TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

校門の影が、夕陽に溶けて消えていく。足元に伸びた自分の影は、まるで別人のように見えた。


遥は歩いていた。無言で、ゆっくりと。

どこにも帰りたくなかったが、立ち止まっている場所もなかった。

重たい空気の中、ただ一歩ずつ、靴の裏を地面にすりつけるようにして。


「……遥」


その声は、後ろからかけられた。

振り向かずとも、誰かはすぐにわかった。

喉の奥が、ひとつ鳴った。


日下部だった。


彼がここにいる理由はわからない。でもきっと、探していたのだろう。

そんな想像が、遥の胸の奥に、微かな波紋を落とした。


「もう、帰るとこ?」


どうでもいいような問いかけ。

だが遥の耳には、過去の記憶や想像や罪の意識までもが貼りついて聞こえてきた。


「……うん」


答えはかすれていた。

声が震えているわけではない。ただ、口の内側に引っかかっていた言葉の棘が、少しだけ舌を刺した。


日下部は無言で隣に並ぶ。

それだけで、遥の肩に重みがのしかかった。

彼の存在は重たい。優しさの顔をして近づいてくるものほど、恐ろしくなる。


「家まで、送るよ」


「……いらない」


反射で言った。だが、拒絶の響きは弱かった。

心の奥では、誰かに引き止められることを、ずっと求めていたのかもしれない。

そんな自分に気づいて、さらに嫌悪する。


「いいから」


その言葉が優しさなのか、罪滅ぼしなのか──遥にはわからなかった。

わかりたくなかった。

感情の名前を与えるたびに、心が軋む。


二人の間には、微妙な距離があった。

けれど、距離以上に、遥の中では不安定な何かが揺れていた。

ひとつ言葉を交わすたびに、心のなかの足場が崩れていく。


「……今朝、教室、出てったろ」


その声に、背中が強張る。


触れるな、と言いたかった。

あの瞬間、自分がなにを思ったのか。なぜあんな行動を取ったのか。

自分でも、まだ、整理できていない。


「……ごめん。俺、何もできなかった」


謝るな。

そう言いたかった。

謝られるたびに、遥のなかの罪が深く沈む。


優しさは刃だ。

触れられるたびに、自分の中の汚れが際立つ。


「──おまえ、自分がいちばん怖かったんだろ」


その言葉に、遥の呼吸が止まる。


一瞬、全身の筋肉が固まった。

言葉の意味はわかる。でも、それを認めた瞬間、崩れてしまいそうで。


「……違う」


それは反射的な否定だった。

だが、心の奥では、何かが強く頷いていた。


違うと否定したのは、自分に対してだった。


怖かった。

壊れるのが怖かったんじゃない。壊したくなる自分が、いちばん怖かった。

手を伸ばしたら、誰かを壊してしまいそうで。

でも、触れられたら、全部壊されてもいいと思ってしまいそうで。


「……おれさ、もっと前に止めたかった。蓮司のことも、おまえのことも。でも……どうしていいかわかんなくて」


わかってたくせに、黙ってたんだろ。

心のどこかで、遥はそう思った。

でも、だからといって、日下部を責めたいわけじゃなかった。


ただ、どうしても信じられないだけだった。

信じたい気持ちが、喉元まで込み上げてきているからこそ。

それを飲み込むには、もうひとつの声で塗りつぶすしかなかった。


「おまえが近づいてくると、……ぐちゃぐちゃになるんだよ」


小さく、掠れた声。

それでも、日下部には聞こえたようだった。


「……それでも、そばにいちゃ、ダメか?」


遥の目が、わずかに揺れた。


その言葉は、優しさでもなければ、罪でもなかった。

ただ、そこにいる人間としての、誠実な問いだった。


だからこそ──

答えを出せなかった。


「……いまは……無理だ」


足が震えそうだった。

顔を見られたくなくて、俯いた。

地面に映る影が、二人分。けれど、交わることはなかった。


信じたい。でも、信じてしまったら、全部が壊れる。

愛されたい。でも、それが本当だったら、自分の存在があまりにも惨めすぎる。


そんな矛盾の中で、遥はまた一歩、内側に沈んでいく。



この作品はいかがでしたか?

9

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