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「お願いやってシャオさん!シャオさんの暇な時間に合わせるから!」
日も南を通る頃、訓練場から少し離れた小さな広場から切羽詰まった懇願の声が響く。
「えぇ~…でも大丈夫か?最近あんまり元気無さそうやけど」
交渉先であるシャオロンに歯切れの悪い返事を返された上に、お願いした方の人物…チーノ自身の心配をされてはあまり強く出ることも難しくなった。しかし、諦めきれない様子でぐぬぬと分厚い眼鏡に覆われた顔でもわかりやすく険しい表情を浮かべながら、「そこをなんとか…」と言葉を捻り出していた。
「俺も今はやめた方が良いと思うんやけど」
口を挟んだのは先程から木陰でサボ…休んでいたショッピである。傍から見ても疲労が蓄積しているのが見てわかるほどにふらついているというのに、身体の限界を感じながらも無理を貫くようなチーノに我慢ならなくなったのだ。
「あ!ほら、ショッピくんもそう言ってるで」
「えぇ?!ショッピ、何でお前まで…」
突然の加勢にシャオロンは先程の困り顔から途端に表情が明るくなり、チーノはわかりやすく険しい顔から今度は動揺が全面に出ている。
「だってお前、最近書類多いねんな~ってボヤいてたやんか」
「え!やっぱ書類多いん?確かにチーノお前、パッと見てもわかるくらい疲れてそうやで」
ショッピの登場により投げかけられる言葉は確かな事実ばかりだった。それは何よりチーノが一番知っていて、うぐ、と言葉を詰まらせ、悔しそうに、残念そうに俯いた。
「まあほら、今訓練つけてやることはやめよか~ってだけで、またチーノが休んで元気になったらいくらでも付き合ってやるから!」
勢いを無くしたチーノにシャオロンは心配するなとぽんぽん肩を叩いた。それからしっかり休んどけよ!と言葉を残し一般兵の訓練のため、訓練場へ駆け足で向かっていった。
「まあ、シャオさんが言った通りやで。書類もちょっとは手伝ってやるから早く休ん…」
「ショッピ、お前は今空いてるんか?」
え、とショッピは身体が少し強ばった。それはチーノを心配しての言葉が遮られたからでもなく、訓練場に去っていったシャオロンを見送ったチーノが振り向き、分厚いレンズに隠されたためこちらからは見えない筈の瞳が鋭くショッピを捉えているような気がしたからだ。
「ま、まあ…午後からは訓練があるけど、まだ時間はあるしな」
すっかり表情が読めなくなったチーノに、ショッピは内心少し疑問と焦りを抱きながら至って冷静に返答した。
「そっか!ならちょっと近接の練習したいから付き合ってくれへん?」
これにはショッピもすっかり絶句したが、すぐに怒りが込み上げた。
「お前話聞いてたか?!一旦休んでから体調が万全になった状態で訓練やろかって話やったやん!」
「大丈夫やって!書類はなんとか終わったし俺もちょっと体動かしたいねん」
驚きと怒りを込めて捲し立てるも、その怒りはどうにもチーノに届いていないようで、あまつさえ余所行きの笑顔を浮かべていた。
「ショッピもわかるやろ?書類終わったらとにかく動きたくなんねん」
「いやまあ…それはわかるけど」
「やから頼む!30分とかで良いから!」
ショッピはしまったと内心悔いていた。チーノはシャオロンの言葉に素直に従おうとしたわけではなく、いくら高度な話術を持っていたとしても、有利とは言えない二対一の状態から抜け出すためにシャオロンを見送ったのだと今気がついたのだ。
「でもチーノあんまり寝てないやろ?どんくらい寝たんや」
「徹夜はしてへんから大丈夫や!」
「どんくらい寝たんや」
「…二時間」
「解散で」
「待ってやあ!ショッピと戦ったらすぐ寝るから!」
「…ほんまか?」
