次の日の朝、守はいつものように目を覚ました。
昨日はゲームの中で散々な目に遭ったが、マリアとルナという頼れる仲間との出会いが、
彼に一筋の希望をもたらした。明日は有給休暇だ。全ての時間を使って
あのゲームに没頭しよう。そんな決意を胸に、守はバイト先に向かった。
退屈な仕事を淡々とこなせば、またシンシアさんたちと冒険に出られる。
守の頭は、そのことばかりでいっぱいだった。
休憩時間。いつものように、守は買ってきた弁当を静かに食べていた。
すると、そばで佐々木と森井がスマホを片手にこそこそ話しているのが聞こえてきた。
彼らの会話はいつも同じだ。どうせまた、エッチな動画の話だろうと守は思った。
「これ見ろよ」と佐々木が声をひそめ、森井に画面を見せる。
「はは、バッチリじゃん」と森井が笑う。
「俺、こういうシチュエーションに興奮するんだよね」と佐々木が得意げに言う。
「わかる、俺も」と森井が相槌を打つ。
守は呆れながら心の中でつぶやいた。(はぁ、またエッチな動画の話か)
そのとき、パートの田中さんが休憩室に入ってきた。
「なあに?エッチな動画?」とニヤニヤしながら聞いてくる。
佐々木は慌てて「そ、そんなんじゃないですよ」と否定したが、
田中はさらにニヤついて「ふふふ、若いわね」と茶化した。森井は軽く顔をしかめる。
田中さんは2人に目を向け、胸を寄せながら
「ちょっと、2人手伝ってくれない? 倉庫の商品に手が届かないのよ」と頼んだ。
佐々木は不満そうに「えー、今休憩中ですよ」と返すが、田中は食い下がる。
「5分でいいの。その分後で休憩を伸ばしてあげるから、お願い。」
仕方なく、佐々木と森井は倉庫に向かった。
守は彼らが出て行くのを見送りながら、心の中で呟いた。
(田中さん、昨日は紗良ちゃん1人でやらせてたくせに、ひどいよな)
守は弁当を片付け、休憩室を出ようとした。そのとき、
テーブルに逆向きで置かれた佐々木のスマホが目に入った。
ふと、どんな動画を見ているんだろうという好奇心がよぎった。
何気なくスマホを手に取り、画面を見てしまう。
そこに映っていたのは、女子ロッカーの映像だった。
「なるほど、盗撮ものか」と一瞬、軽く受け流しかけた。
しかし、そのとき、画面から聞こえてきた声が守を凍りつかせた。
そこには、田中さんの声が入っていたのだ。
「え?」守は耳を疑った。佐々木と森井の声も微かに聞こえる。
守は驚き、もう一度画面に目をやった。そこに映っていたのは、
見慣れたこのスーパーの女子ロッカーだった。
一気に血の気が引いていく。これがただのAVではない、リアルな盗撮だと理解した瞬間、守の手は震えた。
守はスマホの画面に映る女子ロッカーの映像を見つめたまま、心の中で動揺が渦巻いていた。
「と、盗撮?」思わず声に出してしまう。これは間違いなく、
このスーパーの女子ロッカーだ。画面に映るロッカーには、見覚えがあった。
あいつら――佐々木と森井――の仕業に違いない。紗良ちゃんのロッカーにカメラを仕掛けたんだろう。
どこまで腐ってるんだよ、と守は激しい怒りを感じた。
(どうする? 店長に言うか?)だが、すぐに思い直す。今日は店長が遅番だ。
店に着くまでまだ時間がある。そして、もうすぐ紗良の出勤時間が迫っていた。
(どうすればいい? どうする!)
「そうだ、天城君だ!」と守は思い至った。彼なら、きっと紗良を守るために何かしてくれるはずだ。
きっとこの状況に冷静に対処できるだろう。悔しいが、今は彼に頼るしかないと守は思い詰めた。
だが、次の瞬間、守は顔を青ざめさせた。「しまった、天城君は今日休みだ!」
普段から同僚とほとんどコミュニケーションを取らない守は、
当然ながら天城の連絡先も知らなかった。彼の携帯番号も、ラインも、何も知らない。
頼りたくても、どうしようもないのだ。
「ど、どうすれば…」守は自問しながら、焦りに押しつぶされそうになっていた。
その時、背後から「おはようございます」という明るい声が響いた。
振り返ると、そこには紗良が立っていた。彼女は無邪気に微笑んでいる。
守は息を呑んだ。「お、おはようございます…」とぎこちなく返事をする。
その間にも、心の中でどうするべきかを考え続けていたが、答えは出ない。
どうすることもできず、ただ紗良を見送るしかなかった。
そして、作業を終えた佐々木と森井が休憩室に戻ってきた。
ニヤニヤしながら「紗良ちゃん、おはよう」と声をかける2人。
紗良は軽く会釈をして、そのまま2階のロッカー室へ向かった。
守はその光景をただ見つめるだけだった。頭の中では「止めろ!何かしろ!」と叫ぶ声が響いているのに
体が動かない。恐怖と無力感に縛られ、何もできずにいる自分が情けなく、腹立たしかった。
一方、1階の休憩室では、佐々木と森井がスマホを食い入るように見ている。
彼らは映像を楽しむかのように、画面に釘付けだった。
佐々木がちらっと守の方を見て
「藤井さん、休憩終わったならさっさと仕事に戻って!」と軽く睨んだ。
守は歯を食いしばり、何も言い返せないまま休憩室を出た。
胸の中に広がる重苦しい感情――それが怒りなのか、恐怖なのか、無力感なのか、
守には分からなかった。ただ一つ確かなのは、紗良が危険な目に遭っているということだけだった。
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