「ねぇ〜ピアーニャちゃん総長〜、アリエッタ可愛いと思わないですかー?」
「なんだ『ピアーニャちゃんそうちょう』って、これいじょうヨうまえに、さっさとチョウサしないとな……」
目の前に調査対象があるというのに、突然のミューゼのいらない変貌で困り果てるピアーニャ。
「いや、もどったほうがいいか? パフィとチェンジで」
「なんでー!? ねぇなんで~? 総長ちゃ~ん」
「えーい、うっとーしいな!」
気持ち悪い物を見るかのような目で睨み始めるも、このままここに居続けるのは危険だというのは明白である。主にミューゼが原因で。
ちなみに、ピアーニャは本来誰よりも大人なので、酒には慣れていた。見た目のせいで、人前では飲んでいないだけである。
酔っていてはまともに調査が進められないという事で諦め、問答無用で引き返そうと決めたその時だった。
「よぉ~し! アリエッタの為にアレを調査するぞぉ~!!」
突然ミューゼが気合をいれて、『雲塊』の柵を超えて……飛び降りた。
「ちょまてえぇぇぇぇ!!」
ピアーニャが止めようとした時には既に遅く、ミューゼは楽しそうに落下していった。
降下中だったとはいえ、まだ地面からかなり離れている。明らかに助かる高さではない。大急ぎで落ちて行ったミューゼを追いかけるピアーニャ。
「おまえがしんだらダレがアリエッタのメンドウをみるんだ! わちはイヤなんだぞ!」
毎日アリエッタに手を繋がれながら日々暮らす光景を、走馬灯のように思い浮かべ、叫びながらミューゼに接近するその姿は真剣そのもの。しかし、叫んでいる内容は和やかなものである。
「ゴハンはあ~んされる。ねるときはナデられる。でかけるときはテをつながれる。ぜったいシゴトにもついてくるだろアイツは!」
一方、涙目で訴えているピアーニャには気づかず、空中で杖を構えるミューゼ。
魔力を込め、地上に向けて思いっきり解き放った。
「えーい!!」
蔓が数本伸び、地面に突き刺さる。杖から蔓を出したままミューゼが落下を続けると、蔓の一部がしなり、杖に捕まるミューゼの落下速度が遅くなる。
「おぉ……あいつあんなコトもできるのか?」
追いかけていたピアーニャが減速しながら、思わず感嘆の声を漏らした。しかし、それもすぐに絶叫に戻る事となる。
杖側の蔓がしなり、ミューゼの落下を止めた……まではよかったのだが、なんとその次の瞬間、蔓が戻る反動でミューゼが空中へ放り投げられた。しかもその勢いで杖から手が離れてしまった。
「うわああああなんだあああああ!?」
「わー」
突然の事にピアーニャの反応が遅れてしまう。そしてそのまま落下し……
ぼちゃん!
「はぶっ!!」
なんとアリクルリバーのため池の中に落ちてしまった。
「わあああああ!! なんでおまえはジタイをすごいいきおいで、わるくしていくんだ!!」
水に落ちて助かったという安堵と、この後絶対もっとややこしい事態になるという絶望が、ピアーニャに同時に降りかかる。
慌てて蔓を切断して杖を回収。そしてミューゼを拾う為に池の上へと移動した。次の瞬間、池が勢いよく噴出した。
「なんだぁっ!?」
「うにゃはははははは!!」
間欠泉のように噴き出す酒の上に立っているのは、もちろんミューゼである。顔を赤くして両手を広げて笑っている。
「アリエッタは世界一かわいいぃぃぃぃ!!」
「なにいってるんだ!? っていうかツエなしでも、みずのマホウつかえたのか!」
酔っぱらったミューゼは、何も考えずに勢いだけで操っているが、酒であろうと液体は水分である。
そして杖という触媒が無くても、植物の魔法以外は普通に使えるのだった。今はちょっと暴走しているが。
「そうちょー! アリエッタはあげましぇーん!」
「いらんわっ! いいからもどってこい!」
「そうちょーも飲むぅ?」
「しごとちゅうに──」
「ねーねー、あの子って何が好物かなー?」
「たのむからカイワをしてくれっ!」
クリムにもそうだったが、酔ったミューゼは一方的に話しかける癖がある。しかも内容も飛びやすい。さらに困った事に、前回より元気に動いている。
どうやら酒乱のまま少し慣れてしまったようだ。
「クッソめいわくだなっ!?」
しかしこの状態のミューゼを放っておく事は勿論出来ないので、どうにか安全に運ぶ方法を考える。
『雲塊』で捕獲するか、説得するかで一瞬悩もうとしたが……
「ハナシがつうじないから、ホカクしかないだろ……」
他にどうしようもないので、即決していた。
すぐに『雲塊』を伸ばし、ミューゼの体に巻き付けようとする。
なんと無抵抗で捕獲出来てしまった。
「いやーん♡ アリエッタたすけてー♡」
