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「いらっしゃいませー!」
「おう……をうじょさま!?」
「どうもー、お手伝い中でーす♪」
クリムのお店『ヴィーアンドクリーム』は大繁盛。昼時だけとは思えない売り上げを、連日叩き出している。
その理由の1つは、手伝いの店員が増えたことにある。
「なんで王女様が、店番やってるんだよ……」
「なんだ知らないのか?」
「ああ、どうしてだ?」
「オレも知らん」
「おいこら」
「はい、お待たせしました~」
コソコソと客の男達が話し、料理が運ばれ、そして思わず笑顔になる。
何しろ店員は王女だけではない。フラウリージェの店員からのヘルプも数人いる。
「なぁなぁ、お前どの子がいい?」
「迷うなぁ……。あの赤い髪のツインテールの子……いや、青い髪の子か?」
「良い目の付け所だねぇ。俺は白い尻尾の子なんかもいいなぁと」
「ほほう」
小声で盛り上がっているが、ここはそういう大人なお店ではない。
元々ヴィーアンドクリームは、料理の腕は良かったので、近所では知らない人はいない程度の店。そこへ可愛らしい服を着た女性達が店員として働き始めた事で、客が客を呼び、ほんの数日でこの店は完全に有名店になったのだった。
「見て見て! あの服マジ可愛い!」
「ふああああ~。いいなあ~」
来店する女性陣は、フラウリージェの新作を見る為にやってくる。ここはファッションの最先端を拝める場所でもあるのだ。
その服は、アリエッタがデザインし、王家公認高級服飾店『フラウリージェ』のノエラ達が試行錯誤して作り上げた数々の力作。
しかしアリエッタからしてみれば、完全なるコスプレ。童話や漫画などを元にした衣装は派手で、これまでファナリアを含む多数のリージョンには無かったものだった。しかも、アリエッタによって簡単な刺繍のやり方まで伝えられ、服に模様を描くという概念まで加わったのだ。
刺繍に関しては、超大手服飾店『クラウンスター』をはじめ、他の服飾関係の店でも、後に続こうと真似を始めているが、なかなか上手くいかない。というのも、絵という文化が発展していないので、刺繍で描く『デザイン』を新しく作るのが難しいのだ。
結果、アリエッタの絵というアドバンテージがあるフラウリージェが、他の追随を許さない状態で、最先端を突き進んでいた。今では、どうやって王家と関わるフラウリージェの傘下に入れてもらおうか、真剣に悩み過ぎて倒れる店長もチラホラいるとか。
そんな憧れの服を見ることが出来るだけでも、ヴィーアンドクリームに来る価値がある。他の町やリージョンにも噂は広がり、さらに人が集まってくる。その結果が店の前の大渋滞だった。
「うーん、これは…あの計画急がないと。ピアーニャに相談するかな」
このままでは治安維持が難しい。渋滞はやがて混乱を招く。既に兵士達がやんわりと鎮圧に動いている。
ネフテリアは店を手伝いながら、その様子を把握し、状況を打破する案を考えていた。
そこへ、1人の少女が店の中から現れた。と同時に、店の中が一気に静まり返った。
「な、なにあの可愛い子……」
「おぉ……」
「おうふ」
全員が注目したその先にいるのは、白いドレスのような可愛らしい服を着たアリエッタだった。ミューゼによっておめかしされ、妖精の羽を思わせる背中の刺繍入りリボンが更に愛らしさを醸し出している。
(よ、よし行くぞ。僕も手伝えるって所、見せないと)
注目の的になっている本人は、クリムを手伝おうと、真剣に料理の乗ったトレーを持っている。体の大きさのせいで、少々危なっかしくも見える。その後ろからは、ミューゼが心配そうに見ていた。
「だ、大丈夫? あっちのテーブルだからね」
「だいじょうぶ。ふんす」
気合いを入れ、アリエッタは歩き出す。真剣な顔で慎重に歩く姿を、その場にいる全員が固唾をのんで見守っている。そして人々は気が付いた。
「あの服、なんか色変わってない?」
「ホントだ……何あれ凄い……でもって可愛い」
白いドレス風かと思っていたその服は、角度を変えると様々な色に見えていた。幻想的なその服に魅入られるが、アリエッタの容姿も気になって、視線が服だけに集中出来ない。
(まぁ、みんなそうなるわよね。あんな輝く布、赤い葉が無いと作れない貴重品だし)
服の正体は、赤い葉を食べたルイルイが出す糸で作り出した、銀色の布による作品だった。糸の状態では分かり難かったが、布という面にすると、はっきりと虹色に変化して見えるようになった。
ノエラは、普段使いには派手過ぎるが、ドレスにすると注目間違い無しと考え、アリエッタに似合うドレス風ワンピースを作ったのだった。
そして昨日、試着した事で、パフィが出血多量で死にかけるという事件が、家の中で起こってしまったのである。そのパフィは現在、家で思い出しニヤニヤしながら療養中。
「んっ、んっ」
「が、がんばれ……」
「気を付けて~っ」
料理を慎重に運ぶアリエッタに、小声で声援が飛び始めた。それ程距離は無いというのに、見守っている人々にはやけに長く感じる。うっかり息をするのも忘れる人もいる。
アリエッタの後ろに続くミューゼも、いつでもアリエッタを支えられるように、手を脇の付近まで伸ばしている。普段家で料理を運んだりしているが、この場の雰囲気に呑まれ、心配性になっているようだ。
そして何事も無く目的のテーブルへとたどり着いた。料理を待っていた客は、口を押さえて目を潤ませる程、感動している。周囲の人々も笑顔になっている。
キッチンから見ているクリムが、ちょっと呆れていた。
(うわぁ。アリエッタちゃんってば、保護欲刺激し過ぎだし。まぁ可愛いから仕方ないし?)
