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(お父さん、お墓参りするの、久しぶりになってしまってごめんなさい。……お父さんの事を『大嫌い』って言ってしまったけど、あれは本心からじゃなかった。……ただ、友達が羨ましくて癇癪を起こしてしまったの。……お父さんが死を選んだ理由は私の言葉じゃないって分かってる。……でも、ごめんね。最期に娘から聞いた言葉があれだったら、つらかったよね。最期ぐらい、『大好き』って聞きたかったよね。私も言いたかった。……ごめんね……っ)
私は手を合わせながら涙を零す。
『お父さんなんて大嫌い』という言葉がが死の原因じゃなくても、最期に喧嘩せず『お父さん大好き! 長生きしてね』と言っていたら、父は少しか心変わりしたんじゃないだろうか、と思ってしまう。
(今、何を言っても手遅れなのは分かってる。ごめんね。……お父さんは沢山の愛情を注いでくれたのに、私は何も返せなかった。……十二年も経ってから謝る私を許して)
目の前では線香の煙がくゆり、私の鼻腔にその香りが届く。
(今日ね、篠宮尊さんっていう、結婚する人も一緒なの。とっても優しい人だよ。……お父さんの死に絶望したから彼と出会ったって言ったらあんまりだけど、……お父さんが尊さんと引き合わせてくれたような気がする。……これから彼と幸せな家庭を築いていきます。結婚式、見ていてくれたら嬉しいな)
その時、私の想いに応えるように風が吹き、髪を揺らした。
(新しいお父さんの貴志さんは、とってもいい人だよ。でも、嫉妬しなくていいからね。私もお母さんも、お父さんとの三人家族の思い出を大切にとってある。それで、私は今野澄哉と今野若菜の娘なの。それだけは変わらない事実だよ。……亮平と美奈歩とはちょっとギクシャクしたけど、今はうまくやれてると思ってる。……だから、お父さんから貴志さんにバトンを渡したと思って、安心して見守っていてね。私たち、ちゃんとゴールまでしっかり走りきるから)
そこまで心の中で語りかけ、私は泣き濡れた顔で墓石を見て笑った。
「お父さん、大好きだよ」
十二年前に言えなかった言葉を、いま伝える。
遅すぎたかもしれないけど、ちゃんと届いていると信じて――。
立ちあがった私は、笑顔で言った。
「また、お盆に来るね」
そう言って根石から下りると、尊さんがハンカチを渡してくれた。
「……ありがとうございます」
私はお礼を言い、みんなに背を向けて目元をそっと拭う。
そのあと、父、美奈歩、尊さんの順に墓石に手を合わせた。
高台にある霊園にはつかの間の晴れ間が訪れ、湿気はあるものの爽やかな風が吹いている。
車で移動している間は雨が降っていたからか、曇天の間から光芒が差し、甲府の街並みを神々しい光で照らしていた。
私たちはしばし黙り、その何とも言えない美しい光景に魅入られていた。
暗い曇天の僅か一箇所が光り輝き、そこからスポットライトのように放射状の光が地上を照らしている。
『朱里、あれは天使の梯子とも言うんだよ』
不意に、子供の頃に父に教えられた言葉を思い出した。
「綺麗ね。お父さんがこの美しい景色を見せてくれたみたい」
母がグスッと洟を啜って笑い、目元にハンカチを当てる。
「うん……」
私はウォレットポシェットからスマホを出すと、空と甲府の街並みをグリッド線の中に収め、カシャッとシャッターを切った。
今日、この日を忘れない。
蓋をし続けてきた想いに決別し、きちんと父に向き合えた日。
それもこれも、尊さんや母がいてくれたからだ。
「付き合ってくれてありがとう」
「なんもよ~。この近く、武田信玄のお墓があるからお参りしてみない? あと、駅前に美味しいお蕎麦屋さんがあるから、行こうか。お母さん、お腹空いちゃった。甲府は鶏のもつ煮が郷土料理なのよ。ほうとうもそうなんだけど、今はちょっと暑いかしらね。そこのお蕎麦屋さん、もつ煮も出してるからみんなで食べましょ」
「うん!」
そのあと、私たちはお供え物をしまい、桶などを持って帰り支度をする。
最後に私はもう一度お墓に手を合わせ、顔を上げて笑いかけた。
「またね、お父さん。ご先祖様も、お父さんを宜しくお願いします」
言ってから、私はみんなと一緒に坂道を下り始めた。
降り続いた雨は止み、紫陽花や周囲の草木に水晶のような水滴を纏わせる。
ムッとした草いきれのなか、静かな霊園を歩きながら、私はやっと〝父の死〟という鎖に雁字搦めになっていた自分と決別できた自覚を得た。
――もう、大丈夫だよ。
チラッとお墓を振り向くと、濡れた黒御影石がキラッと光って応えたように見えた。
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