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部屋の照明は、白々とした蛍光灯。無機質な光の下で、食卓は整っていた。
といっても、そこに家族の気配はなかった。
皿の上のものは冷めており、整然と「置かれて」いるだけ。
遥は、一人で席に着いていた。
制服の上着を脱いだだけで、シャツの袖には昨日の跡が透けていた。
爪のような、細い擦過傷が斜めにいくつも走っている。
足音。
リビングの奥、晃司が姿を現す。
「……遅かったな」
低い声。感情のない音。
遥は、静かに箸を置いた。
「ちょっと、残ったから。掃除、ってことで」
「そうか」
それだけだった。
だが、晃司の目が、遥の襟元に触れた赤をなぞるように見たのを、遥は知っていた。
「……見てくれた?」
遥は、穏やかに口を開く。
問いかける声。だが、そこには“誘い”に近い色があった。
「今日の“成果”、動画で送られてきたらしいけど。ああいうの、……どう?」
晃司の目がわずかに細められる。
だが、何も言わない。
遥は、うっすらと笑った。
煽りか、自己嘲か、それともただの「演技」か。もはや判別不能な、薄い笑い。
「頑張った、って褒めてもらえたら……またやる気出るかもな」
晃司はその言葉に、わずかに口元を歪めた。
笑い、とは言いがたい、微妙な感情の滲み。
「……必要なことをしているだけだろう。お前は」
「うん。そう、言ってもらえたら、助かる」
遥は視線を落としたまま言う。
言葉は“従順”だったが、そこには「完全な服従の模倣」があった。
忠誠のふりをしながら、遥の目の奥には、“冷めた異物”のような静けさが沈んでいた。
「……着替えてこい。すぐに」
晃司の声。
遥は即座に立ち上がる。
だが、その背筋は少しも緩まない。
あくまで“自発的に”動く──それを保つように、動作は流れるようだった。
「……はい」
扉へ向かうその背中に、晃司が何かを感じ取った気配はなかった。
遥は知っている。
この家では「逆らう」よりも、「従って見せる」方が、自由を守れるということを。
だから──今日も、
“差し出す役”を演じ続ける。
生き延びるために。