「あ゙~~~疲れた…」
ショッピは元々疲れていたであろう身体を更に疲れさせるようにするのは流石に忍びなく、なるべくさっさと決着が着くように容赦はしなかったが、チーノがかなり食らいついてきたため、想定していたよりかなり長い時間戦ってしまった。
「お前体鈍ってるって言ってた割には結構動けるようになってんな」
「そらずっと体動かさん訳にはいかんしな」
「え、お前書類遅くまでやってた上に自主練してたんか?」
「そりゃそうやろ」
「…お前マジでさあ」
あの動きは良かったで、と素直に褒めているとまた爆弾級の事実を明かされたショッピは、模擬戦からきたものではない疲労感にため息をつきながら額を手で覆った。書類による睡眠不足や不調に加え、自主練までしていると知っていれば模擬戦もやらなかったのに、とショッピは心の内に呟くが、きっとチーノもショッピの行動を考えた上であえて言わなかったのだろうということも容易に想像できるため、尚更たちが悪いと思う。
「…立てるか?チーノ」
「うーん…ちょっとムズいな!手伝ってくれる?」
当たり前やろ、と言葉にはせずともショッピは手を伸ばし、チーノはその手をしっかりと掴み、体を起こした。
手を離そうとした時、チーノのバランスが崩れ、危うく倒れそうになるところをショッピが大急ぎで支えた。
「はぁ~…」
「あはは、すまん…」
呑気に笑うチーノにショッピは一瞬また苛立ちを覚えたが、申し訳なさそうな声色にすぐに怒気を抜かれた。
「…さっさと医務室行くで」
「ええー?!俺の部屋じゃないん?」
「こんな状態になるんやったら医務室行く方がすぐ治るわ!お前一人やとろくに休みそうにないし」
ひっでえーとチーノは文句を言うが、ここまで振り回されたんだから次はこちらだと言わんばかりにショッピはチーノの片腕を取り自分の肩に回して歩き始めた。
「肩貸してくれるん?やさしー」
「いいから。ほら後ちょっとやぞ」
「俺らの身長の問題やけどちょっと移動しづらいな」
絶えず喋るチーノにショッピは雑にあしらっていたが、あしらう中でこのチーノの様子が、体はボロボロだが話す元気があるのか、空元気なのかは核心を掴めずにいた。
「ってことなんで、ちょっとベッド借りますよ」
りょーかい~と、通信相手から軽い了承の返事が返ってきたため、ショッピはプツリと通信を切る。ここは医務室の隣の部屋で、ベッドが数台と、カーテンと小さなテーブルのみのシンプルな寝室である。札にも寝室と書いてあるのだが、用途は医療的なものであるため、多くの者が医務室と呼んでいる。
「抜け出すとかしたら縛り付けるからな」
「おお怖…しっかり休まさせて頂きマス…」
ショッピが少し脅せば、チーノはそれを冗談と受け取るにはショッピの顔が真剣そのものだったため、素直に従うことにした。チーノは本格的に寝ようとするために、いつもの分厚い眼鏡と首にぶら下げた懐中時計を外し、ベッドから少し離れた机に置いてくれと言った。ショッピも素直にその希望に従った。
「なあチーノ、何でお前はそんなに焦ってるんや」
少しの空白の時間を経て、ショッピはようやく抱いていた疑問を口にした。
「ん?そんな焦ってるように見えてたんか」
「隠せてると思うんなら重症やで」
「そんなに…?」
ショッピが鋭く言葉を返すと、チーノはきょとんとした顔から段々、申し訳なさそうな表情に変わった。ショッピはいつもの眼鏡が無いと、尚更表情がわかりやすいなと疲弊を隠さなくなったちーのの顔をまじまじと眺めていた。
「俺…みんな知ってると思うけど、詐欺師やってたときにトントンに引き抜かれてんな」
「ああ、それは聞いたことあるなあ」
ぽつりぽつりと俯きながら弱い勢いで話し始めたチーノに、ショッピは普段通りのテンションで相槌をうつ。
