ダンジョンを攻略する事を生業としている人間の事をダンジョンハンターと呼び、彼、朱月輝夜(あかつきかぐや)もその一人であった。
砂漠の乾いた空気が、火薬の炸裂音により、輝夜の放った弾丸がモンスターの額を貫く。そのモンスターは銃弾の衝撃のまま倒れる。
「ふぅ」
輝夜は小さく息を吐きながら倒したモンスターに近づくと、ナイフを抜いて慣れた手つきでモンスター解体する。
売れる素材のみを剥ぎ取ってから、それらを鞄の中に放り込む。
「よし、今日もいい感じだ。帰ろうかナディ」
『そうね。お腹すいたわ』
鞄を背負い家に帰ろうとした輝夜は、足元に拳大の水晶玉が転がっている事に気づく。
「なにこれ?」
輝夜は足元の水晶玉を拾い上げる。軽く叩いてみたりするが、何の変哲もない只の水晶玉だ。
『他のハンターの落とし物じゃない?』
「かもね。ついでだし協会に届けてあげようか」
落とし物だと判断した輝夜は、それも鞄に入れておこうと背負った鞄を下ろそうとする。その時、水晶玉から青白い光が発せられ、瞬く間に辺り一面を光で覆い尽くす。
◇◆◇◆
「……ん?」
次に気がついた時は、家のベッドの上だった。
輝夜が体を起こすと、やけに重く感じた。とくに胸辺りに妙な重さと圧迫感があった。それに全身が汗ばんでいる。
胸の苦しさを少しでも和らげようと、服のボタンを外す。
するとその下から、たわわに実った二つの果実が現れた。服で押さえつけられ、汗ばんだそれは日の淡い光が反射し、その白い肌が滑らかに光っている。
「……?」
一体何が起こっているのか全くわからないまま、輝夜は自分の胸に手を当てた。
服の上からでも、ふわっと手を包み込む柔らかさ。夢でも幻でもない、確かにそこには本来ないはずのものがあった。
「……なんだこれ」
輝夜は近くに置いてあった鏡を覗き込む。鏡面には見知った自分の顔ではなく、美しい白銀の髪に、金色の瞳の少女が写っていた。
そんな、まさかと鏡に写る少女に笑いかけると、少女もまた輝夜に笑いかけてくる。
手振ってみると少女もまた手を振る。
頬を摘んで引っ張って見ると、少女もまた頬を摘んで引っ張る。
「えーっと、つまり、えっと……ひょっとして……いやいや、流石にそれは……」
そんな馬鹿な事がある筈ないと、そっと下に手を伸ばす。しかし、淡い期待も無残に打ち砕かれ、果てしない虚脱感襲いかかってくる。
手を伸ばした先、そこにあるべき筈のものは跡形もなく消えていた。
「う、嘘だろぉぉぉぉぉ」
少女の甲高い悲鳴が、辺りに響き渡った。
『なにもー、どうしたのよ……ってあらら、随分と可愛くなっちゃって』
大きな欠伸をしながら、ナディが輝夜の髪の中からもぞもぞと這い出てくる。
「ナディ大変だ!」
『見ればわかるわよ。んー、これは……なるほどね』
ナディは輝夜の瞳を覗き込み、何か考えるように人差し指を顎に当て考え込む。少し経って、なにかわかったのかポンと手を叩く。
「一人で納得してないでさ、僕にも解るように教えて欲しいんだけど」
輝夜は事情が飲み込めず、不機嫌気味にナディに聞く。
『これは古い呪いね。と言っても別に死んだりとかはしないから安心して。ただ、呪いをかけた対象の姿を変えるのよ』
「そりゃまた、泣いちゃいそうだ。で、元に戻る方法は?」
『知らないわよ』
「えぇ……そんな無責任な……」
輝夜は言葉を詰まらせる。
『そんな悲しそうな目で見ないでよ。仕方ないじゃない、知らないものは知らないのよ』
ナディは困った様子で、肩を竦めてそう言う。
「だってさ」
小さい体からは想像もつかないが、ナディは数百年生きる妖精だ。人よりも遥かに寿命は長く、それだけ知恵もある。そのナディが知らないといえば、輝夜にはどうすることもできない。
『ま、元に戻る方法があるとしたら、やっぱりダンジョンじゃないの?』
そう言うと、ナディは輝夜の肩に乗り羽を休める。
「餅は餅屋ってわけね」
輝夜はそう言うと大きく背伸びをすると、ゆっくりと起き上がり出かける準備を始める。
『どこ行くの?』
「どこって、ダンジョンに決まってるじゃん。元に戻る方法を探すんだよ」
『服は?』
ナディの指摘に輝夜の動きが止まる。
