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「せっかくだから、ミューゼの家の方から入りましょうか」
『なんで?』
初の案内を、何故か渡り廊下側から始めようとするネフテリア。全員が正面玄関はいいのか?と、疑問に思っている。
「だって元々ミューゼの為に建てた施設だし」
「それもどうかと思いますけど?」
「一緒に幸せに暮らしましょ?」
「テリア様は城に帰った方が良いと思いまーす」
「つれないわねぇ♡」
どんなに冷たくあしらわれても、ネフテリアはめげない。むしろ、このやり取りを心の底から楽しんでいる。
「どこから入るし?」
「廊下自体が入口になってるの。今開けるわね」
無造作に渡り廊下の側面に近づき、オスルェンシスと一緒に取っ手を握り、離れるように扉を開けた。
「ってデカッ!?」
「壁かと思ったら扉だったのよ!」
渡り廊下の壁、その大部分を占めるスライド式のドアが開き、中に入る為の入り口が現れた。
感心する面々の中、1人だけ反応が違っている。
「あたしの家の物置がこんなにオープンに……」
「あ、ミューゼの家の物置は、仮でこっちに建ててあるから、もし家にくっつけたかったら言ってね」
「勝手に何やってるんですか! あぁ…おばあちゃんの家がぁ……」
家に穴を開けられ、他の施設と繋げられ、物置の中身を勝手にいじられ、すっかり凹んでいるミューゼ。事態を完全に把握していないアリエッタが寄り添い、背中を撫でて慰めている。
ミューゼがここぞとばかりにアリエッタを抱き上げ、頬ずりし始めたのを見て安心したネフテリアは、何故か満足気に頷き、案内を続行する事にした。
「ふえぇっ!? みゅー…!?」(ちょっと待ってみんな見てる恥ずかしいいいい!!)
「これでミューゼは安心だし」
「後で私もやるのよ」
「さて、見ての通り裏口は広いから、大荷物の搬入なんかも出来るわ。それじゃ、中に入りましょうか」
渡り廊下が広めの理由の説明後、新しい建物の方へと歩いていく。その後を、全員素直に続いて行く。
裏口から大きな建物へと入り、そのままズンズン進んで……普通サイズの扉を開けた。
「ここが店員用のトイレよ」
『一番最初にドコ紹介してんの!?』
「え、客用の方を最初にしたほうが良かった?」
『そうじゃなくて!!』
紹介の順番にツッコむ一同をさらりと流しながら、この後は無難に施設の紹介を続けていくのだった。
「凄いですわね……」
「綺麗だし、お店のスペースもキッチンも倍以上の広さだし。正面も広いし」
ヴィーアンドクリームの店舗となる広いホールのテーブルで、クリムとノエラが今後の事を相談しようとしていた。
この建物は、ミューゼの家の裏に位置し、大きく分けて1階の店舗スペースと2階の住居スペースが存在する。
店舗スペースにはヴィーアンドクリームとフラウリージェの2店舗が併設されており、同じ程度の広さになっている。しかし、その用途に合わせて、接客用ホールの広さは違う。
ヴィーアンドクリームは一度に沢山の人数を相手にする為、接客用ホールがかなり広く、キッチンは少人数用のため広くはない。と言っても、地下に食料保存用の倉庫があるので、今までと比べても不自由は全く無いだろう。
逆に手作りの高級品を扱うフラウリージェの店内は、裏の作業スペースと同等の広さになっている。展示と少人数の接客がメインとなるので、それでも広いくらいである。広くなった作業スペースで、これまで以上に自由な制作が可能になる事は間違いない。
そして通路を挟んで保管庫や更衣室などの設備も充実。昼はフラウリージェからヴィーアンドクリームに宣伝を兼ねて手伝いに行くのも容易になった。
階段を上がって2階には、クリムやノエラをはじめとする住み込み希望者用の居住スペースがある。共同の浴場もあるので、ノエラがいたく喜んでいた。
店の正面には広いスペースがある。現在のヴィーアンドクリーム前の渋滞が酷いのを、ネフテリア自身がいつも確認しているので、庭のように調整したのだ。
そんな建物の外観は、まるで小さなお城である。
「王女が全力で家を建てると、こんな家が出来るし?」
「私にはなんとも……王女様が家とか聞いたことございませんし……」
どう考えてもネフテリアが暴走した結果なのだが、ノエラはあえて口にはしたくないようだ。
「街もいじってるくらいお金持ちなんだし。テリア恐るべし」
「王命での引っ越しというのもありますし、これは期待に沿わなければいけませんわね」
「分かってるし。でも、いつも通りやるだけだし」
心機一転。決意を新たにした店長2人は、引っ越しについて話し合い、それぞれ帰路につくのだった。
そして数日後。
新築の正面入り口前で、ネフテリアが仁王立ちになっていた。
「えぇ……こんなに?」
「ふわー……」(人がいっぱいだ。今日は何のお祭なんだろう)
入口前の広場には、大勢の人々が詰めかけている。
「いやー両方有名店になっちゃったから、初日は凄いわね」
「いやこれは凄すぎるし」
「本当ですわね……」
この日の新施設の開店については、数日前まで店頭で告知していた。ヴィーアンドクリームの方は、元々の客が多いので、広める前に多くの人が情報を得る事になる。一方、フラウリージェの方は、客入り自体は少ないが、熱狂的なファンが多い為、1人が知れば口コミで沢山の人に情報が広められるのだ。しかし、