「やから軍のこととか詳しくはないし、戦闘の基本のきも基礎のきも無いねんな」
「でもようやっとるやん。一対一で勝つのはムズくても、団体戦とかよう貢献してるやろ」
「それじゃあかんねん…」
「あかんのか」
「うん…」
今にも泣き出しそうな声色対し、ショッピは焦りと、掛ける言葉が見当たらない自身の不甲斐なさと、悩みを打ち明けてくれているほんの少しの安心を抱えていた。
「俺…みんなと肩並べて戦ってみたいし、何より…トントンにちゃんと恩返ししたい」
「恩返し?」
「うん。多分あのまま詐欺師やってたら軍におるより早死にしそうやった、ってか死んでたし…ここにおる方が前よりずっと楽しいし」
「そうか…」
僅かに柔らかくなったチーノの表情で、ショッピの顔も少し綻ぶ。
「でもやっぱりここって実力が物言うところやからさ。今も全くそうじゃないわけじゃないけど…守られてる側やったやん」
「強くなってるとは言え特にチーノはガバりやすいもんな。でもそれも最近減ってきてるんちゃう?」
「そうかな…そうやといいけど。…詐欺やってた時に俺引き抜かれたって言ったけど、マジで殺される一歩手前でたまたまトントンに助けてもらっただけやからさ」
てっきりチーノがトントンを詐欺に掛けたりとか、ひょんなことから勧誘されたのだと思っていたショッピは思わず目を丸くした。
「詐欺で生計立ててたし、ろくな経歴も無いから…俺ができる恩返しって、早く軍人として一人前になること以外には、もっと強くなっていざって時にトントンとか、みんなを守れるようになりたいねん…あ、これは流石に秘密な!」
チーノは泣き出しそうな面立ちから段々、懐かしむような表情になり、次第に弱ったような笑顔を見せ、ふふ、と穏やかに笑った。けれど、ショッピからすればその笑顔は繕ったものよりずっと眩しく思えた。
「チーノが言うなら別に誰にも言わんよ。強くなりたい気持ちも一人前になりたい気持ちも大事やけど、休むこともお前の仕事のうちやからな。無理したって誰も喜ばんで」
「そっか…。たしかに、少なくともショッピは俺のこと心配してくれてるもんな!」
柔らかい微笑みを浮かべたかと思いきや、突然いつものようないたずらっぽい悪い笑顔がチーノに戻ってくる。普段と違うのは眼鏡が無いから表情がより読み取りやすいだけで、瞳さえ見ればすっかり心は元気を取り戻したのだろう、とショッピは簡単に察することができた。
「…シャオさんも気遣ってくれてたやろ。とにかく、今日はもう休めよ」
ショッピ顔赤いで~わかりやす~、と茶化す声を無視してショッピはベッドの脇の椅子を片付け、寝室の出入口まで歩いていく。最後にショッピがちゃんと寝とけよ、と念を押すと、わかってるって~と、間の抜けたチーノの声が控えめに響いた。
あの様子だと大人しく休んでくれるだろうと踏んだショッピは、寝室から出て午後の訓練まで自室で書類でもして時間を潰そうと思い、幹部棟の方向へ向かおうと思ったとき、寝室の扉のすぐ横にもたれかかっているトントンに気が付き、声こそ出なかったものの、驚きで大きく後ずさった。
「ト、トントンさん…」
「おう。ショッピくんお疲れさん」
「あ、お疲れ様です…」
控えめな声量で軽く挨拶を交わしてからおや、とショッピは違和感を覚えた。トントンは普段書記長室に籠りっきりで、寝室は無理矢理連れ込まれるだの、連れて行くにも手段が荒々しすぎるので──トントンの往生際が悪いせいだが、ショッピは突っ込まないことにした──嫌な思い出しかないから行きたくないと本人が言っていたため、トントンから進んでここに来る理由というものが思い当たらないからである。
「ここに何か用があったんすか?」
「え?んー…まあ、まあ…」
