「上村さんってスンッとした美人と思ってたけど、意外と親しみやすいんだね。お別れする時になって良さを知るなんて、勿体ないな」
「もし良かったら、また開発チームの皆とご飯しない? 秘書の愚痴、聞くから」
温かな言葉に涙が止まらない。
尊さんがモテる事は知っていたし、周りの皆が彼のファンで、私は邪魔な存在なんだと思い込んでいた。
付き合っていると知られて、全員に嫌われる事はないだろうと思っても、どんな反応をされるか分からなくて怖かった。
この日を迎えるまでずっと緊張と不安を抱えていたのもあって、私は張り詰めた糸が切れたようにボロ泣きしてしまう。
「上村ぁ、幸せになれよぉ!」
なんでか知らないけど時沢係長が男泣きし始め、意味が分からないけどありがたい。
「どうして時沢係長まで泣くんですかぁ……」
泣き顔で突っ込むと、皆がドッと笑う。
いつでも会える恵まで涙ぐんでいて、私は部署を異動すると決まって初めて、素の表情で笑っていた。
肉バルを出る時には、私は手に立派な花束を持っていた。
部署内で皆でカンパしたのは花束代だけだったけれど、あとは個人が小さめの贈り物を用意してくれて、誕生日みたいになってしまった。
早い人は帰路につき、仲のいい人たちはそれぞれで二次会に行こうかと店の前で相談している頃、私は女性社員に囲まれて別れを惜しまれていた。
「速水部長は優しいから、絶対結婚式には呼んでくれるって信じてるけど、上村さんからも一言よろしくね!」
「はい。皆さんにはお世話になったので、ぜひ来ていただきたいです」
笑顔で返事をすると、美智香さんがしみじみと言う。
「本当に私たち、上村さんの何を見てきたんだろうね。美人で近寄りがたい雰囲気があったから、あまり馴れ馴れしくしないほうがいいのかなと思って遠慮していたけど、こんなに可愛く笑う人だと思わなかった」
「そうそう。それにパクパク気持ちよく食事をするし、今後も、もっと深く付き合えば、上村さんの新しい魅力を知れそうなのに……。あぁ……」
瑠美さんが溜め息をつくと、彼女たちの肩を綾子さんがポンと叩いた。
「会社を辞めるわけじゃないし、誘えばいつでも応じてくれるでしょ。あっ、そうだ。どうせならプライベートの連絡先、交換しない?」
「お願いします」
三人と私、恵はスマホを出し、メッセージアプリのIDを交換してグループチャットを作る。
「近いうちにお茶でもしよっか」
そんな話をしていた時、「上村さん」と声を掛けられた。
振り向くと神くんが立っていて、少しドキッとする。
「あ……、と」
皆のほうを見ると、彼女たちはニヤニヤ笑って距離を取り、私たちを二人にする。
神くんは照れくさそうな表情で、「これ、どうぞ」と紙袋を渡してきた。
「ありがとう……。わ、可愛い」
紙袋の中にはかなり立派な花束があり、黄色のダリアにオレンジ色のカーネーション、アプリコットカラーのフリンジ咲きのトルコキキョウなど、グラデーションのついた花々をグリーンの葉物で大人っぽく纏めた素敵な物だ。
「本当は情熱の赤と迷ったのですが、元気よく進んでほしくて黄色系にしました」
悪戯っぽく言われ、私は今までの気まずさを忘れて思わず笑う。
「ありがとう。こんなに立派なの初めてもらったかも。嬉しい。大切に飾るね」
そう言うと、神くんは眉を上げてわざとらしく言った。
「あれ、部長ってば婚約者に花束の一つもあげてないんですか? 駄目ですね~。じゃあ、ちょっといい花束デビューは僕がもらったという事で」
「もう、そんなんじゃ……」
呆れて笑うと、神くんは優しく微笑む。
「やっぱり上村さんは笑顔のほうがいいですね。自分の意志で告白して振られたとはいえ、あのあとお互い〝いつも通り〟に振る舞ったんでしょうけど、結果的にお互い微妙に避ける形になって寂しかったです」
「ごめん……」
謝ると、神くんは首を左右にする。
「僕たちの仲は先輩後輩のまま終わってしまいますけど、プライベートでは『アンド・ジン』の跡取り息子として応援してますからね。何か困った事があったらすぐ相談してください」
ヒソッと耳元で囁かれ、私はとっさに首を竦める。
そんな私を見て、神くんは愉快そうに目を細めて言った。
「お二人の事、応援してますよ。これからの新しい道に幸あらん事を」
「…………ありがとう」
祝福してくれる割には彼の距離はちょっと近いし、なんだか悪戯めいている。
でも変な事をしてこない確信はあるから、「もう避け合うのはやめましょう」という意思表示なんだと思った。
「神」
その時、男性陣に囲まれていた尊さんが近づいてくる。
コメント
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じんじんもいいヤツなんだよね… アカリンとはご縁がなかったけど、本気で想ってたのかもしれないね。