「それにしては多くないですか?」
「うん。かなり向こうの道まで埋め尽くされてるし。これどういう事だし?」
人数が明らかにおかしい。店の正面側に集まった人波が、かなり遠くまで広がり、少々高い所から見ても端が分からない。それによく見ると、色々なリージョンから集まっているのが分かる。
集まった人々を見て、ネフテリアがうんうんと頷いていた。
「宣伝の効果は抜群ね」
『え』
この数日、ネフテリアは両方の店に顔を出していない。引っ越しの為、前もって閉店もしている。
つまり、知らないところでネフテリアが動いていた…という事になる。
「えーっと、テリア様? ここんとこ見かけなかったですけど、何してました?」
ミューゼが代表して、全員が考えている事を問いかけた。すると、ネフテリアは自信満々に胸を張り、答えた。
「いろんなリージョンを飛び回って、『王女公認のお店が始まりまーす』って、ばっちり宣伝してきたわ!」
『あんたのせいかあああああ!!』
王女が直接出向いて、自分が関わる店だと言えば、王政の無いリージョンの人々でも『凄い人が店を始めるらしい』くらいの事は考える。その結果、ニーニルの街の一部を埋め尽くす程のお祭り騒ぎとなったのだった。
「流石は我が娘」
「ここまで民衆を動かすとは、成長しましたね」
「なんで国王様と王妃様までいらっしゃるんですの……」
ネフテリア達の横では、ガルディオとフレアがのんびりと座って見学中。大型新施設の開店という娘の晴れ姿を見に来たのである。フレアの方は手伝いも兼ねているが。
「お母様、お願いします」
「はい、どうぞ」
『……コホン。皆様、ようこそいらっしゃいました』
自身の魔法で空中に立ち、フレアの魔法で声を大きくしてもらい、演説を始めた。
何かが始まったと興味津々の人々は、スッと静まり返る。
『どうもー! エインデル王国の王女、ネフテリア・エインデル・エルトナイトでーす。わたくしはこの街で、素敵な2つのお店と出会いました! その店は、そのたゆまぬ努力の中で運命を自力でつかみ取り、瞬く間に知名度を伸ばしていって……ついには王家の目に留まる事になったのでーす!』
(そうでしたかしら……)
(どっちもアリエッタの功績だし)
ネフテリアは、事実とは違う2店の歴史を、つらつらとハイテンションで語る。微妙に感動的な感じに捏造し、アリエッタの関与を隠蔽していった。
少女の功績を奪った形になり、気まずい店長2人。しかし沢山の人に羨望の眼差しで見られている以上、挙動不審になるわけにはいかない。
2人が葛藤に耐えているうちに、ネフテリアの演説が終わりに差し掛かろうとしていた。若くて大雑把なネフテリアに、長々とした演説は不可能なのである。
そのまま最も重要な発表をする瞬間が訪れた。
『ってなわけで! ここに大人気食堂『ヴィーアンドクリーム』と、奇跡の服飾店『フラウリージェ』、その2店舗を構えた合同施設『エルトフェリア』開・店・します!!』
わあああああああああ!!
パチパチパチパチ
声高らかに宣言し、ニーニルの街は大歓声に包まれた。
この場で声を上げていないのは、ミューゼ達当事者のみ。
「……エルトフェリア?」
「なんか意味不明なカッコイイ感じの名前付いたけど、誰か知ってるのよ?」
「ううん、知らないし」
「私も存じませんわ」
フラウリージェの店員達も、全員首を横に振る。つまり、施設の命名をしたのは、ネフテリアの独断という事になる。
この事は後でミューゼ達が問い詰める事にして、今は開店イベントの準備である。
今日だけは特別に、ノエラ以外のフラウリージェ店員が全員、新作の服をお披露目しながらヴィーアンドクリームをお手伝い。クリムとパフィだけでなく、せっかくだからとピアーニャに頼んで呼び戻してもらっていたサンディとシャービットが超高速×4で弁当を作り、全員に配っていくというイベントになった。
「よーし、頑張るの!」
「は、はーい……」
サンディはパフィの手伝いが出来る…とやる気満々だが、シャービットはちょっと前にメレンゲ事件についてフレアからチクチク小言を言われ、結構凹んでいる。本来、小言で済むような事件でもないのだが……。
こうして始まった新施設開店イベントは、4人のラスィーテ人による超高速お弁当作りによって、ほんの数刻で全員に配り終わってしまった。
ガルディオと一緒に来た兵士達も、人々の誘導や鎮圧を手伝い、割と何事も無く人々を解散させる事に成功。その人々はおいしい弁当をもらってホクホク顔で帰っていく。明日以降の開店を楽しみにしながら。
そして、勝手に『エルトフェリア』と名付けられた建物の入り口前に横たわる、オシャレなフラウリージェ店員達。
「つっ…かれ……た」
「もうダメ」
「きゅぅ~」
無数の人々にひたすら弁当を配っていたので、限界ぶっちぎりで動き続け、疲労困憊なのである。
ミューゼはノエラの手伝いで、フラウリージェの女性客と一緒にアリエッタの着せ替えを楽しんでいた。その為アリエッタも疲労困憊だったりする。
アリエッタも今回の仕事は「きせかえ」だと誤解し、トラウマと戦いながら大人しくされるがままになっていた。今は死んだ目をしながらパフィに甘えている。
後始末を終え、落ち着いたと判断したミューゼは、ようやく疑問に思っていた事をネフテリアに尋ねる事にした。
「で、『エルトフェリア』ってなんですか?」