手本のような歯切れの悪い返事にショッピもハテナを浮かべるばかりである。同時に、わざわざ業務を一度切り上げてまでここに来る理由に興味すら湧いてくる。
「トントンさんがわざわざここに来るなんてよっぽどの用事があったんすね」
「あー、ちょっと絆創膏を取りにな」
「その割には医務室じゃなくて寝室前でガン待ちしてましたけど」
トントンのなんとも不自然な言い分にショッピが鋭くつっこむと、トントンは気まずそうに逸らされた目を一度伏せ、大きく息を吐いた。
「う…ショッピくんには敵わんな…」
「トントンさんがこの手の嘘ヘタクソなだけじゃないすか?」
なんの悪意もなく、単に指摘するつもりで呆れ顔のショッピは呟いた。
ここで話すのもなんやし、と医務室から近い談話室へ、ショッピはトントンに連れられて向かい合うように座っている。
「…いや、話すことって言っても、俺はトントンさんの事情に踏み込むつもりなかったんすけど」
未だ呆れ顔のショッピは困ったようにトントンを見る。
「てかトントンさん、あそこにおるの見られたらまずいとかあるんすか?」
「いや、そういうのじゃない…んやけど」
いつになく気まずそうなトントンにショッピの頭はもはや疑問符しかない。
「今あそこってチーノが寝てるくらいなんですけど…」
「そ、うなんか」
「反応薄いっすね?知ってたんですか?」
「んなわけないやろ…」
「…今白状すれば誰にも言いませんよ。約束します」
「………ほんまか?」
ショッピは興味本位で適当にカマをかけたことを非常に後悔していた。最初はマジで釣れたぞ!?と、驚き半分喜び半分で内心舞い上がっていたのだが、
「あいつ危なっかしいとこあるやん」
「戦闘面を買ったわけでもないから特別強いわけでもないし、巻き込まれてからじゃ遅いと思うねん」
「たしかにせめて自衛くらいはできるようになってほしいけど」
「あいつは基地におった方が安全…やろ」
…という経緯でチーノの懐中時計は少しだけいじられていて、ちょっと音声が聞けちゃったりちょっと居場所がわかっちゃったりするという、突然投げ掛けられる話としてはあまりにもインパクトの大きいものをぶつけられ、ショッピの脳はすっかり混乱と思考と疑問がぐるぐるしている状態である。さすがに仕組んだ懐中時計については徹夜でどうかしてたんや…と申し訳なさそうな表情を浮かべるトントンがいたが、元通りに直されていないあたり、内心反省はしてないな、と、そして、チーノはそれを知らないんだろうな、とショッピは特に根拠の無い確信を持っていた。
「…チーノやって、ひたむきに努力して今結構強くなってますけど、それじゃあかんのですか」
先程チーノから聞いた無理の理由を知っていれば尚更、一方的なように見えるこの束縛を払ってやりたいと思い、ショッピは声を上げた。
「そうやけどな、もし任務とかでガバったらどうするんや?立場的にも敵国に捕まったら無事でいられるのもほぼ無理やろ。良くて拷問、最悪……とにかく、起こってからじゃ遅いねん」
トントンの過保護とも言える…否、それ以上の返答にショッピは思わず絶句する。
「なるべく基地にいてくれるようにしてるけど…やっぱり、自主練してるよなあ」
いやチーノならどこ行く時にも懐中時計は付けていくから自主練は知ってたでしょ、というショッピの率直な感想は喉まで出かかったが、音となって出ることはなかった。というか、基地にいてくれるようにということは最近チーノが書類が多いと嘆いていたのは…と考えて、ショッピはすぐに思考をやめた。何か触れるとよくないものに触れてしまいそうな気がしたからだ。
