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無名の灯 番外編

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無名の灯 番外編

4 - 第4話 あの雨が降る前に

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2025年07月19日

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雨の降る前の空は、不穏なほど静かだ。

教室には誰もいなかった。チャイムはとっくに鳴っていたけれど、遥は席を立たなかった。誰かが忘れていった傘の骨が風に煽られてカタカタと音を立てる。その音が、なぜか心の奥に触れて、くすぶっていた何かがじわじわと痛みをはじめた。


「……なにしてんの?」


不意に聞こえた声に、遥は顔を上げた。日下部だった。いつもより表情が読めない。


「帰らないのかって聞いてんの」


「……忘れ物」


「傘?」


遥は目を伏せた。否定も肯定もしなかった。沈黙がふたりのあいだを満たす。


やがて日下部は近づいてきて、遥の机に手を置いた。ふっと、風が窓を揺らす。その音に紛れるように、彼は言った。


「……逃げてるだけだろ」


遥の背筋がわずかに揺れた。


「どうせ……このあと、また“あれ”があるんだろ。知ってるよ。あいつらの悪趣味な『ゲーム』。おまえが、“選ばれる”って、毎日決まってる」


「……っ」


遥は唇を噛んだ。指先が震えているのを、日下部は見ていた。


「それでも、おまえはここにいるんだな。壊れそうな顔して、いつも黙って。誰も助けねぇのに。おかしいよな、普通ならとっくに……」


言いかけて、言葉が止まる。


遥がこちらを見ていた。目の奥に、微かな光。諦めとも、意地とも、名づけようのない色が揺れていた。


「……それでも、“明日”があるから」


その一言に、日下部はなにも返せなかった。




雨が降り出す直前、ふたりは無言のまま、並んで教室を出た。


外はまだ、濡れていなかった。



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