テラーノベル
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人は、いつ恋に落ちるんだろう。
その瞬間を覚えている人もいるのかもしれない。
一目見た時とか。
告白された日とか。
手を繋いだ時とか。
俺には、そんな日が思い浮かばない。
気付いた時には、もう隣にいることが当たり前だった。
だから、恋の始まりを思い返そうとしても、思い出せない。
代わりに浮かぶのは、何でもない日常ばかりだった。
仁人の名前を呼ぶことは、一日に何度もある。
撮影中。
打ち合わせ。
移動中。
「仁人。」
呼べば必ず振り向く。
「なに。」
ぶっきらぼうな返事をしながらも、ちゃんと話を聞いてくれる。
そんなやり取りを、何年も繰り返してきた。
最年長だから、メンバー全員を気に掛ける。
それは昔から変わらない。
大智も。
柔太郎も。
舜太も。
体調が悪そうなら気付くし、無理をしていそうなら声を掛ける。
だから、自分では気付かなかった。
仁人に向ける気持ちだけが、少しずつ変わっていたことに。
気付けば、視線はいつも仁人を探していた。
疲れていないか。
腰は痛くないか。
今日はちゃんと笑えているか。
高い場所での撮影になると、平気な顔をしている仁人を、つい目で追ってしまう。
長距離を走る企画なら、最後まで走り切れるか気になってしまう。
本人に言うことは、ほとんどない。
言ったところで、
「平気。」
そう笑って終わるのが分かっているからだ。
それでも、気になってしまう。
責任感が強いから。
人一倍頑張ってしまう性格だから。
そう思っていた。
少なくとも、あの頃の俺は本気でそう信じていた。
ある日、大智が何気なく言った。
「佐野さんって、仁人のこと、よう見てるよな。」
思わず笑ってしまった。
「そうか?」
「うん。俺らも見るけど、佐野さんは何か違う。」
意味が分からなかった。
誰か一人だけを特別扱いしているつもりなんて、一度もなかったから。
その話は笑って終わった。
けれど今なら思う。
気付いていなかったのは、俺だけだったのかもしれない。
好きか嫌いか。
そう聞かれたら、迷わず好きだと答える。
大事かどうか。
そう聞かれても、迷わず大事だと答える。
でも、その理由は恋じゃない。
仲間だから。
家族みたいな存在だから。
あの頃は、本気でそう思っていた。
近すぎるものは見えない。
毎日顔を合わせて。
毎日名前を呼んで。
毎日隣で笑って。
それが当たり前になればなるほど、その当たり前がどれほど特別なのか、人は気付けなくなる。
もし気持ちが目に見えるものだったら。
俺が「仁人」と名前を呼ぶたび、そこには誰にも気付かれないくらい小さな”特別”があったのかもしれない。
俺だけが、その小さな”特別”に気づいていなかった。
コメント
1件
第1話、読みました。主人公が仁人への特別な気持ちにまだ気づいていないもどかしさが、とても丁寧に描かれていて惹き込まれました。特に大智の「よう見てるよな」という何気ない指摘が、後々重く響いてきそうで。近すぎて見えなくなる関係性の脆さと美しさ、続きが気になります。素敵な作品をありがとうございます。
ラミー
162
125
ライアーミル
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