朝の七時、昨日セットしておいたアラームの音が寝室に鳴り響いた。
携帯を置いていたベッド脇のサイドボードに手を伸ばしてその音を止める。
何度か瞬きをして、目の焦点が合ったのを確かめてから起き上がると、ベットのスプリングが少し軋む。腰元に手を付くと、その部分だけベッドが沈む。窪んだ方を見やれば、アラームの音などなにも聞こえていないかのように、ぐっすりと眠る愛しい恋人の姿があった。
起こしてしまうのは少し心苦しいが、今日ばかりはそうも言っていられない。
俺は遠慮がちに、その肩を揺すって声を掛けた。
「ふっか、起きて」
「…ん、、、んん…?」
「七時だよ。起きないと」
「んぁ…?ふぁぁ…、もうしちじ…?」
「うん、支度しよう?」
「そーだねぇー………」
「…ふっか?」
「…………ぐぅ……………」
「寝るなって!!!」
ふっかが言ったのに…明日は余裕を持って七時に起きようって…。
そこから、俺の長い戦いが始まった。
先ほどよりも強めに肩を揺すってみても効果はなく、ペチペチと体を軽めに叩いてみても、なんの甲斐もなかった。
上半身を強制的に起き上がらせてみてはどうかと、俺は次に、ふっかの背中とベッドの間に腕を通して上に持ち上げた。それでもふっかは、俺の体にもたれ掛かって、また寝息を立て始めてしまっていた。
埒が開かないと感じた俺は、最後の手段に出た。
こくりこくり、と座ったまま眠りこけるふっかの顔を両手で掴んで、微かな寝息を立てるその唇に口付けてみた。
眠っているために無防備に半開きになっているその中に舌を入り込ませると、流石に驚いて覚醒したのか、やっとふっかの両目がカッと開いた。
「んッ!?んんんぅーっ!!!」
「ん…っはぁ、、起きた?」
ふっかの瞳に俺が映ったのを確かめて、最後にパクパクと開閉するその下唇をちぅっと吸ってから唇を離した。
「朝からなに!?」
「ふっかが起きないからでしょ?」
「え!?そんだけで!?」
「そんだけって、遅刻できないんだから、早く準備して余裕持って出ようよ」
「それはそう」
「ほら、顔洗いに行こ?」
「…おう」
洗顔とスキンケアをして、着替えを始める。
着慣れないワイシャツに袖を通して、その上からベストを羽織る。
袖を捲って、もう一度洗面台に向かった。
ヘアアイロンを温めて、ちょうどいい温度になるのを待つ。
すぐに熱を発してくれた鉄で髪を挟んで、毛先を軽くくるっと丸めた。アイロンの電源を切ってから、緩めのワックスをつけて、その形をキープさせた。
これで大丈夫か?と、鏡で最終チェックをしつつ、少しだけ気になったところを指先で整えてやっと満足行くヘアセットができた。
もう一度リビングに戻ると、ふっかは未だしょぼしょぼしている目ぼけ眼のまま、モタモタとスラックスを履いていた。俺はキッチンでコーヒーを二人分淹れて、ローテーブルの上に置いた。
ソファーに腰掛けながら身支度を整えていくふっかの隣に座って、いつもとは少し雰囲気が違っているふっかに思ったことを、そのまま尋ねた。
「あれ、いつものスーツじゃないね」
「流石にね?ちゃんと買ったよ」
「俺も久しぶりにスーツ着た。撮影の時くらいしか着ないから」
「そうね。やっぱ照はベストが似合うわ」
「そう?」
「うん、こないだのMV撮影で着てた時からそう思ってた」
「可愛い。その時に言ってよ」
「いや、みんないる場所で言えるかよ」
コーヒーを啜りながら、二人でぼーっとする。
今日という一日に思いを馳せながら、背もたれに首ごと預けた。
朝ごはんを食べようかとも思ったが、この後のことを考えると控えておいた方が良い気がした。
なかなかまったりとした朝を過ごしていることに気が付いて、やっぱりもう少しゆっくり寝ていても良かったかもしれないと思うのと同時に、大きなあくびが出た。
「ふぁぁ…ねむ…ぁ、そうだ。そろそろ出る時間だけど、佐久間起きてるかな?」
「あー、どうだろ。あいつのことだから、まだ寝てたりして」
「ちょっと電話掛けてみるか」
携帯のロックを解除して、佐久間とのトーク画面を開いた。
通話ボタンをタップしてから、発信音が連続して流れる。
三コールもしないうちに音はプツッと途切れて、代わりに朝とは思えないほどの声量で佐久間が応答した。
「おはよーピーマンでァァァァァァァ!!!??」
