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「大学生時代に知り合ったんでしたっけ?」
「そう。なんか知らんが、話しかけられた」
尊さんが言い、涼さんはニヤニヤ笑う。
「薄幸そうな文豪みたいな雰囲気があったから、一緒にいたら面白いかなと思って」
「お前な……」
私はつい、太宰治や芥川龍之介を思いだして「むふっ」と笑う。
確かに尊さんはまじめな顔をしていると、少し陰のある思い詰めた美形みが増すので、文豪と言われてしっくりきた。
「はい! 突っ込んだ質問していいですか?」
私はシュッと挙手する。
「はい、上村さん」
涼さんが先生のように私を指す。
「宮本さんの事は知っているんですが、その他の女性の事を教えてください!」
ハキハキと言った私の言葉を聞いて、尊さんは「ぶふっ」とお酒に噎せる。
「朱里」
彼はおしぼりで口元を拭きつつ、げんなりした顔をする。
「だって気になるじゃないですか。前なんて『バーでちょっと飲んで話したら、逆ナンされる』って調子こいた事言ってましたし、パパ活みたいな付き合いもしてたんですよね?」
酔っぱらった私は尊さんの過去の発言を口にし、得意げにニヤニヤ笑う。
尊さんはもう言い返す気力もなく、ソファに背中を預けて脚を組み、お酒を飲んでいた。
「あー、それなー」
涼さんは心当たりがあるという言い方をし、ニヤッと笑って尊さんの表情を確認する。
「聞いても妬かない?」
「ウェルダンで妬くと思いますけど、気になってるのを放置するほうが気持ち悪いですし」
「『焼く』の意味が違ぇよ……。食いしん坊が……」
尊さんがボソッと呟いたあと、涼さんは話し始める。
「んまー、褒められた付き合いはしてなかったな。俺が知ってるのは大学生以降だけど、顔がいいもんだから告白されて付き合って、相手の望み通りデートやら贈り物やらして、ホテルにも行って。……でも心の底には朱里ちゃんがいるわけだろ? 女ってそういうのピンとくるんだよな。『私の事を見てない』って言ってフラれて、また告白されて……以下同文」
『心の底には朱里ちゃんがいる』を聞いて、私はむふーと笑ってしまう。
「こら、嬉しそうにするな」
尊さんが私の肩をツンツンつついてくる。
「でも俺たちが二十歳だとして朱里ちゃんは中学生だろ? それはちょっと引いたけど。……でもこいつの報われない人生を知ると、君を助けられたのはたった一つの成功体験だったんだろうな、とも思ったよ。それがずっと胸の奥に残って救いになるのは理解できる。こいつも『中学生、高校生は恋愛対象に見られない』と言っていたから、ある意味安心はしてたけど」
「んー……」
あの橋で〝忍〟に助けてもらった私は、完全に恋に落ちていた。
だから今この話を聞いて「まるっきり相手にされてなかったんだな」と少し寂しくなる。
けど大人になった今だから分かるけれど、尊さんの対応は〝正しい大人の在り方〟だったんだろう。
あの時〝忍〟が連絡先を教えてくれて遠距離恋愛みたいになっていたら、きっと私はとても救われたと思うし、尊さんだって恵を通して私の情報を得るなんて回りくどい方法を採らなくて済んだと思う。
でも尊さんは、私には年相応の恋愛をしてほしいと望んだし、自分の大きな感情を押しつけようとしなかった。
深く傷付いて記憶を失っていた尊さんは、私が自分の妹と同じ名前だという事を理解していなかった。でも本能的に『守りたい』と思ってくれたんだろう。
私はキュッと尊さんの両手を握った。
「ん?」
こちらを見て微笑んだ彼が、愛おしい。
――私はずっと、この人に守られていた。
つい先日だって、昭人と決着をつける時に守ってくれた。
亮平や美奈歩の時も、分かり合えるよう架け橋になってくれたし、ツンツンした私の心を丸く穏やかにさせてくれた。
「最高じゃないです? 過去に尊さんに惹かれた女性が得られなかった心を、いま私が独占状態ですよ? スクープ取り放題です」
「記者か」
尊さんは呆れて言い、私のほっぺをムニュ、と摘まむ。
「おはようからおやすみまで、尊さんの暮らしを見つめる朱里です」
某会社風に言うと、彼は笑い崩れる。
……と、カウンターに座っている女性二人が、こちらをチラチラ見てくるのに気づいてしまった。
イケメンが二人もいるもんだから、声を掛けたがってるんだろうな。