「さあ、召し上がれっ」
アリカがたくさんの牛を引き連れ、暗黒城へとやってきた翌日の朝。
暗黒城三階にある食堂。その食卓についた俺の目の前に、レーナが元気よく皿を置いた。
朝食のメニューはトーストにスクランブルエッグ、それにサラダという簡素なもの。
だが実際に食べてみると、このスクランブルエッグの塩味と甘味のバランスが絶妙で、俺は朝から気分が高揚した。
「お前、こんなおいしい料理もできたんだな」
俺は目を輝かせながら、称賛を口にした。
「えへへー、それほどでも~」
レーナは顔をふにゃりと緩ませて、照れたように頬に手を添える。
そんな彼女に、俺は笑顔を浮かべたまま言う。
「いや、お前のことは褒めてない」
「え~~!? 酷いですよ、シュウトさま~!」
「だってお前は皿運んできただけだろう……」
そう言って、俺は近くでわちゃわちゃとうるさいレーナを手でどかす。
その向こうにはキッチンがあり、そこにはエプロン姿をした美少女が――いるわけもなく、流しで料理器具を洗っているのは、エプロン姿の『地獄骸』だった。
てか、『地獄骸』のお腹には二つの目玉がついていたはずだが、完全にエプロンで隠れてしまっている。
いいのだろうか……ああ、料理の汁とか飛んだら目に入るからいいのか? よくわからないけど。
『地獄骸』の料理スキルは驚異的だった。
彼が持つ腐りかけの八本の腕は、全てがそれぞれの役割を完璧にこなし、一つの料理工程をハイスピードで進めていった。
そして、大した時間もかからずに俺やレーナ、あとはまだ起きてこないアリカの分を作ってしまった。
ちなみに、城のアンデッドやアリカの牛たちは腹が減らないため、食堂には俺とレーナ、そして『地獄骸』の三人だけがいた。
「喜んで頂けたようで、何よりです。召喚主」
仕事が一段落ついた『地獄骸』が濡れた八つの手を布で拭きながら、俺のそばまで歩いてきた。
「ああ、大満足だよ。多分、この城の中にいる女性陣よりも女子力高いぞ。『地獄骸』」
「それは……名誉なことなのでしょうか……」
「俺にもわからん……」
二人で顔を見合わせて、はぁーっと息をつく。
レーナも俺の弟子を自称するのであれば、料理の一つくらいやってほしいところだが……実際問題として、彼女に任せたら手間が増える気がするので、これからも料理を頼むことはないだろう。
さっき、『地獄骸』の手伝いでトーストを一枚だけ焼いていたが、なぜか黒焦げの炭になっていたし。
「わ、わたしだって、やればできますよっ」
食べかけのトーストを持ったまま、レーナは両手をぶんぶんと振り回してむくれる。
子供のような抗議の仕方だ。ああ……塗っていたバターが床に飛び散って……。
「いや、いい。お互いのためにやめておこう」
話を長引かせると、暗黒城の床が危険だ。
そうやって、俺がバッサリと話題を終わらせると、今度は食堂の扉が開いた。
「おはよぉーございますぅー……」
そんなほぼ寝言のような、ぼんやりとした声と一緒に現れたのは、アリカだった。
いつものクールな外見もどこへやら、寝ぐせだらけのボサボサの髪と乱れた白のワンピースを着ただらしなさすぎる格好だ。
というか、着方がおかしいのか、胸元が大きく開いている。
いつもより肌が露出していて、もう少しひらけたら色々と見えてはいけないものまで見えそうだ。
俺は慌てて駆け寄ると、彼女の身だしなみを直していく。
「な、なんて格好で城内をうろついているんだ……」
「お師匠さまは朝が弱いんですよー」
レーナはアリカの変貌ぶりにも驚くことなく、スクランブルエッグを口に運ぶと、そのあまりの美味さに大きく目を見開き、『地獄骸』に向かって、親指を突き立ててみせた。
楽しそうだね……。
「にしてもだな……」
「うう~~ん、ふぅ…………はっ!」
周りの騒がしさでアリカはどうやら正気を取り戻したようだ。
身だしなみを直してやっている俺に感謝の言葉でもあるかな、と思っていたら、
「きゃ、きゃ~~~! シュウトさんが私のワンピースに手をかけています! 襲われる~~!?」
まさかの解釈だった。
そして、彼女は大きく右手を振りかぶると。
「お、おい……やめろー!」
バチーン、と俺の右頬を思いっきりはたいたのだった。
「すいませんでした」
目の前でアリカが土下座をしています。
なんだこれ。土下座がこんなに日常茶飯事な城は嫌だ。
「そこまで謝らなくてもいいから……」
「え? これがシュウトさんの国での謝罪なんですよね?」
「いや、あれは最上級の謝罪で……」
「……? そこまで謝罪されるようなこと、私たちされていませんよ?」
「……っ! そ、それもそうだな!」
危ない。危うく、アリカたちを無慈悲なる天の光によって滅した事実が明るみに出るところだった。
何とかごまかせたな……。
「なら、私はこの謝罪方法で謝ります」
ピンチを脱した代わりに、土下座継続。
はたから見ると、女の子に土下座させている外道にしか見えないよね? これ。
アリカは寝ぐせも酷いままだし、かなりみすぼらしさが出ていて、見ていていたたまれない。
「頼むから顔を上げてくれ……アリカ」
「許してくれますか?」
「もちろん。そもそもそんなに怒っていないから」
そこまで言って、ようやく彼女は土下座をやめて立ち上がってくれた。
「でも、今のはそんなに謝ることじゃないんじゃないか? 口で謝れば済むレベルだぞ」
すると、アリカは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「シュウトさまはたいへん特殊なお方なのですね」
「その言い回しだと、俺が変人奇人の類のように聞こえるんだが……」
「実際そうです。召喚術師の師弟関係は本来とても厳格な物です。師匠に弟子が手をあげたとなれば、かなりのお仕置きが行われて然るべきでしょう」
そう説明したアリカの瞳に、冗談を言っているような様子はなかった。
え、マジでそんな世界観なの、ここ……。
「お仕置きって……どんな?」
すると、アリカは恥ずかしげに頬を染め、目を背けると潤んだ瞳で、
「痛いものから、ここでは言えないような、恥ずかしいものまで……種類は師匠の趣味で決まります」
い、一体どんなお仕置きが……。
アリカの反応もあいまって、なんかとてつもなくエッチなものを想像してしまうぞ……。
「お師匠さま、またシュウトさまの視線が嫌らしく!」
「お前ほんと鋭いな!」
相変わらず、嫌らしさには敏感なレーナの指摘に慌てる。
べ、別に本当に何かするわけでもなし、一瞬、想像したくらい許してくれ……。
「さて、そろそろ食して頂かないと、用意した朝食が冷めてしまいますな。アリカ殿」
騒然としてきた場をシェフ『地獄骸』が収めてくれた。
『地獄骸』も城の騒がしさのコントロール方法がわかってきたようだ。
「そうだな。早く食べてくれ、アリカ。今日は外に出る」
俺は食べ終わった食器を台所の流しまで持っていく。『地獄骸』が「我がやりますので、召喚主さまは座っていてください!」と慌てていたが、これくらいは自分でやらないと気が引けてしまう。
「どこにお出かけするんですか? シュウトさま」
レーナの問いに俺は答える。
「周辺のことをもっと知っておきたいからな。今日はレーナが派遣されたという村を訪れてみようと思う」