ふっかと一緒に佐久間と会話をしようと思って、あらかじめスピーカーモードにしておいたことを後悔した。
俺の携帯が爆発しそうなくらいに、スピーカーが音割れの限りを尽くしていた。
「佐久間ー、朝だよー?静かにしようねー」
「うはははッ!ごめんごめん!今撮り溜めてたアニメ見てたから興奮MAXだったとこ!今嫁が好きだよって言ってくれたの!!」
「そういうことか」
「つか、さりげなく同棲スタートしてんじゃん!おめでと!今度遊びに行かしてよ!」
「それはいいけど、お前今日8時に迎えいくでいい?」
「うん、助かるー。その時間で大丈夫ー」
「支度できてんの?」
「流石の俺でもこんな日くらいはちゃんとするよ?もう完璧!」
「ほんとに?」
「うん、着替えたし、軽く化粧もしたし、財布も持ったし、スマホは今手に持ってるでしょ?完璧じゃん」
「髪型は整えたのー?」
「………………」
「おーい、佐久間ー?」
「………やってない!!!!!!!」
「はぁ!?お前なにしてんの!?俺らもう家出るぞ!?」
「いつもスタイリストさんがやってくれてたから忘れてたんだよー!やばいやばい!…くっ、、俺のことはいいから、先に行けッ…!」
「なに言ってんだ、それじゃお前帰りの足ないだろ。とにかく、俺たち今から向かうから、準備しとけ!下で待ってるから、降りてこい!」
「わかった!!」
起きてはいたが、やはり佐久間は佐久間だった。
その時々で理由は様々だが、結局、いつだってこいつは家を出るのが集合時間ギリギリになるのだ。
事前に連絡をしておいて良かった。
家中を走り回る音が、携帯からドタバタと聞こえてくるが、肝心の佐久間の声が聞こえなかった。恐らく、電話も切らずにスマホを置いてどこかに行ってしまったのだろう。
俺は通話を終了させて、ふっかに向き直った。
「もう出よっか」
「あいよー」
ジャケットを羽織って、間に合わせで買った帛紗に俺とふっかがそれぞれで包んだご祝儀袋を入れて、ポケットに携帯と財布を突っ込んだ。
チャリ…と音を立てながら、ふっかが車の鍵を掴みながら俺に問い掛ける。
「忘れもんない?」
「うん、大丈夫」
お互いに身だしなみをチェックし合って、うんと一つ頷いてから、玄関のドアを開けた。
エレベーターで下まで降りて、地下駐車場から車を発進させた。
慣れたようにハンドルを操作するふっかに、「いつも運転ありがと」と伝えると、ふっかは「いいよいいよ、今日は飲みたいでしょ?」と言った。
「ふっかは、車の運転好き?」
「別に、好きでも嫌いでもないよー。この仕事してるから必要になって免許取っただけで、取らなくていいなら、多分一生取んなかったと思う」
「うっそ、不便じゃない?」
「この辺電車いっぱい通ってるから余裕でしょ」
中身のない会話を続けていると、あっという間に佐久間の自宅の前まで到着して、ふっかはハザードを焚いた。「着いたよ」と佐久間に連絡を入れると、「あと10分で下降りる!!!」と文字からでもわかるくらいに慌てているような返事が返ってきた。
結局、そこから20分経って佐久間が車のドアを開けた。
「マジでごめん!お待たせ!」
「おはよ、もう慣れてるからいいよ」
「佐久間おはよー、ベルトしたー?」
「した!!!!」
「じゃあ、向かおっか」
「うん、翔太の…」
「結婚式にレッツゴー!!!!!!」
そう、今日は、待ちに待った大切な仲間とそいつが愛する人の結婚式の日。
式場の目の前に併設されている駐車場に車を停めて、俺たちが外に出ると、スタッフさんが出迎えてくれた。
「本日はおめでとうございます。素敵な時間を過ごされてくださいね」
「ど、どうも…っ」
結婚式に招待されたのなんて初めてで、おめでとうと声を掛けられてはどんな風に答えたらいいか分からなくて、俺はぎこちなくそのスタッフさんに向かってお辞儀をした。
「お預けになられるお荷物などはございますか?」
「いえ、ないです」
「ではこのまま、ラウンジスペースの方へご案内いたします。こちらへどうぞ」
真っ黒いジャケットとスラックスに身を包み、同じく真っ黒い蝶ネクタイを付けたその男性は、落ち着いた声で話しながら、指先までピンと伸ばした手のひらを行先へ示して、俺たちを先導してくれた。