しかし、トントンの安全計画も脆いものだとショッピは思う。何せあの真面目で努力家なチーノが書類に追われているからという理由で、身体を鈍らせるような人間ではないことが先程十分に証明されたからである。もしもトントンが…本当にチーノに膨大な書類作業を割り振っていたとしても、それは彼を壊す要因の一つにしかならない。これでは本末転倒ではないか。
「でも、チーノは、あいつも、…」
ショッピの語気が小さくなっていく。ショッピだけの問題ではない──何なら第三者である──ので大して強く出られないのだ。正直、チーノの気持ちにも共感できる部分があったし、そっちを尊重してやりたい。けれど、トントンの気持ちもわからないわけではない。誰だってリスクは冒したくないものである。特に、変なところで気を抜くチーノにはきっとトントンも心労が溜まっているのだ。それでも、チーノの努力、気持ちを蔑ろにしたくない。
「…せめて、書類を少しくらい減らしてやれませんか。穴埋めは俺がやりますんで」
根本的な解決には至らないかもしれない。それでも、ショッピはこれでチーノに少しでも余裕ができれば、の一心でトントンに交渉を試みる。トントンは怒りや驚きを顕にするわけでもなく、しかし、確かに動揺した表情をしている。それを見て、ショッピは更に畳み掛けるように椅子から立ち上がり、交渉を進める。
「今回は俺が休ませれましたけど、この調子やと今度は誰も見てないとこでぶっ倒れますよ。いくらトントンさんの懐中時計があったとしても、倒れる程根詰めさせる必要は無いはずですよ」
ショッピは言い切った後、気持ちが少し静まったので椅子に座り直した。実際にチーノが倒れた訳ではないのだが、いずれそうなっていただろとショッピは内心で自分で生んだ重箱の隅をつつくような事実を蹴飛ばした。トントンは動揺を表情から蒸発させた後、しばらく厳しい顔をしていたが、ふう、と息をつくとへなりと眉を下げて困ったような笑みを浮かべた。
「…そんな頼まれたら俺も却下やとは言えへんな」
「ま、じですか」
「おうおう、どっかの誰かと違って心はあるんだよなあ」
トントンはそう言うと今度はニッと笑って自身の胸を叩いて指した。
「俺も別に、チーノに体壊してほしいわけじゃないしな」
「…それが聞けただけで十分すわ。最近あいつほんまに忙しそうにしてたから、トントンさんの恨みでも買ったのかなって思ってました」
「いや~…」
実際は恨みとは全く違う気持ちを向けているトントンは、ショッピの皮肉に対しては気まずそうに目を逸らして苦笑いをしている。
「ま、チーノがほんまに辛そうなら俺が何とかしてやれるからショッピくんが気負いすぎることはないで」
突然、トントンが言い出すのでショッピは純粋にその自信はなんだという疑問や、呆れ気味に何とかできるのも懐中時計のお陰だろうという意見を抱えつつ、平静を保ちながら「どうしてです?」と聞いた。
「やってあいつ、キャパオーバー起こしたら独り言の数ヤバなるし。てかキャパオーバー起こす前にため息の数がめっちゃ増えるから割とすぐ気付けんねんな」
ああ、マジで聞くんじゃなかった。とショッピは心底嫌そうな表情を鋼の表情筋で抑えて、したくもない相槌を打つ。こんなの四六時中チーノの音声を聞いているとカミングアウトしたようなものではないのか。こんなことを聞かされて、俺はどうすればいいんだとショッピは少し俯き思案する。素直にチーノに打ち明けるか?否、それがチーノの意欲を削ぐような結果になれば意味が無い。どんな形であれ、方向であれ、ショッピはチーノの努力家な部分を好ましく思っているのだ。そもそも、トントンに憧れの眼差しを向けているチーノがこれを聞いてどう思うのだろう。少なくとも喜びはしない…いや、わからない。わからないが、良い方へ働くのだろうか。打ち明けない方がチーノのためなのだろうか。
「じゃあチーノに振るつもりやった書類もちょっとショッピくんに回しとくな」
