手のホープだった真は、あっというまに出世して本部長になった。

私はなんとか広報部長になって、彼の下で部下として働いている。

結婚したら、部署変更を願うつもりだ。

彼との付き合いももう3年目。

なんだか気恥ずかしいし、職場に私情を持ち込みたくなかったので、周りには秘密にしている。

でも、あと数ヶ月もしたら入籍。

そうしたら、さすがに周りにも報告するつもりだ。


仕事に慣れるまでは大変だったし、真と付き合っているときも、時には擦れ違ったり、ケンカしたりして。だけど、今は全てが順調だって思える。

公私ともに好調っていうのはこんな感じなのかもしれない。





「……胡蝶蘭、かあ」



取引先の創立記念パーティー用の祝い花。

タスクでパンパンになっていた部下から引き継いで、代わりに手配を引き受けた。

半分泣きながらありがとうございますと言う後輩の村瀬杏里は、どこか放っておけない犬みたいなところがある。可愛らしいキャラクターで、本人も可愛い顔をしているから、男性受けはいいようだ。その分、周りの女性社員はどこか冷たい。若い子って嫉妬されるっていうのは本当なのかもしれない。

広報部長としては放っておけないので、昼休みをつぶして、わざわざ会社の隣の駅ビルの裏手の花屋にやってきたのだった。


路地裏の通りは入り口が小さくて、看板や装飾もそれほど出していないので、人通りは少ない。だけど、このあたりにオフィスがある会社員たちは、だいたいここに来たことがある。

名刺の刷れる厚紙が置いてあるコンビニ、古い郵便局、そして、入り組んだ路地にひっそりあるご飯やさん。老舗のケーキ屋、和菓子屋、セレクトショップ、そして花屋だ。

取引先に持って行きたいものはだいたいここで揃う。オフィス勤務の人間たちにとっては、大変助かるエリアなのだ。


それにしても、今日の会議はすごく疲れた。もうほとんど決まっていた案件を、上がひっくり返したのだ。思い出すたびに苛々する。

私はため息をついて、店の扉の前に立った。怒りにまかせて物や人に当たるのは良くない。そっとガラス扉を押すと、シャラランと、軽やかなチャイムの音が鳴った。


漂う花の香り。自然と深く、息を吸っていた。土と水と葉と、視界いっぱいに並ぶ色とりどりの花。ほっと気持ちがほころんだ。


「いらっしゃいませ」


柔らかい声がした。

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