案内された場所には、自由につまめるような軽食や、ソフトドリンクのピッチャーがバーカウンターの上に並んでいた。大ぶりなソファーがそこかしこに設置されていて、そこは、くつろぐには少し緊張するが、立派な部屋という感じがした。
「挙式開始まで、こちらのお部屋でどうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
スタッフの方の言葉遣いやその人の服装と、部屋の雰囲気も相まって、なんだか高級ホテルにでも来てしまったかのように錯覚した。
もう一度スタッフさんへお辞儀をすると、その人も会釈をして「失礼いたします」と言い、下がっていった。ラウンジの中へ足を進めると、部屋の奥程に置いてある台の後ろに、目黒と阿部さんが立っていた。
「皆さん、おはようございます!ご無沙汰してます!」
「あー!阿部ちゃんじゃん!久しぶりー!めめもおはよー!」
「うす」
「二人とも早いね、なにしてんの?」
「今日はオーナーと渡辺さんから受付を頼まれてるんです」
「ってことで、みんなのご祝儀回収します」
めめが、俺たちが持ってきたご祝儀の入った封筒を受け取って、名前を読み上げると、その通りに阿部さんがリストに書いてある名前にマーカーを引いていった。
「よし、全員揃ったね」
「うん、バッチリ」
どうやら招待されているのは、ここにいる俺たちだけのようだった。
あとは式が始まるまでまったりするだけだと、俺たちはバーカウンターに立っていたスタッフの方から、飲み物を受け取って、側のソファーに固まって腰掛けた。
「あそこに置いてあるやつ食べていいんだって!お腹すいてたんだよね!」
「あんま食い過ぎんなよ?披露宴でもちゃんとご飯出てくるらしいし」
「でもめっちゃうまそうだよ!みんなでちょっとずつ食べようよ!」
「ふっか!ケーキあるよ!!マカロンもある!」
「亮平、食べたいものある?取ってくるよ」
「ありがとう、お茶飲みたいな」
「わかった、待ってて」
俺と目黒で席を立って、カウンターの前に足を運んだ。
そこに並べられたスイーツを手に取って、目黒は人数分の飲み物を貸してもらったトレーにまとめて乗せた。
「うんま!」
「んふふ、このケーキおいしい…」
「あー、小腹空いてたからちょうどいいわこれ」
「ついに結婚式かー、日過ぎんの早かったね!」
「あいつマジでなんも言わねぇのな」
「ほんとに、水臭いよね」
「言ってくれるくらいいいじゃんねー!でも、それでこそ翔太だよねー」
「間違いない」
「うん、あいつはそういうやつだよな」
「はぁ…、今日俺大丈夫かなぁ…」
「亮平、どうしたの?」
「もう泣きそうなの、、足りるか分からなくて、ハンカチ五枚も持ってきちゃった…」
「そんないる?!」
軽食をつまみながら、五人でこれから始まる時間についてたくさん話をした。
俺とふっか、佐久間、目黒は、つい最近まで翔太に婚約者がいることすら知らなかったことに不平不満を溢しつつ、会ったらその悔しさの分、目一杯お祝いしてやろうと話した。
阿部さんは、口にこそ出さないが、俺たちの話を聞きつつ、記憶の中にある輝いたものを遠い目で見つめるように瞳を輝かせては、恍惚としたため息を吐き続けていた。
「皆様失礼いたします。間もなく渡辺家、宮舘家様の挙式が始まりますので、チャペルの方へご案内いたします。」
先程俺たちを案内してくれたスタッフさんが、もう一度部屋に入ってきた。
その人の誘導に従って、挙式会場へ向かった。
中に入って、まず驚いたのはその色だった。
あたり一面、真っ赤な薔薇の花で覆い尽くされていた。
絨毯も赤かったが、差し色には壁と大理石の白と俺たちが座るベンチを縁取る金があって、どこもかしこも赤いはずなのに、三色のいいバランスが取れているように見えた。
「すげぇなこれ」
「薔薇だらけ!!すげぇ!!」
「綺麗…素敵…ぐすっ…」
「しょっぴーガチじゃん。やっぱすごいや、尊敬する」
「二人の家も薔薇がたくさん飾ってあったよね」
みんなで思い思いの感想を口に出していくと、司会の方が開式を知らせてくれたので、俺たちはひとまず静かにすることにした。
「まずは、新郎様のご入場です。」
司会の方の言葉が終わると同時に、閉ざされていた両開きの扉が大きく開け放たれた。
その真ん中に翔太が立っていた。
照れくさそうに少し笑いながら、こちらへ歩いてくる。
