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その言葉は確かに夜哭きの森への招待だった。
だが。
「その前に」
俺は森の外れにある家の方角を見る。
「子供達を回収しないとな」
数秒の沈黙。
少女が固まった。
「……何?」
嫌な予感がした。
「子供?」
「置いてきた」
少女の眉が引きつる。
「置いてきたじゃと?」
「安全そうだったからな」
「何人じゃ」
「十人くらい」
少女が額を押さえた。
「お主、本当に研究者か?」
「一応」
「何故置いてきた」
「狩りだったから」
「何故置いていった」
「危ないから」
「なら分かるじゃろう!」
何故か怒られた。
理不尽だった。
ルカが横で笑いを堪えている。
しゆらまで少し視線を逸らしていた。
味方がいない。
少女は大きくため息を吐く。
「解せぬ……」
本気で解せないらしい。
「その家には結界も何もないのじゃろう?」
「ないな」
「見張りは?」
「いない」
少女は頭を抱えた。
「阿呆か……」
酷い言われようだった。
だが否定できない気もした。
少女はしばらく空を仰いでいたが、やがて観念したように歩き出す。
「行くぞ」
「夜哭きの森か?」
「違う」
即答だった。
少女は振り返る。
赤い瞳が呆れたように細められた。
「子供を回収するのじゃ」
その言い方に。
思わず少しだけ笑ってしまう。
「なんじゃ」
「いや」
少女は本当に仲間を放っておけない性格らしい。
それが少し面白かった。
森を戻る。
来た時よりも急ぎ足だった。
少女は先頭を歩きながら何度も周囲を確認している。
気配を探っているのだろう。
その横顔は真剣だった。
「心配か」
俺が聞く。
少女は少しだけ黙る。
そして小さく鼻を鳴らした。
「当たり前じゃ」
即答だった。
「子供は守らねばならん」
それ以上は語らない。
だが十分だった。
ルカが少しだけ笑う。
「優しい」
「違う」
「優しい」
「違う」
「優しい」
「違うと言っておるじゃろう!」
森に声が響いた。
ルカは大笑いしている。
少女は本気で怒っていた。
だが。
少しだけ。
本当に少しだけ。
耳が赤かった。
それからしばらく歩き。
家が見えてくる。
煙突もない。
古びた木造の家。
出てきた時と変わらない。
そのはずだった。
だが。
少女の足が止まる。
俺も気付く。
家の前。
小さな人影があった。
一人ではない。
二人。
三人。
いや。
全員だ。
子供達が家の前に並んでいる。
「……何してるんだ」
思わず呟く。
すると。
こちらに気付いた子供達が一斉に駆け出した。
「よつむー!」
「遅い!」
「お腹空いた!」
「ルカだけずるい!」
「しゆらお姉ちゃん!」
一気に騒がしくなる。
ルカも走り出す。
「ただいま!」
「どこ行ってたの!」
「狩り!」
「何も持ってないじゃん!」
「それは言うな!」
大混乱だった。
少女は少し離れた場所で固まっている。
完全に圧倒されていた。
そして。
子供達の一人が少女に気付く。
「だれ?」
静かになる。
全員の視線が集まった。
少女は露骨に嫌そうな顔をした。
俺は嫌な予感しかしなかった。
そして。
次の瞬間。
小さな女の子が少女の手を握る。
「お姉ちゃん綺麗」
少女が固まった。
完全に固まった。
「……は?」
生まれて初めて言われたみたいな顔だった。
周囲も静まり返る。
しゆらが吹き出しそうになっている。
ルカはもう笑っていた。
少女はしばらく言葉を失い――
やがて。
「……解せぬ」
少女は固まったまま動かない。
手を握っている女の子も離さない。
「お姉ちゃん?」
「…………」
「お姉ちゃん?」
「聞こえておる」
少女はぎこちなく答えた。
だが明らかに困っていた。
子供の扱いに慣れていないわけではない。
むしろ逆だ。
慣れているからこそ調子が狂っている。
そんな感じだった。
「お名前は?」
別の子が聞く。
少女が固まる。
数秒。
沈黙。
そして。
「……名などどうでもよい」
「あるでしょ」
「ある」
「教えて!」
「嫌じゃ」
即答だった。
子供達が一斉に不満そうな顔になる。
少女はさらに困った顔になった。
俺は思わず笑いそうになる。
さっきまであれだけ威圧感があったのに。
子供達相手だと完全に押されていた。
その時。
一人の男の子が少女の角を指差した。
「かっこいい」
少女が目を瞬く。
「ん?」
「その角」
「角?」
「うん!」
少年は目を輝かせていた。
「すげー!」
次の瞬間。
子供達が群がった。
「ほんとだ!」
「触っていい!?」
「だめじゃ!」
「なんで!?」
「なんでもじゃ!」
完全に囲まれていた。
ルカが腹を抱えて笑っている。
「助けぬのか」
少女が俺を見る。
「大丈夫そうだからな」
「大丈夫に見えるか!?」
見えた。
少なくともさっきよりは。
少女は本気で不服そうだった。
だが。
子供達を振り払おうとはしなかった。
危害を加える気配もない。
ただ困っているだけだ。
