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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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地下室へと降りると、場違いな高級毛布にくるまった継母がこちらを睨んだ。


「ごはん、ここに置いておくから」


「……はっ。施しのつもり?」


長く手入れできずに毛玉だらけになった髪を手ぐしで直しながら、継母が言う。

かつて虐待していた継母が、虐待される側になっている。


どのような経緯で継母がここに囚われているのか、フェーデは知らない。使用人に聞いても父に聞いても明確な答えが返ってこないのだ。


継母がここに閉じ込められた理由を強いてあげるならガヌロンに反抗的だったからだが、ガヌロンはもうその時何があったかなど忘れてしまった。


理由があれば反証するなり、罪を償いきったとしてここから出すこともできるが、そもそも大した罪がなく、誰もがその理由を忘れてしまっているとなると。地下から出るきっかけがない。


そして何より、フェーデを地下でいじめていた事実があるのが問題だった。これは因果応報で、当然の報いなのだと皆に思ったのだ。


せせら笑いにきた使用人が投げつける残飯で食いつなぐ日々に、継母は心を焦がした。

それは身を焼くような屈辱だったが、すべては自分がやってきたことである。


誰も継母を助けようとはしなかった。




フェーデ以外は。


継母は置かれた食事を見る。

それは確かに残り物なのかもしれなかったが、丁寧に盛り付けられ、銀食器も添えられている。


かつて自分が虐待した娘から施しを受けるという屈辱は、耐えがたいものだったのだろう、継母は食事に手を付けずにフェーデを罵る。


「いい気味だと思ってるんでしょ? 施して、許したフリをして、自分は良い子だと思って、本当、憎たらしい……!」


別に許したつもりはない。

ただ、そう言えば言い争いになり疲れることが目に見えていたので、フェーデは黙っている。


「あなたのせいよ。あなたが、あなたが死なないから。言う通りにさえしていれば、ちゃんとあなたが死んでいればこんなことにはならなかったのに!!」


「なんで、私のアンナが敵国の王子と。なんで、なんで。うう、可哀想に……可哀想……」


激高しては泣き出す継母に、最初こそフェーデは驚いたが、三日目には慣れた。


(わたしはこんな人にいじめられていたのか)


否定され、否定され、否定されて。

価値がない、醜い、愚かだと、馬鹿にされて。


あらゆる努力は踏みにじられ、猫を殺されて。


それでも。


耐えて、耐えて。

耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えてきたのは、一体何だったのか。


こんな……こんな。

どうでもいいひとに、わたしは苦しめられていたのか。


怒りは湧いた、憎しみは消えない。

なのに、フェーデの感情はすべて凍り付いてしまう。


継母が何か怒鳴っているが、どうでもいい。


幼稚なひとだ、と。

ただそう思うだけだった。



心の凍結が止まらないことに気づいたのは、アベルから離れて数日が経ってからだった。

そもそも、これまでフェーデが回復できたのは、愛されていたからだ。


アベルに使用人達、そしてトロンの人々に、フェーデは愛されてきた。



氷の魔法を溶かす愛は、ヴィドール家には存在しない。


凍り続ける心を抱えて、フェーデは自分の終わりを感じていた。

だんだんと自分が意識を保っていられる時間が、少なくなっているのだ。


身体は動いている、人と会えば会話をすることもあるのだろう。

でも、その記憶は次第にぶつ切りになり、一日が、一週間が、一月が、一年が一瞬で過ぎ去るようになる。


おそらくこれも、凍り付いた心の性質。

自身を守る為の防衛反応なのだろう。


記憶に残らない、途切れ途切れの意識ではどれだけ長く生きても、死んでいるのと変わらない。


どこかに嫁いで愛されればいいのかもしれないが、そんなことをフェーデが許せるわけもない。無理矢理嫁がされたとしても、そこに愛は生まれないだろう。


フェーデが愛しているのはアベルなのだから。


だから、今のうちにできることはすべてやっておかなければ。

わたしが心を失う前に。すべてを。




怒鳴っては泣くを繰り返す継母が疲れた頃を見計らって、フェーデが問いを投げる。


「前から気になっていたのだけど。あなたはどこの貴族の出なの?」


継母が黙り込む。

やり過ごさせるつもりはない。


その為に毛布を渡し、食事を用意しているのだ。


とはいえ、詰問するだけで答えが返ってくるとも思っていない。

フェーデは優しい声音で、嘘をつく。



「こんなことになっているのをあなたの実家に報告すれば、圧力をかけて出して貰えるかもしれないでしょ?」


「ねえ、答えて。あなたは本当に貴族の娘なの?」

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