翔太は、一番後ろのベンチが置いてある手前で一礼をしてから、その側に立っていた自分のご両親に向き直った。
翔太のお父さんがジャケットを翔太に着せて、お母さんはそのポケットに小さな薔薇の花を一輪挿す。
人生の門出を見送るようなその演出には、ぐっとくるものがあった。
これはきっと、ご両親にとって最後に焼く翔太への世話であって、最後の見送りでもあるんだろうな、と漠然と感じた。
「続きまして、新婦様のご入場です。」
翔太が両親に背を向けて、牧師さんの前まで足を進めると、また司会の方の言葉が入って、あの扉がもう一度開いた。
翔太の衣裳と色違いのベストを身に纏った宮舘さんは、とても綺麗だった。
歩くたびにひらひらと揺れる腰元から膝裏までを覆うフリルが、外から差し込む陽の光を受けて、キラキラと舞い、輝いていた。
宮舘さんも自分のご両親の前に立って、ジャケットを羽織らせてもらっていた。
胸元に、翔太と同じ赤い薔薇が一輪挿される。
そのあと、家族三人で腕を組んで、ゆっくりと赤い絨毯の上を歩き出していった。
踏みしめるように、一歩、また一歩と歩幅を合わせて、三人で翔太の元へ向かっていく。
その様子を、翔太は幸せそうに目を細めて見守っている。
宮舘さんは、翔太と目が合うとふわっと笑った。
宮舘さんを翔太のところまで送り届けると、宮舘さんのお父さんは宮舘さんの背中をそっと優しく押した。お母さんは宮舘さんの両肩を鼓舞するように叩いた。
それぞれの見送りを見ているだけで、胸がいっぱいになる。
尊いもので全身が満たされていくような、そんな気持ちだった。
牧師さんからの問い掛けに、二人は同時に「誓います」と答えた。
その言葉の後に、二人は向かい合う。
翔太は、宮舘さんの頬に口付けた。
誓いの場に於いて見ている側が一番盛り上がる瞬間に、俺たちは御多分に漏れず沸き立った。
俺は「わ!翔太やるじゃん!」と珍しく興奮したし、佐久間は大声で「おおおおおー!」と雄叫びを上げながら拍手していた。
めめは「口にキスしないところがしょっぴーらしいですね」と楽しそうにコメントしていて、阿部さんは「あぁっ…本当に尊い…っ、ぐすっ…」と鼻を啜りながら四枚目のハンカチを濡らし始めていた。
その後もたくさんの感動的な演出があって、俺たちはそのたびに「うぉおおおおお!」と大興奮で声を上げた。珍しく照も興奮している様子だったので、結婚式の力というものは凄まじいなと、俺は変に感心するような心持ちだった。
挙式が無事に終わって、スタッフの方に案内された披露宴会場に入ると、そこにも当たり一面、薔薇の花が咲き誇っていた。
そこかしこに飾られたそれは、深く濃くて、燃えるような赤を湛えていた。
順番に運ばれてくるコース料理に舌鼓を打っていると、不意に軽装のスタッフさんに声を掛けられた。
「皆さん、お楽しみいただけてますかー?」
「あ!こうじ!!」
その声にいち早く反応したのは佐久間だった。
ラウールの就職祝いのパーティーで始めて会ったその人は、極力関西訛りを抑えた状態で話していた。
先程の挙式中にそこかしこを動き回って写真撮影をしていたスタッフさんがいたが、その人と背格好がまるきり同じで、俺はここでやっと、その人が康二だったということに気が付いた。
「すごく楽しいよ、料理もうまいし、スタッフの方もいい人たちばっかりだし、何より二人がずっと幸せそうなのが見られてよかった」
「そらよかったですわー!ほんなら記念に何枚か撮らせていただきますね!」
「いえーい!!」
数回シャッターが切れる音が僅かに聞こえてきたのち、康二はまた俺たちに目線を戻した。
「もう間もなく終わりやけど、最後まで楽しんで行ってください!」
「あ、ねぇ康二」
「んぉ?どしたん?」
「ちょっと耳貸してほしい。お願いがあるの」
「なんやなんや?俺にできることか?」
照は突然、康二に耳打ちし始めた。
微かな声で話しているせいで、照が何を話しているのか分からないが、何か頼み事をしているようだった。
「無理なお願いだとは思うんだけど……それで……………そういうのしたいんだけど、難しい…?」
「ほぉ…今日は他にお客さんもおらんし、特別にええで?」
「ほんと?ありがとう!」
「お安い御用やで、終わったら声掛けるわ」
「わかった。ほんとにありがとう」