ふとトントンがそう言うのでショッピはハッとして頭を上げた。
トントンを前に、今考えるべきではないと意識を切り替えたショッピはしっかり瞳にトントンを捉えると重く感じる口を開いた。
「じゃあ、チーノが回復したらちょっと手の空いた分、俺が訓練つけてやりますよ」
口外に、いつかトントンに互角に渡り合えるように。もしくは、勝てるように。彼の自由を彼自身で保証させてやる、という意図を込めて。
「いや、それは大丈夫や。そこまでせんでええ」
出鼻をくじかれ、ましてや否定されたのでショッピの身体は不満感で少し強ばった。
「俺は全然平気ですよ。チーノもまた今度と言ってましたし、無理は」
「チーノは俺が訓練する」
してませんよ、と続くはずだった言葉が遮られ、ショッピは目を見開いた。
「俺が訓練するから、大丈夫やで」
捉えていたはずのトントンの表情は、眼差しは、気がつくと極寒の北国を思わせる程に冷えていた。余計なことはするな、と言われているのだろうか。見当違いかもしれないが、ショッピにはそうにしか見えなかった。絶対零度の眼差しを正面から受けたショッピは、強ばる薄ら寒い背筋を正してトントンへ言葉を送った。
「 」
どのようにして談話室から出たのか、自室へ戻ってきたのか覚えていないが、確かにわかるのが、ショッピ自身の足でここへ帰ってきたことであった。あの極寒を浴びて、自分はなんと言ったのだろうか。もし、極寒の中で発した言葉がチーノを苦しめることになっていたら、なるかもしれない、いや、あれは自分に意見を仰ごうとしているように振舞っていたが、一歩たりとも譲ろうとしていなかった。既に凍っていて、固まっていて、手袋すら持たない自分では何も為す術が無い氷だった。ああ、どうしよう。チーノも、トントンさんも、自分もどうなってしまうのだろう、と、ショッピは枕に顔を埋め、ひたすらに己を悔やむことしかできなかった。帰ってきたこととは投獄と同義である、と。トントンへの言論の自由は剥奪されたのではないかと錯覚したショッピは無理矢理そう結論付けた。
日はまだ高い。ショッピは窓から見える青空と、白と言うには濁った雲を明日と重ね合わせて瞼を閉じた。午後から始まる訓練まで、ショッピができる最大限の現実逃避であった。
おまけ↓(蛇足)
ああ、可哀想に、チーノ。お前はきっとこれからトントンさんに手加減無しでしばかれ続けるんやろな。それこそ、自分が戦闘に向いてるんやろか、と思わせる程こてんぱんにされるんや。あながち、その例えも間違いではないと思う。多分、トントンさんは書類仕事という名目でお前を囲おうとしてたけど、今度はお前の戦闘スキルをへし折ることにしたみたいや。基地内でなるべく生活が完結するようにな。外交も、前よりかは行けんかもしれん。…この推測が外れてたら良いんやけどな。
ごめんな。俺には止めれそうになかった。わかった気で介入して、お前の幸せを潰すのが怖かったってのもある。けど、それ以上に俺の頭もおかしくなりそうやった。お前の言うこともわかるけど、トントンさんの言い分も、正直、俺も腑に落ち…いや、それでも俺は自由なチーノを見たいな。うん。これは嘘やない。嘘やない…けど……いや、言い訳にしかならんよな。俺には止められんかった。それで、間違いなくちーのを傷つけることに加担していることになってしまった。それだけよな。
もし俺が…おこがましいけど、お前を支えることができたとして、それでもお前はまた傷つくだけやろ。どうしたらよかったんやろな。俺が止めるべきやったのにな。どうしたらいいかわからんかった。ごめんな。今は謝ることしかできひん。でも、諦めるわけじゃないから。
ほんの少しだけ、気休めに夢だけ見させてくれ。鳥籠から青い鳥を逃がすような、そんな夢が良い。