しゆらもその様子を見ながら小さく笑った。
「人気ですね」
「解せぬ」
「綺麗だからですよ」
少女が固まる。
今日何度目だろう。
また固まった。
しゆらは本気だった。
だから余計に質が悪い。
「……お主ら」
少女は頭を押さえる。
「夜哭きの森にも子供はおる」
「うん」
「じゃがこんなではない」
「元気なんですね」
「元気すぎる」
即答だった。
その時。
ぐぅぅぅ……
また音が響いた。
全員が振り向く。
今度は複数。
子供達だった。
家の前が静かになる。
誰かが小さく呟く。
「お腹空いた……」
少女が黙る。
周囲を見る。
痩せた子供達。
煤だらけの服。
疲れた顔。
研究所から逃げてきたばかりの子供達。
そして。
腹を空かせている。
少女の表情が少しだけ変わった。
ほんの一瞬だったが。
夜哭きの森の仲間達を語った時と同じ顔だった。
「……」
少女は森の奥を見る。
それから俺達を見る。
最後にもう一度子供達を見る。
やがて。
小さくため息を吐いた。
「予定変更じゃ」
「ん?」
「先に飯じゃ」
ルカの耳が跳ね上がる。
「飯!?」
「騒ぐな」
「飯!」
聞いていなかった。
少女は再びため息を吐く。
だが。
その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
「夜哭きの森へ行くのはその後じゃ」
そう言いながら少女は踵を返す。
森の奥へ向かって歩き出す。
その背中を見ながら。
俺は少しだけ思った。
この少女は。
思っていたよりずっと。
仲間を放っておけない性格らしい。
そして多分。
自分が思っている以上に優しい。
もっとも。
本人に言えば怒られるだろうが。
少女が先頭を歩く。
子供達は飯という言葉を聞いて元気を取り戻したらしく、先程までの疲れが嘘みたいに騒がしかった。
「肉かな」
「肉だよ」
「魚かもしれない」
「魚も肉だろ」
「違うだろ」
好き勝手なことを言いながら歩いている。
研究所が燃えたことも。
逃げている最中だということも。
少なくとも今だけは忘れているようだった。
それは悪いことではない。
むしろ救いだった。
だが。
そんな空気とは裏腹に、少女の表情だけは険しいままだった。
何度も周囲へ視線を向けている。
風の向き。
木々の揺れ。
鳥の声。
森の変化を一つも見逃さないようにしているのが分かった。
「何か気になるのか」
俺が聞く。
少女はすぐには答えなかった。
しばらく森の奥を睨んでいたが、やがて小さく舌打ちする。
「おるの」
その一言で空気が変わった。
ルカの耳がぴくりと動く。
しゆらも少女を見る。
「人間か」
少女は頷いた。
「先程の連中じゃ」
表情は明らかに不機嫌だった。
「諦めておらぬらしい」
「追手?」
「そこまでは分からぬ」
少女は足を止める。
子供達もつられて立ち止まった。
森が静かになる。
さっきまで聞こえていた鳥の声が消えていた。
「人数は」
「四」
少女は即答した。
「武装しておる」
俺は小さく息を吐く。
面倒だな。
研究所から逃げたばかりだというのに。
「どうするんですか」
しゆらが聞く。
少女は迷いなく答えた。
「殺す」
子供達が固まる。
ルカも目を丸くした。
あまりにも自然な口調だった。
少女にとっては本当に自然な選択なのだろう。
「却下だ」
俺は即座に言う。
少女が不満そうな顔をする。
「何故じゃ」
「死体が出れば余計面倒になる」
「なら森へ埋める」
「一人消えれば十人来る」
少女は黙った。
理解はしているらしい。
だが納得はしていない。
「ではどうする」
その時だった。
しゆらがぽつりと呟く。
「迷わせればいいんじゃないですか」
全員の視線が向いた。
しゆらは少しだけ首を傾げる。
「夜哭きの森には迷い霧があるんですよね」
少女の目が細くなる。
「……何故知っておる」
「予紬さんが言ってました」
「余計なことを教えるのう」
理不尽だった。
しゆらは気にした様子もない。
「なら使えばいいです」
真顔で言う。
「二度と来たくなくなるくらい迷わせれば」
数秒。
沈黙。
そして。
少女の口元がゆっくり吊り上がった。
「ほう」
その笑みを見て。
俺は少しだけ嫌な予感がした。
「お主」
少女はしゆらを見る。
「良い性格をしておるのう」
「ありがとうございます」
褒められたと思ったらしい。
ルカが吹き出す。
少女は楽しそうだった。
たぶん。
戦うより面白い方法を思いついた顔だった。
コメント
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うおおお14話も読み終えたよ!!今回めっちゃ好きな回だった…!子供達に囲まれて「解せぬ」連発する少女、可愛すぎるんだが??特に「綺麗」って言われて固まるところ、完全に不意打ち食らってて笑ったw あとしゆらさんの「迷わせればいい」提案がブラックで最高、予紬さんも巻き込まれててチーム感出てきたね!追手の気配もあって次が気になりすぎる…続き楽しみにしてます!!🌸