披露宴が終わると、先を行く康二の後についていく形で、俺は照に手を引かれて会場を出ることになった。
向かっていた先は、どうやら先程過ごしていた挙式会場のようだった。
「ほんならごゆっくり」と言って、康二は大きな扉の外側で立ち止まって、俺たちに先を促した。
何をするのかと照に尋ねると、照はゆっくりと俺の方を振り返って大きく息を吸い込んだ。照は、俺を見つめて…。
たくさんの感動的な場面を目の当たりにしてきて、俺の気持ちは熱く、それでいて静かに青い炎を燃やしていた。
俺も何かしたい。
漠然とだが、そんな想いが芽生えて、ぐんぐんと俺の中で育っていった。
披露宴も終わって、翔太と宮舘さんが俺たちを見送ってくれた後で退場した後、その場にはゲストだけが残った。
この後招待されている二次会の時間には、まだ余裕がある。
佐久間には、すぐに終わるから待っていてくれと伝えた。気のいい佐久間は、二つ返事で快諾してくれた。
俺の頼み事を了承してくれた康二の案内に導かれるまま、俺はふっかの手を引いて歩き出した。
目的の場所に到着するまでの時間がやけに長く感じる。
ずっしりと重たい鼓動が自分の胸で息をしている。
届きますように。
願うように、でも心のどこかで、ふっかなら受け入れてくれるんじゃないかって、根拠のない信頼を抱きながら、俺は繋いだふっかの手を少し強く握った。
静まり返ったチャペルの中には、俺とふっかだけ。
「どしたの?」
そのキャラメルのような声に、俺はゆっくりと振り返った。
どうしてここに連れてこられたのか分からない、と言ったふうにきょとんとした顔で首を傾げるふっかをじっと見つめながら、俺は大きく息を吸い込んだ。
「ふっか、俺、この先もずっとふっかを守るから」
俺のその言葉に、ふっかははにかみながら今度は首を反対側に傾げて言った。
「ありがと。俺も俺なりにお前を守っていくよ」
ふっか、そうだけど、そうじゃないの。
お前の気持ちはもちろんすごく嬉しいけど、俺が伝えたいことはそれだけじゃないの。
もうちょっと詳しく言えば、伝わるかな。
「ふっか」
「ん?」
「俺の「守る」は、「愛してる」って意味なんだけど?」
ここまで言えば、鈍いお前でも分かるかな。
「愛してる」
なんて、日本で生きてきた俺には現実味が無いし、言い慣れない。
愛を伝える言葉は、人の数だけあると俺は思う。
一生涯かけてお前を守る。
それが、俺なりの愛し方なんだ。
束縛が強いのも、独り占めしたくなるのも、愛情が重たいのも、全てはお前を守りたいからこその気持ち。
全部、全部、俺なりの愛なんだ。
ふっかは、俺がそこまで伝えると、左手で顔を半分隠しながら、恥ずかし気にため息を吐いて言った。
「お前、ホント物好きだねぇ」
俯いて影になったその表情の隙間から、ふっかの唇が弧を描いているのが見える。
俺は微かに赤く染まる頬を隠したいと言うように、覆ったまま離れないその左手を取る。
細くしなやかな薬指に口付けて、下を向くふっかの顔を上目で覗き込んでから伝えた。
「まだ指輪用意できてないけど、ここ、予約させて?」
もう一度そこに口付けては、ふっかの手が震えていないことに気付く。
それだけのことが、ただただ嬉しかった。
俺の問い掛けに、ふっかは少し泣きそうな顔で頷きながら笑ってくれる。
言葉は無くても、これ以上ないくらい幸せだった。
あたり一面に咲き誇っている薔薇だけが、俺たちの誓いに立ち会ってくれていた。
これ以上佐久間を待たせてしまわないようにと、俺たちは少し急ぎ足で会場へ戻った。
お前と出会ったあの日から、俺の気持ちはずっと変わらない。
これまでも、これからも、ずっと、お前のそばにいる。
触れたかった時間を超えて、今、お前と一緒にいられるこの幸せを、これからも抱き締めていく。
好き、なんて言葉じゃ物足りない。
大好き、なんて気持ちだけじゃ伝えきれない。
俺なりの言葉とやり方で、何度だってお前に誓い続けるよ。
愛させてって。
ううん、違う。
もっとぴったりした伝え方で。
俺の大切な人、どうか、いつまでもずっとずっと、守らせていて。
守らせてMy Precious.
END
コメント
2件
うわーーーーー素敵すぎる最終話!!! 2人ともお幸せにですね☺️💛💜 終わっちゃうの悲しい🥺🥺