「またわけのわからんコトを……とにかくもどるぞ」
しかしこのまま大人しく思い通りになる酔っぱらいではない。宙ぶらりんのまま近くに置かれていた杖を手に取り、魔力を込め始めた。
「いっくよぉー! 橋を壊す悪い池を、やっつけろぉ〜!」
「ちょっとまてぃ!」
ミューゼが杖を振り下ろすと、今度は茶色のモノが飛び出した。
「これはネか?」
出てきたのは蔓ではなく、植物の根。それが池に突き刺さる。
何かと思ってピアーニャが見ていると、すぐに変化が起こり始めた。
「いけのサケが……なくなっていく? もしかしてキュウシュウしているのか?」
「ほれほれ飲め飲めー、そんでもって素敵な実をつけろー」
何をしているのか分からないピアーニャは、その言葉の意味を問う為にミューゼを見る。が、それを見た瞬間、少し驚いて固まってしまった。
ミューゼの杖の先端の少し下に、果物のような物が生えてきた。しかもだんだん大きくなっている。
「またヘンなツエをもっていたんだな。なんなのかは…ヨってないときにでもきくか」
実を眺めている内に、池の酒はかなり少なくなっていた。上流側の壁の水路からは変わらず酒が流れてきて、下流側の壁の下部には水門の口があり、川へと流れ出ているのが見えるようになっている。
「ずいぶんキュウシュウしたな……たまったことでハンランしたのなら、あのスイモンはこわしてしまったほうがいいのだが……これつくったのってアクマだよなぁ。なんのためにつくったんだ?」
「ほっほーう、そえじゃあ、こわひてくるねぇ~♪」
「…………は?」
ピアーニャが独り言を呟いている間に、大きな実を作ったミューゼは満足して根を消していた。そして呟きを聞いて、意味なくやる気を出して、フラフラとした足取りで『雲塊』の端へと向かい、再び飛び降りた。
「ってうおぉい!? いつのまにホバクからぬけだした!? ってゆーかフラフラじゃないか!」
今回は地上近くにいた為、無造作に飛び降りても着地は出来る。が、足取りがおぼつかないミューゼは、着地した際にゴロゴロと転がってしまう。
「うぉうぉうぉう~……せか~いがぁ~まわ…まわるぅ~ぅ~」
「アイツもうダメだろ……」
数回転してピタリと止まったミューゼ。ほんの少し間を空けて、突然ゆらりと立ち上がった。
「ふふ……ふふふ、うふふふふ」
突然笑いだしたミューゼを、再び気持ち悪い物を見る目で眺めるピアーニャ。今は近づきたくないと思っている様子である。
「池め、よくもやったなぁ! そうちょーのカタキぃ!!」
「なんでそうなったー!?」
意味が分からな過ぎて、ピアーニャは全力で絶叫した。
そんな叫びは一切耳に入らず、地面に杖の先端を向けながら、実に魔力を込めるミューゼ。すると先端の水晶ではなく、実の方が光り出した。
「なんだっ!?」
光った実は、そのまま光となって地面に撃ち込まれる。するとすぐに地面が盛り上がり、地中からミューゼの3倍程の巨大な木人形が出てきた。
まさかミューゼにそんな事が出来るとは思っていなかったピアーニャは、あんぐりと口を開けて驚いている。
「………………」
「よーしアリクルちゃ~ん! あの水門を壊しちゃってぇ~!」
なぜか名前までついていた。
「ってちょっとまてー!! こわすかどうかロンデルとそうだん──」
どごぉぉぉぉん!!
有無を言わさぬウッドゴーレムの一撃で、水門が吹き飛んだ。
ピアーニャは頭を抱えるが、ウッドゴーレムを作る時にミューゼが池の酒をほとんど吸収していたお陰で、川の流れはほぼ変わらないままだった。
もちろん酔ったミューゼが、そんな事を考える訳がない。実を作る為に必要ではあったが、偶然である。
「うぅ…あさからつかれた……」
「? そうちょー?」
精神的に疲労困憊のピアーニャは、今度こそミューゼを捕まえ、ロンデル達の元へ戻る事にした。
ゆっくり戻るピアーニャ達の後ろには、ミューゼを追って歩くウッドゴーレムがいる。
ピアーニャはチラリと振り向き、憂鬱そうに呟いた。
「なんつーサケくさいゴーレムだ……」
濃くなっていたアリクルリバーの池を凝縮し、そんな実で作ったウッドゴーレムである。甘い酒の匂いを、これでもかと言うほど放っていた。
憂鬱なピアーニャに対し、動けないように捕縛されているミューゼ。大人しくしていると思いきや、アリエッタとパフィの事を思い出しながら、幸せそうに気持ち悪く笑っていたのだった。
そして……そんな酔っ払い達の姿を、岩の影から何者かが見ていた。
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