テラーノベル
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涼翔./Suzuka
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「ちょっと、引っ張らないでください火星さん! 足がもつれてしまいます……っ」
「黙って走れ地球! お前がジメジメ泣き止まねえから、さっきから手が滑って仕様がねえんだよ!」
金星の灼熱の雲から逃げ延びたアリスと火星(三月ウサギ)は、無数の岩石が乱雑に飛び交う小惑星帯のチリに足を取られ、派手に転んでしまいました。アリスの泣き虫(海面上昇)のせいで手首が濡れ、火星の手からすり抜けてしまったのです。
火星が「ったく、これだから軟弱な内惑星は……」と悪態をつきながら立ち上がろうとした、その瞬間でした。
――ズ、ウゥゥン。
空間そのものが悲鳴を上げるような、凄まじい地響きが宇宙の真空を支配しました。
同時に、光すらもグニャリとねじ曲げるような、圧倒的なプレッシャー(重力)が二人の全身にのしかかります。あまりの重圧に、火星の膝がガクガクと震え始めました。
恐る恐るアリスが見上げると、そこには、宇宙そのものを切り取って座らせたかのような、巨大すぎるシルエットがどっしりと構えていました。
「なんや、騒がしいと思ったら火星のガキと……お、そっちの青い娘さんが噂の『アリス』かいな」
紫色の煙(ガス)を細長いキセルからぷかりとふかし、巨大なソファに腰掛けている大男。大理石のような美しい縞模様の着物を気だるげに着崩したその男こそ、太陽系最大の惑星――木星(イモムシ)でした。
地響きのような重低音の関西弁が、アリスの鼓膜を震わせます。
「自分、ちょっと顔見せてみィ」
「ひゃっ……!」
恐怖した火星がアリスを背中に隠そうと、錆びた剣に手をかけました。しかし、木星がキセルを持つ指先をちょいと動かした、ただそれだけの動作で――。
「ぶふっ!?」
ドォン! と火星の背中に十倍もの重力が叩きつけられ、火星はカエルのようにその場の床(空間)へとへばりつけられてしまいました。指一本、動かすことすら許されません。
「ひゃああっ!? 火星さん! ……あ、あの、木星さん……でしょうか。ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 私が自分の軌道を外れて、皆様のエリアをお騒がせしてしまったせいです……っ」
圧倒的な質量を前にして、アリスは恐怖のあまり、またもやポロポロと大粒の涙を流し始めました。誰にでも丁寧な敬語を使い、怯えながらも必死に自分を責めて頭を下げるピュアな少女。
その涙を見た瞬間、木星の鋭い眼光が、一瞬で消え去りました。
「……あちゃー。うわ、ちょっと待ち、そんなに泣かんでもええがな!」
木星は慌てて凄まじい重圧を解除すると、ソファからずいっと身を乗り出しました。
「なんや自分、めちゃめちゃ健気なええ子やんけ! おい火星、ワレこんな可愛い子を泣かすような大声出すなボケ! うわ、見てみィ、アリスちゃんのドレス水浸しやん、可哀想に。ほら、これ使い」
木星は自分の着物の袖から、アリスの体ほどもある巨大なハンカチを取り出すと、アリスの涙を「よしよし、怖かったなぁ」と豪快かつ優しく拭い始めました。その包容力は、完全に大阪のオカンのそれでした。
「ほら、これ飴ちゃんやるから。舐めて元気出し。お兄さん、別に怒ってへんて!」
木星の大きな手のひらに握られていたのは、色とりどりの巨大な飴玉でした。
アリスがパチクリと目を丸くしながら、「ひゃい……ありがとうございます……(なめなめ)……おいひいです……っ」と涙を引っ込めると、木星は「せやろ、美味いやろ」と目尻を下げてアハハと笑いました。
その時です。空間にけたたましいサイレンが鳴り響きました。
木星のエリアの乱れを感知し、太陽系の外側から、軌道を外れたアリスを捕食せよと、凶暴な「巨大小惑星(隕石の怪物)」が猛スピードで突撃してきたのです。
「地球、危ねえっ!!」
床から立ち上がったばかりの火星が叫びますが、迎撃は間に合いません。しかし、木星はアリスの頭にそっと手を置いたまま、キセルをくわえ直して不敵に笑いました。
「……ワレ、誰の目の前でチョロチョロ動いとんじゃ。うちの可愛いアリスに指一本触れさせへんぞ、ボケぇ!」
木星がキセルをコン、とソファの縁で叩いた、その刹那。
アリスたちの周囲に、空間を丸ごと歪めるほどの『絶対重力バリア』が展開されました。突撃してきた小惑星の怪物は、アリスのドレスの裾に届く遥か手前で、木星の強大な引力に強引に吸い寄せられ――。
バキバキバキバキッ!!!
木星の背後の空間で、文字通りチリ一つ残らないほど木っ端微塵に圧殺(ガード)されました。
「ひゃああっ……! 大きな岩石の怪物が、一瞬で粉々に……!」
「ま、これが太陽系の『盾』の仕事や。外から飛んでくる物騒なモンは、全部おっちゃんが身代わりになって吸い込んだるからな。自分を守るくらい、わけないわ」
木星は大きな手でアリスの頭をぽんぽんと叩き、安心させるように笑いました。
「ここは安全やから、ゆっくりしていったらええ。……と言いたいところやけど、あんまり長居すると女王様に居場所がバレてまうな。次はあの『横倒しのいかれお嬢様』のところを通らなあかんみたいや」
木星はキセルの煙の向こう、怪しくシアンブルーに光る次の軌道を睨みつけます。
アリスは飴ちゃんを大切に握りしめながら、頼れるオカンのような木星に見送られ、さらなる奇妙な深淵へと足を進めるのでした。
(第3話・完)