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本当に貴族の出かと聞かれた継母が下唇を噛む。

長い沈黙の後、継母は言った。


「……そんなの関係ないでしょ。愛し合っていたんだから」


これでは平民だと言っているようなものだ。


フェーデは考える。

この継母が平民の出だとすると、前提条件がおかしくなる。


爵位の最高位である公爵家に平民が嫁ぐなどありえない。家格の釣り合いがとれないどころではない。家格がないのだ。


アンナがアベルに嫁いだという誤報が流れた時、最初に疑問に思ったのはそこだった。


後出しでアンナを身代わりにしたと思われれば、母方の親戚から抗議の一つもあるだろう。


それはあくまでフェーデを捨て石にするということだが、アベルと一緒に暮らしたいフェーデにとっては追い風になるはずだった。親戚との関係悪化を懸念したガヌロンが渋々フェーデの存在を認めてくれるかもしれないからだ。


だが、そうはならなかった。

継母には公爵家に抗議できるような後ろ盾が、なかったのである。




この女はどうやってガヌロンに取り入ったのだろう。


そのまま聞いて答えてくれるわけもない。

継母の口を割る為に、フェーデは娘を演じ始めた。


誰かに愛されるためではなく。

ただ自分自身の為に、心を使い分ける。


「父さんとはどうやって知り合ったの? 愛し合っていたんでしょ?」


思いのほか、切実そうな声が出た。

また継母が押し黙った。


ここで黙っていればかつてあった愛を自ら否定することになる。


夫に地下へ落とされ尊厳を傷つけられた妻が、過去の幸福すら否定すればもう何も残らない。それどころか、惨めな自分を憎き前妻の娘に晒すことになる。


既に詰んだ会話でも、フェーデは手を緩めない。


「それとも愛し合っていたというのは嘘だったのかしら」


嘲弄するような声が出た。


屈辱に耐えられるほど、このひとは強くない。

フェーデの読みは正しく、煽られた継母が口を開いた。




結論から言えば、確かに継母は愛されていた。


継母が子爵家の令嬢だと嘘をつき、ガヌロンに取り入ってから適切なタイミングで真実を告げた。連れ子がいることも後出しだったが。


ガヌロンはそのすべてを許した。


当然、ガヌロンの縁戚からも、ランバルドの王からも抗議の声があがる。どこの馬の骨かもわからない者が縁者になるのなどありえないと、至極当然のことを言われた。


そしてガヌロンは……。


「え、何それ。そんなことありえるの?」


「そうなったんだからしょうがないでしょ」


確かに言われてみればそうだ。

法も慣例も、あくまで人が決めたものでしかない。


絶対のルールのように思っていたものも、全員がルール破りを容認すれば無効化されるのだ。


だからって、そんな身も蓋もないことを。


いや、あの父ならやりかねない。

むしろ、その場面でそれを選択するのは父らしいと言えた。




「そう、確かにあなたたちは愛し合っていたのね」


尊厳を保たれた継母が溜飲を下げる。

誰だって心の底まで踏みにじられたくはないのだ。


愛されると死んでしまうガヌロンにそれを続けることはできなかったけれど。確かに二人は求め合ったのだろう。


「よかったじゃない、今はどうだか知らないけど」


そこまで言うと、また継母が怒り出した。

感情に振り回され続ける女を見て、フェーデは思う。


(悲しいことね。わたし、あなたを尊敬したかったわ)


継母があらゆる罵倒を尽くしても、もはやフェーデに届かない。



ただ一言、過去を謝罪すれば。

ここから出すようガヌロンに取り付けてと言えば。


フェーデはそのようにするつもりだった。


でも、そうはならなかった。

ならなかったのだ。



カーテンコールの肖像が、すこしきらめき、消えていく。

幻想の歓声は失せ、継母の罵声が入れ替わるように聞えてくる。


我が儘で幼稚で自分の事ばかり。

それでも、これがわたしの母なのだ。


ならば恨もう。

ならば憎もう。


ただあるがままに、彼女を嫌おう。

一人の娘としてこのひとに向き合う為に。


「うるさいわね。少しは大人になったらどうなの?」


十歳の少女にそう言われて、継母は押し黙った。



そしてその翌日。

トロンで大規模な徴兵令が発布され、人々は混乱の渦に叩き込まれた。

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