コメント
10件
〜エピローグ〜
🖤じゃあ後で
💙うん、わかった。後で。
🖤楽しみにしてる
💙うん
渡辺は電話を切る。
仕事後に目黒の家で食事をすることになった。
正月恒例のお取り寄せの海鮮が良かったので、リピートして頼んだらしい。
一人だと食べ切れないからと渡辺は目黒から夕食の誘いを受けたのだった。
渡辺は今、歌の収録に来ている。
曲の歌割りは既に決まっているので、各パートごとにメンバーそれぞれが収録する。
歌収録は全員が集まらなくても出来る。
今日呼ばれているメンバーはグループの一部だけだ。
進行表はあらかじめ配られている。
今日の日付のところには、渡辺・深澤と書いてあった。
💙今日はふっかと俺か
目黒は撮影があると言っていたのできっと別日なのだろう。
新しい曲は激しいダンスナンバーではなくしっとりめのバラード。
バラードの歌い上げる曲調は、歌唱力に自信を持つ渡辺には得意分野だといっていい。
「始めましょうか」
💙はい、お願いします。
プロデューサーに呼ばれ、ブースに入り、ヘッドセットを着ける。
まだ到着していない深澤より先に渡辺の収録が始まった。
渡辺は歌に関しては他のメンバーより集中的に取り組んで来た自負がある。
何より歌うことが好きだし、昔、社長に初めて褒められたのも歌声だった。
あの時は泣きそうに嬉しかったっけ。
渡辺は懐かしく思い出す。
悩んだ時は社長のあの言葉が今でも自分の糧になっている。
ダンスも決して手を抜いているわけではないが、それよりもっと歌が好きだ。
普段は気の利いたことを言えない自分が、歌だとメロディーに乗せて自由に想いを乗せることができるのが楽しい。
努力すればするほど実になっていく手応えも渡辺にはあった。
♪~
得意の歌い上げるパート。
高音の澄んだ渡辺の美しい声がスタジオに響き渡る。
今日も気持ちよく歌えている。
さらに何テイクかパターンを変えて収録していく。
渡辺のレコーディングは順調に進み、自分でも自信を持てる出来に仕上がったところで収録が終わった。
💙照?……なんで?
次は深澤と交替だと思っていたが、なぜか次に入って来たのは岩本だった。
すれ違う時に、岩本が小声で耳打ちする。
(💛待ってて)
渡辺はスタジオ外のベンチでおとなしく岩本を待っている。
目黒との約束まではまだ少し時間があった。
渡辺は急な岩本の登場に心の準備ができておらず、動揺している。
どうしよう。
何を話したらいいんだろう。
あのことを話すのだろうか。
もう、半ば諦めかけていたのに。
そして同時に事故の時のことも思い出した。
あの時後悔するような生き方をしてはダメだと思った。
それでも岩本の気持ちを確かめるのは今さらだし、本当は怖い。
正直に言えば、この場から逃げ出したいような気恥ずかしさとダメだった場合の恐怖心で、いてもたってもいられない。
それでも…ちゃんと照の話を聞きたい。
渡辺は落ち着かない気持ちのまま岩本を待ち続けた。
ガチャ。
スタジオのドアが開いて、とうとう岩本が出てくる。
渡辺を見つけて、外を指差した。
先に行く岩本に渡辺は黙ってついていく。
やがて駐車場に出た。
マネージャーの移動車に向かうのかと思ったが、そこには岩本の車が停まっていた。
💛乗って
💙…
言われたとおり、渡辺は大人しく助手席に乗り込む。
ドアを閉める。
静寂。
駐車場には他に誰もいない。
マネージャーもおそらく帰されているようだ。
誰かに話を聞かれる心配もない。
💙照、どうして?
💛ふっかに頼んで順番替わってもらった
事も無げに言う岩本。
渡辺の心拍数が否応なしに上がる。
岩本が何を考えているのかわからない。
緊張が高まる。
💙…なんで?
💛こうでもしないと、二人で話せないし。電話じゃなくて会って話したかった。
💙…年末のことなら、俺はもう気にしてないから
渡辺は予防線を張ろうとする。
しかし、岩本がはっきりと言った。
💛俺が気にしてる
💙……
💛翔太はさ
渡辺が岩本を見る。
呑み込む自分の唾の音が聞こえてくるようだ。
💛本当に俺が好き?
💙…え?
予想外の岩本の質問に、いったん渡辺の思考が停止した。
💛答えて。本当に俺が一番?
こいつは何を言ってるんだろう。
渡辺は混乱した。
岩本の目が怖かった。
嘘は許さないというような迫力で渡辺を見ている。
でも、渡辺には何も心当たりがない。
思っていることを素直に答えるしかない。
💙うん……
💛じゃあ聞くけど
岩本は自分の唇を舐めた。
💛目黒のことはどう思ってるの
💙めめ?
💛うん
💙めめは友達だけど…
💛ほんとうに?
不思議そうに岩本を見上げる渡辺。
💙俺が好きなのは照だけだよ
💛本当に、俺だけ?
一言ずつ区切るように岩本は聞く。
💙……照だけ
岩本の強張った顔がほんの少し緩んだように見えた。
渡辺は口を開きかけるが、その口をすぐさま岩本が塞いだ。
💙…んっ…
岩本の口から直接熱が伝わる。
蕩けるような甘い感触に頭の芯が痺れるような気分になる。
渡辺はその感触に溺れかけた。
💛翔太のこと、ずっと好きだった
今度は耳から待ち望んだ岩本の甘い声が聴こえる。
渡辺はその甘さに恍惚としながら、うっすらと涙が流れるのを感じていた。
💙照……
💛もう誰にも渡したくない。
💙……夢みたいだ
💛俺も
💙本当に、俺でいいの?
💛お前じゃなきゃ嫌だ
岩本がきつく渡辺を抱き締める。
その時、渡辺のポケットの携帯が震えた。
💙…めめだ
ちょうど約束の時間になっている。
渡辺から連絡がないので掛けてきたのだろう。
💛出るな
💙でも…んっ……
岩本は渡辺の携帯を取り上げ、後部座席に投げながら二度目の口付けを始めた。
今度はもっと濃厚な、息さえできなくなるような深い口付けを。