当たり前だが、輝夜の部屋には女物の服など一着たりとも存在しない。すべてがオーバーサイズである。
「まぁ、なんか適当に着れるもの着れば良くない?」
輝夜は適当なTシャツの上から無地のグレーのワイシャツを羽織ってジーンズを穿く。シャツは問題ないにしろ、ジーンズは裾が余ってしまう為、折って長さを調節する。靴もサイズが合わないためにやむを得ずビーチサンダルをはく。
「これなら、ギリギリ変じゃないでしょ」
輝夜はそう呟きながら、ふと自分の手を見る。
小さく細く、マメ一つない小さな手。銃どころか、武器すら手にした事の無いような手。
『これからダンジョンに挑もうって人間の格好じゃないけどね。いいとこ最寄りのコンビニよ』
「まぁ、なるようになるよ」
その手でホルスターに収まっている拳銃を撫でながらそう呟く。
◇◆◇◆
輝夜は最低限の荷物だけを持ち、秋葉原にあるダンジョンに来た。比較的初心者向けのダンジョンで、変化した体を慣らしやすい。
ダンジョンの内部は自然公園のような緑溢れる穏やかな場所で、時折吹いてくる風木の葉を揺らし、とても落ち着いた雰囲気を醸し出す。
周囲を警戒するが、モンスターの気配はない。輝夜は入って直ぐ戦闘という事態が起こらず安堵した。
とりあえず適当に地図を見ながらうろうろし始める。
ある程度歩いたところで、モンスターの気配を察知した輝夜は近くの繁みに身を潜める。
ほどなくして、通路の奥から人型の小さいモンスターが二匹出てきた。
醜悪な面に子供のように小さい体、緑色の血色の悪い肌。一般的なモンスターのゴブリンである。
近くにゴブリンの集落でもあるのか、ニ匹のゴブリンは輝夜の隠れている所から、五十メートルほど離れた場所で周囲を警戒している。
おそらく見張りであろうそれらは、輝夜に気付く様子はない。
「ゴブリンだけかな」
輝夜は銃を抜いてそう呟く。
武器を手に取った瞬間から、頭からスっと血の気が引いていき、全身の体温が下がっていくのを感じながら、輝夜は撃鉄を起こす。
「(3……2……1……)」
輝夜は頭の中で秒読みをして、ゼロと数えると同時に岩陰から飛び出る。素早くゴブリンに狙いを定めて銃の引金を引く。耳を割くような炸裂音と共に、銃口から飛び出た鉛弾はゴブリンの胸に風穴を開けて一瞬でその命を奪う。
「ギギッ!」
いきなり現れた敵に驚いたのか、少し距離をとって様子を窺うゴブリンに、今度はゆっくりと狙いを定めてから躊躇う事無く撃つ。
『どう?』
「やっぱり、ちょっと動きにくさはあるかな。しっかり狙ったのに一インチもずれたし」
身長や腕の長さが変わった事により、狙い定める感覚が変わっている事に、不満げな表情を浮かべる。
1インチはおよそ2.5cm。誤差の範囲でしか無いが、輝夜にとってそれは大きなズレだった。
輝夜は調整しながら、次々と集団で襲いかかってくるゴブリンを倒して奥へと進んで行く。
もともと体の一部のように使いこなしていた為、始めは多少の違和感があったものの、すぐにそれにも慣れて自在に扱えるようになる。
「だいぶ、慣れてきたかな」
空薬莢を排出し、ポーチから新たな弾丸を取り出して装填していると、何か影が近づいてくるのを輝夜は視界の端でとらえる。その正体は新たなゴブリンである。
「おちおち気を抜いてもいられないな」
ゴブリンは殺される事を恐れていないかのように、迷いなく体当たりをしてくる。
銃を扱う相手には距離を詰めた方が有利だと知ってか、がむしゃらに突っ込んで来ているだけの体当たり。
輝夜は動じることなくナイフを抜き、ゴブリンの胸を突き刺す。
しかし、刃は半分ほど刺さった所で止まり、輝夜は突進勢いのままに突き飛ばされてしまう。
「おっと」
刃が刺さらないのは彼女にとって少し予想外だったが、その程度では動じず三歩下がって体勢を立て直す。
「思ってたより力が――」
入らなかったと言おうとした輝夜の足に、錆び付いた無数の針が突き刺さる。見れば、岩陰に隠れていたのか、ゴブリンが刺付きの金棒を持って、おぞましい笑みを浮かべていた。
「っ!」
振り下ろされた金棒は、輝夜のやわらかい足の肉を引き裂き、骨をへし折り、血管と筋肉を引き千切る。その衝撃で手からナイフが零れ落ちる。
