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魔界の片隅、霧がかった森の奥に、古びた館はひっそりと佇んでいた。
黒ずんだ石造りの外壁には蔦が絡みつき、崩れかけた門扉が辛うじてその役割を果たしている。館の周囲には不気味な静けさが漂い、時折、どこからともなく怪しげな声が聞こえてくる。
「……随分と荒れているな」
門を押し開け、足を踏み入れたセリオがそう呟いた。
「当然よ。元々は魔族の貴族が所有していた館だけれど、百年以上も誰も住んでいないのだから」
セリオの隣で、リゼリアが軽やかに歩を進める。彼女は白い髪を揺らしながら、古びた扉に手をかけた。
「鍵はもう壊れていたから、そのまま開くはずよ」
リゼリアが押すと、ギィィ……と軋むような音を立てて扉が開いた。
室内に足を踏み入れた瞬間、埃の匂いが鼻を突いた。薄暗い空間には、かつて豪奢だったであろう家具が並んでいるが、どれも劣化が激しい。カーテンはボロボロに裂け、絨毯は汚れ、壁の一部は崩れている。
「これは……大掃除が必要だな」
セリオは額に手を当て、ため息をついた。
「ええ、そのつもりよ。ここをお前の住処にするのだから、綺麗にしないとね」
リゼリアは楽しげに微笑み、杖を軽く振った。すると、部屋中に漂っていた埃が魔法の力でまとめられ、一箇所に集められていく。
「便利な魔法だな」
「魔法は便利よ。でも、全部を魔法で片付けるのは味気ないし、細かいところは手作業で掃除するしかないわね」
「結局、労働は避けられないということか……」
セリオは肩をすくめ、近くに転がっていた壊れかけの椅子を拾い上げた。木材が腐りかけていて、少し力を入れたらバラバラになりそうだ。
「これ、もう使い物にならないな。薪にでもするか?」
「そうね。修復できるものは直すけれど、使えないものは捨てましょう」
リゼリアは袖を捲り上げ、手近なテーブルの埃を払い始めた。セリオも観念して、壊れた家具を外に運び出す作業を開始する。
——数時間後。
大まかな掃除を終え、広間は多少まともな状態になった。埃だらけだった床は磨かれ、使える家具だけを残したことで、少しは居住空間らしくなった。
「思ったよりも早く片付いたわね」
「まあ、二人でやればこのくらいはな」
セリオは腕を組み、広間を見渡した。まだ完全に綺麗とは言えないが、少なくとも住める程度にはなってきた。
「次は修理が必要ね。特にこの壁……」
リゼリアが指さした先には、大きなひび割れの入った壁がある。風が吹くたびに微かに揺れ、今にも崩れそうだ。
「……これは魔法でどうにかなるのか?」
「応急処置はできるけれど、本格的に修理するなら材料を集めないとね」
「なら、必要な物を揃えるところからか」
セリオは頷きながら、ふと視線をリゼリアに向けた。
「それにしても、なんでここを俺の住処にしようと思ったんだ?」
「ふふ、お前にはそれなりの場所が必要だからよ。狭い家よりも、こういう館の方が似合うでしょう?」
「……そういうものか?」
「ええ。お前にはこういう場所に住んでほしいわ」
リゼリアは楽しそうに微笑み、埃を払いながら歩く。
「ともかく、まずは寝床を確保しましょう。最低限の生活ができる状態にしないとね」
「了解だ」
こうして、セリオの館での新たな生活が始まった。だが、この時の彼はまだ知らなかった。この館のリフォームが、単なる掃除や修理に留まらず、次々と奇妙な出来事を引き起こすことになることを——。