「服に……。刺繍で雲雀(ひばり)って書いてあるけど、
あなた…いったい誰?」
「親父を殺した奴と裁判で何度か顔を合わせたけど、
こいつは別人…だよな?」
被害者家族の表情に戸惑いの色が広がり、
雲雀はにぃっと笑う。
「うーん…そっか、そっか。
なるほど…こういうケースは想定していなかったなぁ。
でも、いいスパイスになったかも♪」
加害者に復讐するため集結した復讐者達。
その中には、微笑み爆弾魔と呼ばれた連続殺人鬼に、
親を殺された遺族の姿もあった。
だが、凶器を手にした彼等の目の前に立つ仇は、
まるで人事のように振る舞い、春風に髪をなびかせていた。
(雲雀だけど雲雀じゃない?
じゃあ、俺の隣にいるこの男は…)
違和感――。
これまで蓄積されてきた違和感が、
ひとつの答えを形成しようとしている。
累(るい)は爆弾魔である雲雀が死体を見て喜んだこと、
腹を割かれて絶命した鶫(つぐみ)を見て興奮したこと、
そして、雄弁に語られた少年期を思い返しながら、
涼しげな横顔に鋭い視線を放った。
「その熱い眼差し、ドキドキしちゃうね。ああ、もっと僕を見て」
「お前、もしかして…、この状況を楽しんでないか?」
「うん、もちろん。だって、こうなることを望んでいたんだもん」
惜しげなく臆することもなく堂々と言い切る雲雀の瞳は、
混乱と波乱を心から欲していると言わんばかりに煌いていた。
しかし、次の瞬間――。
「もう、せっかくいいところだったのに…またお客さんか」
雲雀は不満そうに息を吐き、表情を曇らせた。
「客…?」
「よっし!いたいた!」
にたにた笑うジャージ姿の男が累の視界に飛び込む。
それと同時に、派手な色味のスーツを着た男が、
殺された政治家の遺族を押しのけた。
「ひひっ!鷹巣(たかす)あとり、みっけ!」
名を呼ばれあとりが口元を引きつらせる。
「…くっ」
累はそれだけで、あとりが置かれた状況を察した。
(雲雀じゃなくて鷹巣の客?)
「俺はな…お前のせいで仕事を失ったんだぞ」
「ああ、俺もだ!おめーのくだらねぇサイトのせいで、
ずっと犯罪者扱いだ!これじゃ務所を出た意味がないだろーが!」
二人の男はあとりを睨みつけ、これまでため込んだ不満を一斉に吐き出した。
だが、あとりはそれを一蹴する。
「犯罪者が被害者面しないでくれる?
大村 達夫(おおむら たつお)、
あなたは飲酒運転で登校中の児童3人をひき殺した。
それから…和田 悟(わだ さとる)。
あなたはパワハラで部下2人を自殺に追いやった。
そんな人間が罪を隠して生きようとするなんて許されると思う?」
(そうか、こいつら…鷹巣のサイトに個人情報を掲載されたのか)
「…クソが」
大村 達夫が吐き捨て、それに和田 悟が続く。
「マジでむかつく女だな…」
その様子を見つめていた累は、
ようやくあとりが抱えていた問題を理解しようとしていた。
(鷹巣はこういう連中も来ることが分かっていたから、
前に進むことを拒んでいたんだな…)
「まぁいい、たまりにたまった鬱憤は…今日晴らせるんだからよぉ」
「ひひっ!だよな!」
大村と呼ばれた男が、振り出すだけで伸びる特殊警棒を構え、
和田と呼ばれた男が、電気ショックで対象を無力化するスタンガンを取り出す。
ふたりは目で合図を交わすと、
ほぼ同じタイミングであとりに襲いかかった。
「死ぬほど後悔させてやるよ!」
「ったく、だから犯罪者って嫌いなのよね…」
安っぽい脅し文句と共に、特殊警棒とスタンガンがあとりに迫る。
だがその刹那、つむじ風のように回転する累が、
あとりや和田達の間に滑り込んだ。
そして、超高速で回転したまま大村の顎に裏拳を喰らわせ、
続けざまに和田の腕を掴んで体を地面に叩きつけた。
「…すごい」
その流麗な動きに、思わずあとりが目を見開く。
だが攻撃を受けた男達は何が起きたのかわからず、
ただ目を白黒とさせていた。
「うぐぐっ…」
「な、なにが…起きたんだ?」
「わお!鮮やかだね!今のって中国武術?」
地面に転がる男達を見て雲雀が声を弾ませるが、
累は質問を受け流し、あとりの顔をそっと覗きこんだ。
「鷹巣、大丈夫か?」
「助けるなんてバカね…」
「はっ?助けたのにそれはないだろ…」
「…バカよ。だって、私はキミのことも記事にした張本人なんだから」
「だからって見過ごせるわけないだろ?
それに、こんなやり方は絶対に間違ってる…絶対に」
累がそう呟いた途端、すぐ傍で悲鳴があがった。
「ひいいっ!許してくれ!
反省してる!だからもう勘弁してくれ!」
「…黙れ。お前が反省したところで妻は戻ってこないんだぞ…」
「ううっ…ごふっ…。こ、殺すなら…もう殺して」
「娘もね、自殺する前…そうやって泣いてたよ。それなのにお前達は…」
鮮血にまみれた遺族が、妻の仇、子の仇と泣き叫びながら凶器を振り下ろす。
自然溢れる奥多摩の山中で繰り広げられる惨劇は、
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図といった様子だった。
「これが…更生に繋がるって言うのか?
これが刑だって言えるのかよ!」
怒りと悲しみで縁取られた累の絶叫が木霊する。
それに呼応するように、
モニターに映る水鶏(くいな)がやれやれと肩をすくめた。
「あーあ、なにを少年漫画風に叫んでんだか…。
つーか、あんただって父親の仇を討ちたいんでしょーが!」
冷めた眼差しの水鶏が累に事実を突きつける。
その衝撃的な言葉に打ち抜かれ、累は思わず目を見開いた。
「お前…俺の目的を知ってたのか!?」
「うん、もちろん!だから真実を暴いて、
にくーいあんちきしょうをぶっ殺してね!」
水鶏は目の横でピースサインを決めると、舌をペロッと出して見せた。
しかし、累が挑発に乗ることはなかった。
言い返せば言い返すほど水鶏が喜ぶということは、
もう十分理解していたから。
すると――。
「…被害者はね。ここにいるクズ共以上の理不尽を味わったの。
それをあんた達は想像したことある?」
水鶏はいつもと違う極めて真面目な調子で、
静かに語り始めた。