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「ああ、何も知らされてない感じですか?」
参ったなーと呟く彼をよそに、僕は言葉を失った。もし彼の言葉に何も嘘偽りがないなら、美幸さんは僕に隠し事をしていることになるから。
でも、この時の僕は悲しみよりも何よりも、目の前の朧木さんに対しての驚きと怒りが込み上げていた。
「なんで、貴方が、知ったような口してるんですか」
今思えば、あの時の僕は冷静じゃなかったと分かる、しかしそんなことを気にしていないかのように、朧木さんは再びこちらに視線を戻した。
「うーん、知っていると言えば知っているんスけど、知らないと言えば本当に知らないって感じなんスよね、アンタが彼女のことを知ってない限り、自分も下手に口出し出来ないっていうか……」
口ごもる朧木さんを見て、僕の中には更に怒りの感情が高まった。それと同時に、少し悲しくなった。美幸さんは僕のことをあまり頼らない、美幸さんは自分のことをあまり話してくれない。なのに、彼には僕よりも話しているんだと、鈍器で頭を殴られたように現実が僕を襲った。
「これ以上はあんまり良くないっスよね、自分にとっても、アンタにとっても。さっき渡した名刺、その裏に自分の電話番号があるので、何かあれば連絡してほしいっス」
そう言って去っていく朧木さんを、僕は見届けるしかなかった。しばらくして朧木さんが離れたことに気づいた僕は急いで自販機で用を済ませ、美幸さんの元に戻った。
「あ、氷室くんおかえり、遅かったね?」
「ごめん、ちょっと話しかけられてて」
「そうなんだ?同級生とか?」
あーうん、そんなところ。と嘘をついた自分を蹴飛ばしたくなった。彼女に高望みするのに、僕は僕を甘やかすのか、と。
気持ちを振り払うように僕も彼女の隣に座り込む背景で、僕は静かに彼から貰った名刺をぐしゃぐしゃに握りつぶした。