テラーノベル
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「大丈夫ですか!」
剛田が慌てて車を路肩に停め、後部座席の二人を確認する。
「あ、ああ……」
「はい……剛田さんは? お怪我はありませんか?」
「はい、私は大丈夫です。すみません、私の不注意で」
「謝ることじゃない。一体、何があった?」
「それが……右車線からものすごいスピードで車が追い抜いていったかと思うと、いきなり目の前に割り込み、急ブレーキを……」
片側二車線の道路で、そんな無茶な運転をすれば事故になっても当然だ。
「ナンバーは確認できたか?」
「それが……隠されていたんです」
「俺たちを狙った可能性があるな……」
黒のSUVが急発進して視界から消えた。窓には濃いスモークが貼られ、ナンバーまで隠されている。偶然ではなく、最初からこの車を狙っていたと考える方が自然だ。
「あの、専務」
「なんだ? どこか痛むのか?」
「いえ……そろそろ、離していただけませんか?」
衝撃に備えて庇ってくれた颯斗に、まだ抱きしめられたままだった。
「あ、ああ……」
冷静になった途端、颯斗の頬がほんのり赤くなる。照れ隠しのように視線を逸らした。
「助けていただいて……ありがとうございました」
美玲は無意識に眼鏡を外し、膝に置いて髪を整えながら颯斗の目を見て礼を言った。
「なっ⁉」
その瞬間、颯斗の表情が凍り付く。眼鏡で隠されていた瞳は大きな二重で、印象が変わるどころかまるで別人だ。美玲は颯斗の驚きに気づかず、眼鏡をかけ直し、またいつもの自分に戻る。
――ドキドキと高鳴る胸。颯斗は戸惑っていた。今は危険な運転で命に関わる状況だったはずなのに、頭の中に残っているのは美玲の素顔ばかりだった。
「警察に連絡しましょうか?」
「ああ……この車にはドライブレコーダーがついているな?」
「はい、記録されています」
「悪いが、俺たちを目的地まで送ったあと、警察に届け出てくれないか?」
「かしこまりました」
やがて車は緑に囲まれた敷地へと入り、真っ白な洋館が姿を現す。青々とした庭に映える白壁の建物は美しく、ガーデンウエディングを思わせる。
館内に足を踏み入れれば、まるで童話の主人公になったような気分だ。ここで真っ白なドレスをまとい、永遠の愛を誓えたなら――それは夢のようだ。サクライウエディングが人気を集める理由も納得できる。
「専務、お待ちしておりました」
出迎えたのは二十代後半の長身の男性。よく見ると大学の同期で、美玲には見覚えがある。だが、地味眼鏡姿の彼女には気づいていない。
「初めまして、専務秘書の嵯峨と申します。よろしくお願いいたします」
「嵯峨さん、初めまして。内田です。どうぞよろしくお願いします」
「内田くんは、ここの責任者で支配人という立場だ」
爽やかで好青年といった印象を与える笑顔。
――だが
(その笑顔、私は信じないわ……どれほど多くの女性がこの男に騙されてきたか。櫻井のおじ様に頼まれて秘書を引き受けたけど、どうして次から次へと厄介な相手ばかり現れるのかしら……)
外面は微笑みながらも、美玲は内心で毒づいていた。
現状を把握するため、館内を見て回る。内田と颯斗が話し合いながら歩く後ろで、美玲は細かい部分を観察していた。花の飾りは趣味が悪く、せっかくの会場を台無しにしている。業者が入っているはずの掃除も甘く、埃が溜まっている箇所が目につく。
「お伺いしてもよろしいでしょうか」
「はい、どうかしましたか?」
「次のお式は、いつのご予定でしょうか?」
「今週末にございますが……」
「そうですか……」
週末ということは、もう数日後。この状態で理想的な式を挙げられるのか、不安が募った。
「どうした? 険しい顔をして」
「い、いえ……」
颯斗は細部までは気づいていない。このままではサクライウエディング全体の評判に響く。
一通り見終えると、内田と颯斗は応接室で打ち合わせを始めた。
「あの……お手洗いに行ってきてもよろしいですか?」
「ああ」
「場所はわかりますか?」
「はい」
美玲はトイレに行くふりをして二人から離れる。周囲を警戒しつつ、バックヤードに忍び込んだ。
(やっぱり……)
華やかな式場とは対照的に、裏手は荷物が雑然と積まれ、掃除も行き届いていない。人手不足なのかもしれないが、もし式に支障が出るほどなら本社に報告が上がっているはずだ。今日は「問題なし」の前提で来ている。つまり帳簿や人員の管理に不正がある可能性が高い。
厨房も人の気配がなく、閑散としていた。壁や床もどこか薄汚れているように見える。まるでスパイのように忍び込んでいる自分が、誰かに見つからないかと心臓が跳ねる。
そっと冷蔵庫を開ける。週末の食材はまだ納品されていないのか、中はほとんど空だった。隣の倉庫にはドリンクや乾物のストックが置かれている。
その奥にはワインセラーがあり、美玲は中を覗いてみた。そこには厳選された銘柄が並んでいて、さすがサクライウエディングだと感心した――が、すぐに違和感に気づく。
(ロマネに、ドンペリ……ここはホストクラブ?)
客の要望で用意することはあるかもしれないが、高級ワインが一本ずつ丁寧に揃っているのは不自然すぎる。疑念は確信へと近づいていった。
その時――
「ここで何をしているんだ!」
背後から鋭い声を浴びせられ、美玲はビクリと肩を震わせた。
コメント
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この内田くん、厄介どころかこれまた相当ヤバい人なんじゃないの?仕事も適当にしててお酒も自分が飲みたいものしか置かず、お掃除!雇わないでチョロまかしてるんじゃない?