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私は、シウメの部屋を訪れた。
質素ではあるが、掃除はきちんとされている。研究用の資料や、ポーション類もきちんと保管されている。メランが整理できる女が好きだと、きちんとわかっているのだ。
「さて、シウメ。フードはとりなさい」
自分の部屋くらいはね。言われてシウメはフードをとった。どこか渋々とやっているように見えているのは、呪いのせいで従っているというだけという意思表示だろう。
黒いフードがとれて、水色の髪が露わになる。
「綺麗な髪ね」
「……」
すっと顔を逸らされた。ふふ――
「知りもしないで、という顔をしてるわね。あなた、故郷じゃ、その髪色のせいで虐められていたのよね」
「!?」
わかりやすい反応をどうも。知ってるわよ、『赤毛の聖女』でのイベントで、あなたはそういう過去があると告白したもの。
「わかってないわね、本当。あなたの髪はとても素敵な色よ」
私は彼女を手招きすると、鏡台の前に導いた。
「これを表に出さないなんて、もったいないわ」
「……」
すっと鏡の移る自分から、シウメは顔を逸らした。自分のことが好きじゃないのね。
「背中、丸まってる。メランが振り向いてくれないわよ」
「っ……!」
「彼のためなら、何でもやるんでしょ?」
シウメとは、そういう女なのだ。一途で、夢中になったら周囲など気にしないくらいに没頭して。……少々、というかそれなりに病んでる。
鏡台に櫛はあったので、少々ぼさついているシウメの髪を梳かす。
「前髪を少し切るわ。目元が隠れているのが、あなたの場合はよろしくない」
「……!」
嫌そうな反応が目元が隠れていても出た。
「あなたとメランの幸せに、その長い前髪は邪魔」
私はハサミを魔力生成で作る。
「本当はあなた自身の手でやるべきなんだけど、髪を自分で切るって案外難しいのよね。……そういえば、あなたはいつも髪はどうしている?」
誰かに切ってもらうってタイプではなさそう。学校には床屋があるから利用していると見るのが普通だけど、シウメみたいなタイプはちゃんと利用しているのかしら?
じっと見続けることしばし、迷ったようにキョロキョロしていたシウメは、やがてボソリと言った。
「……じ、自分で、切って、ます」
「じゃあ、前髪は自分で切れるわね? もし自信がないなら私がカットしてあげるわ」
「……」
ハサミを渡す。ヤンデレに凶器持たせたら、一瞬襲ってくるんじゃないかと思ったが、メランにかけた呪いの件があるから、そうはならないと思いたい。
「メランはあなたの素顔を見たら、きっと気に入るわ」
「で、でも……わ、わたしなんて……」
「はい『わたしなんて』禁止ー。そういうところよ。メランがあなたの前で、他の女に声をかけてしまうところ」
本当はこの手の子に言うのは酷だけれど、私は敢えて言う。
「いい? これまでメランが関心を示してくれなかったのは、かなりの部分であなたのせいよ。あなたは一丁前に不安がっているけれど、それは当たり。何故ならあなたが、その努力を怠ったから。それで話した女に逆恨みなんて、たまったものじゃないわ」
「……わたしのせい」
ぐっと口元を引き結ぶシウメ。私は、彼女のそばに顔を寄せて、一緒に鏡台を見る。
「あなたにとってはかなり辛いことを言ったけれど、私は悪いことだけしか言わない他の連中とは違う。ここであなたを、彼に好かれる女にするわ。何故なら私はあなたの味方だから」
ただしヤンデレ成分が手に負えないとなったら、その時は再起不能にしてやる。私はメアリーのハッピーエンド計画のためなら鬼でも悪魔でもなる。……というくらいの開き直りで接している。
「レッスン1。女は作るものよ」
「?」
「いい、シウメ。男にちやほやされる女っているでしょ? いわゆる美女の類いね」
シウメがかすかに俯きかけたので、頭を押さえて鏡に向き直させる。
「でも、その中で本当に美女というパターンは、砂浜の中で砂金を見つけるくらい、極めて稀なのよ」
「……」
「『そんなことない。美人はもっと身近にいる』って顔をしているわね? でも事実よ。あなたのいう美人は、皆自分を美人に見えるよう作っている」
外見がよくてモテる奴は、モテる理由があるのだ。何もせず、黙っていればモテるなんて簡単なものではない。
「そう、美人は作れるのよ。幸い、あなたはモデルがいいから、美人が演出しているテクニックを用いれば、もうモテモテよ」
「……」
「作り方がわからない? 私が教えてあげる。……面倒そうとか言わない。あなただって魔術科なら、魔法が正しい手順を踏まないとうまくいかないことを知っているでしょ? それと同じよ」
自分に自信がない、好きでないから足踏みしてしまう。本当は美人演出しなくても、ちょっとの勇気でお話できたり仲良くできたりするものだけれど。
ただ、美人は鎧だ。自らを守り、自信を与えるものだ。自信は人を強くする。
「物事にはやり方というものがある。あなたは魔法は得意だけど、こっちはやってこなかった。それだけのこと。やり方を覚えればいい。難しくはない」
私は、シウメにささやくように言った。
「前髪、自分で切る? 私が切ろうか?」
まずは形から、と言うけれど、それだけで済むほど世の中簡単ではない。
ただ――
「前髪を切ったのか」
メランは、シウメを見て淡々とそう言った。よほどの不潔でなければ、相手の容姿をあまり気にするタイプではないのだが。
「そのほうがいい。瞳の色がエメラルドみたいで綺麗だな」
「……っ」
そっけないようだが、言われたシウメは顔を真っ赤にしていた。
なお、私はメランに対しては仕込みは一切していない。シウメを褒めろとか、そういう裏工作はしていない。メランはそういう小細工を嫌う性格だからだ。
ありのままでいいではないか――むしろゴテゴテと着飾るのを鬱陶しがるところさえある。
とはいえ、それを鵜呑みにしてはいけない。それでもやはり綺麗なほうが好きなのだ。
シウメにはまず自信をつけさせる。そして人との話し方を思い出してもらう。