全員の視線を受けながら、アリエッタは料理を客に見せ、言葉を発する。
「おまたしぇましたっ」
『ぐふっ』
たどたどしく、しかも微妙に間違えた事で、一部の人の限界をぶち抜いたらしい。数名胸を押さえながらうずくまってしまった。
直接話しかけられた客は、顔を真っ赤にしながら、コクコクと頷いている。
そんな周囲の異変に、微妙に気が付いているアリエッタだが、今は与えられた仕事が大事。料理を持ち上げ、テーブルに乗せる。しかし、客の前までは届かない。
焦るアリエッタ。だが、客が気を持ち直して、途中まで進んでいたトレーを受け取り、自分の前まで移動させた。そして優しい笑みを浮かべてアリエッタの頭を撫で、礼を言った。
頭を撫でられたアリエッタは、とろんとした表情になりつつ、お礼を言い返した。
「ありがとなの♪」
──その日、人気食堂『ヴィーアンドクリーム』で、気絶者数名、鼻から出血する者数名、放心者多数、顔を赤くして痙攣する者多数、そしてその全員が笑顔という、前代未聞の事件が起こった…と、リージョンシーカーやエインデル城に報告が上がった。
ミューゼの家の横の広大な敷地。その場所の建築関係者が大幅に増員されて数日。
ついに大きな建物が出来上がった。
「もう!?」
「早いのよ!」
「そこはほら、多人数の能力でパパッと」
ファナリアの魔法に加え、ワグナージュの機械、アイゼレイルの紐や生地、ハウドラントの雲による運搬、メネギット人の高所作業など、多数のリージョンの技術によって、あっという間に建てられたのである。
「いや、一般の店にかける労力ですかね、それ」
「いいのよ。わたくしが人材募集したんだから、既に一般じゃないわ」
「えぇ……」
王女であるネフテリアが企画し、外観もチェックしてからの建築である。一般扱いする方が間違いかもしれない。
広大な敷地をしっかり使う程の大きさなので、家とか店とか言うよりも、もはや館と言った方がしっくりくる。
そんな建築物の裏手には渡り廊下が作られ、その先には……
「あたしの家と合体してますけど?」
「当然」
「いや当然て……てゆーか、そこ壁だったハズ?」
ミューゼの家に裏口は無かったのだが、
「物置の部屋が丁度良かったから、ぶち抜いたわ♪」
「ぶち抜いたわ♪じゃないですよ! 人の家に何してんですか!」
家を勝手に改造されて激怒したミューゼが、ネフテリアに掴みかかった。
「おっほほほ。ミューゼったら情熱的ねぇ。ぐえ……も、う、ちょっと、強く……ほら、もっと、ほらぁ……うぐぉ」
直接締め上げられて、苦しみながらもご満悦の王女様。
(おぉぉ、ミューゼってばスレンダーだけどちゃんと柔らかいねぇ)
「うわぁ……顔がオッサンだし」
「本当に王女様…ですわよね?」
一緒に働く新築を見に来ていたクリムとノエラは、そんな様子を見てドン引きしている。
「お、お、お、お、そこ、じゃない。もっと足を、からめて」
「はぁ……あの王妃と同じなのよ。やっぱり母娘なのよ」
「んひっ!? どさくさに紛れて変なトコさわるなああ!」
『やれやれ……』
3人が完全に呆れて同時にため息。扱いに身に覚えのあるパフィだけは、心底嫌そうな顔になっている。
横ではアリエッタが、暴れるミューゼを見てオロオロとしている。
「みゅーぜ、みゅーぜ」
「いい加減にしろよこのアホ王女おおおお!!」
「か、はっ。いいよいいよぉ……もっと胸を密着……」
「もうやだこの人おおおお!」
「みゅーぜ!?」
この後、新築の案内が始まるのは、ネフテリアが完全に落ちた後、しばらく経ってからの事になるのだった。