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夕方、誰もいない校舎の階段。遥は三階と四階のあいだにある踊り場に座り込んでいた。窓から差し込む西日が、彼の影を長く引き伸ばしている。
制服のシャツは少し破れていて、首元には引っかいたような赤い跡。誰かにやられたのか、自分でやったのか、もう遥自身もわからなかった。
「……なにしてんの、あんた」
不意に背後から声がかかる。
階段を上ってきたのは、同じクラスの女子、生田。目つきが鋭く、いつも周囲と距離をとっている彼女は、誰かに話しかけるようなタイプではない。
遥は何も答えず、ただ無言で顔を背けた。
だが彼女は、躊躇なく彼の隣に腰を下ろした。
「逃げてきたんでしょ。教室から」
その言葉に、遥の肩がわずかに震える。
彼女はそれ以上、詮索しようとしない。ただ黙って窓の外を見つめた。
沈黙が、時間を切り取ったように静かに流れていく。
「ここさ、夕陽がすごいから。私もよく逃げてた。……前の学校で、だけどね」
遥は、ようやくゆっくりと顔を向ける。
彼女の横顔はまっすぐで、飾り気がなかった。
「オレ……なにも言い返せないくせに、ちゃんと傷つくんだよ。意味わかんねーよな」
ぽつりと零した言葉に、彼女はふっと小さく笑った。
「いいじゃん。意味なんかなくたって。泣くのも怒るのも、誰かのためにじゃなくて、自分のためにやるもんでしょ」
遥は返事をしなかった。
ただ、自分の膝の上に乗せた両手をじっと見つめていた。
その手の甲に、ほんの少しだけ夕陽の色がにじんでいた。