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#シリアス
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事務所の前に、場違いな香水の匂いが漂った。
一台の安っぽいスポーツカーから降りてきたのは、派手な服に身を包み
不自然な笑みを貼り付けた女——ひまりの母親、そして昔自分と付き合いがあった元恋人・沙織だった。
「ひまり!ママよ! 会いたかったわあ!!」
事務所から出てきたひまりに、沙織が駆け寄って抱きしめる。
ひまりは一瞬、石のように固まったあと、震える手で母親の背中を掴んだ。
「お…お母、さん……?」
俺は事務所の入り口で、眼鏡の奥の目を氷のように冷たくしてその光景を見とった。
沙織の背後には、ヘラヘラと薄笑いを浮かべた若い男が立っとる。
「……っ、何や沙織。今更、どの面下げてここへ来た」
俺の声に、沙織はひまりを抱いたまま、勝ち誇ったような目を向けてきおった。
「ひどいわね、吾郎さん。自分の子供に会いに来るのは親の権利でしょ?」
親────
なんて都合のいい言葉や。
「……ねぇ、ひまり。ママ、新しいパパと一緒にお迎えに来たの。こんな怖いところにいなくていいのよ。ね、一緒に帰りましょう?」
ひまりの肩が、目に見えて小さく跳ねた。
新しいパパ——。
背後の男は、沙織がひまりを捨ててまで追いかけた男やろう。
あいつの目は、ひまりへの愛情やなくて、俺の事務所……黒龍組の「金」を値踏みしとる。
「…おじ、さん……やだ、おじさん…っ、こわ、い」
ひまりが、助けを求めるように俺を見た。
「…!」
その瞳は、再会の喜びやなくて、底知れぬ恐怖に揺れとった。
「和幸。ひまりを奥へ連れて行け」
「……ア、兄貴。でも…」
「ええから行け。……ひまりの耳、これ以上汚させんな」
和幸がひまりを抱き上げるようにして中へ入る。
ひまりが泣きそうな顔で俺を見続けていたが、俺はわざと視線を逸らし、沙織と男の前に一歩踏み出した。
「……ひまりを捨てたのはお前自身やろ。そのせいであの子の居場所は無くなったんや。それを拾い上げたんがワシや」
「何言ってるのよ。血がつながってるのは私よ?裁判にだって勝てるんだから。……それとも何? 『解決金』でもくれるっていうなら、話は別だけど?」
男がニヤニヤしながら一歩前に出る。
「そうそう。極道の親分さんなら、端金くらい持ってるんでしょ?」
その瞬間、俺の頭の中で何かが「ぷつん」と切れた。
こいつらは、ひまりを「邪魔者」として捨て、今度は「金づる」として利用しようとしとる。
ワシが命懸けで守ると誓った、幼い宝物をこいつらはまた土足で踏みにじろうとしとるんや。
「……和幸。…車出せ」
「えっ、どこへ……」
「空き地や。……ここでやると、ひまりに叫び声が聞こえてまうからな」
俺は沙織の腕を掴み、男の襟首をひっ掴んだ。
眼鏡を指で押し上げ、地獄の底から響くような声で告げる。
「……ひまりの親代わりとして、最後に一つだけ教えてやる。何の判断能力もないガキのこといいように利用して手に入るもんなんて、一時の金か、自分を慰めるための安っぽい言い訳くらいなもんや」
「はっ?親代わり?ヤクザの分際で?ふざけないでよ!こっちは誘拐で訴えることもできるのよ?!」
「ふざけてんのはどっちや。…自分の腹痛めて産んだ子を、都合のええ集金袋か何かにしか思てへんようやな」
「仕方ないでしょ!もう堕ろせない期間だったんだから!ノリで生でヤってたらデキちゃったし、色んな男とヤってたんだから誰かもわかんないし連絡も取れないのよ」
「…んなクソ話どうでもええ。あいつはな、お前らの都合で動く道具やない。真っ当に、綺麗に生きていく一人の人間なんや」
「…自分のケツも拭けんようなロクデナシが、親面してあの子の視界に入るな」
沙織の顔から血の気が引いていく。
本当の再会、本当の決別。
ワシが「父親」として生きるなら、この汚れた過去は、ワシ自身の手で完結させなあかん。
俺は一瞬だけ立ち止まり、拳を強く握りしめてから、黒塗りの車へと向かった。
コメント
1件
毒親だわね。お金の為なら娘を売り飛ばすくらいしそうだわね💢