ゴブリンは足に刺さった金棒を無理やり引き抜く。棘が突き刺さった部分が無理やり広げられ、真っ赤な血が噴き出す。足が肉を引き千切る音と共に壊れていく。
「いっ――てぇな!」
久しく感じることのなかった身を切られ、抉られる痛みに堪らず顔を歪める。
痛みに歯を食いしばりながら、足元のゴブリンを怪我した足で蹴り飛ばす。しかし、そのせいで刺された傷口がさらに痛み、堪らず足を押さえて距離を取る。しかし、引いた先にロープが張られており足を絡め取られて転ぶ。
「あー、クソ油断した」
それを好機と思ったのか、ナイフで刺されたゴブリンが、刺された痛みに耐えながら、輝夜に向かって突進してくる。
すかさず銃口を向け、突進してきたゴブリンに向けて放つ。反応できず、ゴブリンは身体に風穴を開ける。
血が滴る金棒を舐めながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべて近付いてくるゴブリンも同様に、胸を撃ち抜き息の根を止める。
「クソいてぇ」
二匹ともゴブリンを仕留めた後、岸壁に背中を預けて足から流れる血を止める。
『よく悲鳴上げずに堪えたわね。普通なら気絶してるわよ』
ナディは輝夜の足まで飛んでいくと、傷口に手をそえる。淡い緑色の暖かな光が輝夜の傷を包み込む。
みるみる内に傷口が塞がっていき、痕も残らず綺麗に治る。
これは魔法と呼ばれるものである。
ダンジョンの発見以降、魔力を持つ人間が現れるようになった。魔法とは魔力を持つ人間が、それを媒介として超常の現象を引き起こすものである。
最も輝夜は魔法を使うことはできないため、ナディが輝夜の魔力で回復魔法を使ったにすぎない。
「ありがとう。しかし、まいったよ。男と女でここまで力に差があるなんて、これっぽっちも思ってなかった」
応急処置を終えた足を軽く動かし、問題なく動くことを確認した輝夜はゆっくりと立ち上がって落としたナイフを拾う。
ゴブリンの血を振り払い、ベルトの鞘に収める。
『油断大敵とはよく言ったものね。気をつけなさいよ』
「うん」
ゴブリンにナイフが十分に刺さらなかったり、不意打ちとはいえ棍棒を避ける事が出来なかったり、輝夜は自分が弱くなっている事実を痛感し、何とも言えない複雑な表情を浮かべる。
『ま、やられた理由はそれだけじゃないでしょ』
「……そうだねぇ」
襲ってきたゴブリンは、罠を仕掛ける、死角から奇襲を仕掛ける等、随分と統率の取れた行動をしていた。本来、ゴブリンにここまでの頭脳はないが、稀に頭のいい個体が群れを率いていると、こういった統率の取れた動きをする。
「レッドキャップかメイジか、指揮をとっている奴が居るね」
『そうなると、ダンジョンの攻略難度も上がるわね。少なくとも、初心者向けではないでしょうね』
「だろうね。何も知らない新人がやられる前に、片付けて置いた方がよさそうかな」
輝夜は銃のグリップを握り直し、さらにダンジョンの奥へと足を進める。今度は慎重に、罠や伏兵、不意打ちに最大限の警戒を払う。
ゴブリンを見つければ、距離を詰める事はせず狙いをしっかりと定めて、遠くから確実に息の根を止める。
そうやってゴブリンを狩りながらダンジョンの奥まで来ると、洞窟に死んで転がっているゴブリンよりも一回りも二回りも大きいゴブリンが居た。両手にはそれぞれ禍々しい棍棒が握られ、首には青色の宝石が埋め込まれた古びたネックレスを下げている。
「ありゃ、レッドキャップでもメイジでもなくリーダーだったか」
ゴブリンリーダー。ゴブリン亜種であるメイジ、上位種であるレッドキャップのさらに上位種。人並の知能を持ち、膂力も通常のゴブリンとは比べ物にならない。その上、多くのゴブリンを従えており、熟練のハンターが手こずる程、非常に危険な存在とされている。
「……それと」
それと戦いを繰り広げる一人の杖を手にした少女。
その周囲には三機のドローンが浮遊している。
「先客が居たかぁ」
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