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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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猫の死因は外傷だった。

寝ているところを後ろから棒か何かで叩かれたのだろう。


もし、十分な食事が与えられていたなら、近づかれた時点で気づいて、躱すこともできたかもしれない。


触れると微かな熱が残っている、冷え切ってはいないけれど。もう息はない。


「あ、あ」


フェーデは猫を抱きしめた。

体温が死体を温めるが、息を吹き返すことはない。


「ああああ」


一緒に過ごした日々を思い出す。ろくにいいことはなかった。何もしてあげられなかった。ここから逃がしてあげることもできなかった。


この子は一体、何の為に生まれてきたの?


その言葉は猫に向けられていたが、石床に落ちた音は反射して自分に返ってきた。

何度か、同じ言葉を、繰り返す。


「わたしも同じなのに」


猫をかわいそうだと思っていれば、自分自身の境遇から視線を外すことができたのだ。それはほんの一時的なものだったが、自分自身の人生よりも大切なものがあるという事実は、フェーデに勇気を与えていた。


でも、もう猫は死んだ。小さな勇気は砕け散った。

残されたのは自分だけだ。


「なんで、わたしはちがうと思っていたのかな」


猫が冷えていく。

きっと、この猫はわたしの未来だ。


絶望の重さに心が軋む。

それでも、せめてこの猫を埋葬したい。外の世界に返してやりたいと願った。


どうせわたしは助からない。

でも、せめて。



その時、見計らったように地下室の扉が開いた。

継母がわざとらしく叫ぶ。


「きゃー! この子、猫を殺しているわ!!」


予定されていたように使用人が集まり、棒読みのセリフを言う。


「なんと邪悪な」「人の心がない」「なんてことを」「性根が曲がっている」


ちがう、ちがうちがうちがう。


わたしはそんなことしない、だってこの子のためにわたしは。この子だけがわたしの大切な。宝物だったの。なんで、そんなこと言うの? 犯人は誰なの? 誰がこんなことをしたの!?


錯乱した幼女を見て、大人達がほくそ笑む。

失意に沈む義娘の瞳を見て、継母は満足げに微笑んだ。


『子供が知恵でかなうものか!』


声が聞える。

誰もそんなこと言っていないのに、あの継母から声が聞える。


物語が見える。

大人達がひとつの物語を共有して、その筋書き通りに動いているのが見える。


「お前が殺したんだろう!」


ところどころ物語が破綻していても、追求する時間はない。

何かを発する時間は与えられない。


まるで決められたことのように会話は進行し、勝手に事実が積み上げられる。


言ってないことを言ったと言われる。

どうにか口にしても、聞かないふりをされれば何も言っていないのと同じだ。


勝手に大人達の物語の中に組み込まれ、やってもいないことをしたことにされる。


誰もフェーデを信じてはくれない。

誰も助けてはくれない。

誰も愛してはくれない。



猫は死んだ。



筋書きを読む、流れを掴む。

とめどなく溢れる悪意は隠す気もなく撒き散らされている。


読み解くまでもなく、犯人はわかっていた。


「あなたが、あなたが猫を、ころしたんじゃない!」


大人達がまぁと口に手を当てる。

わざとらしい動きだった。


「なんてこと、言いがかり姫《フェーデ》が言いがかりをつけているわ!!」


失笑が響いたあと、笑い声は合唱になった。


「言いがかり姫《フェーデ》が言いがかり《フェーデ》してる!」


笑いを堪えながらそう呟く大人たちをみて気づく。


あのわかりやすい悪意は釣り餌だったんだ。

このセリフを言うための、わかりきった伏線で、わたしは台本の上で操り人形にされている。



ああ、そうか。

真実なんて何の意味も無いんだ。


正しさに意味は無く、知恵も、心も、踏みにじられて。

ただひたすらに、いわれのない罪を着せられる。


奪われた猫は無理矢理口を開かれ、フェーデの悪口を言わされた。

力で大人に勝てるわけもなかった。くだらない物語は継母たちが飽きるまで続く。


悔しい、悔しい、悔しい。

悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい。


自分が自分(フェーデ)であることが、たまらなく悔しい。


辱められて流す涙すら、容赦なく体温を奪っていく。


冬が来たのだ。

これまでの寒さは秋のもの。


凍えるのはこれからだった。




寒空の下。

猫は川に投げ捨てられた。

死に戻り令嬢、敵国の王子に溺愛される

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